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魔女の氷庭 〜生け贄にされた王女が王座を奪う下剋上〜  作者: 澄玲なの
第二章 港街ベルクハーフェン編
23/28

【2-8】シエルの秘密

 朝の到来を知らせる小鳥のさえずりに、差し込む明るい日差し。

 そして真横には、すやすやと眠るシエル。


「んー……」


 昨晩はシエルがどうしてもと強請るので、香辛料が強い料理を食べた。それから、街の東にある適当な宿に泊まり、そして朝を迎えた。

 実は私はずっと、気になっていたことがある。


(シエルってご飯食べてるけど、幽霊よね? なのに今も普通に寝てるし、浮いてるけど実体もあるし……)


 幽霊って、何?


 私の中の幽霊の定義が、このムニャムニャと呑気に眠る女のせいで揺らごうとしていた。もっと半透明で、儚い感じのものを想像していたのだが、こいつは儚さの対極にある。本当に幽霊なのか? という疑惑も若干あった。


(でも、確かに飲まず食わずでも何も変わらないのよね。出会ってからずっと髪も伸びてない)


 私はシエルの黒い髪を撫でた。サラサラとした艶のある綺麗な髪だ。

 ずっと一緒にいる相手に対して、モヤモヤとしたものを抱えたまま過ごすなんて出来なかった。流石に"コレ"は解決方法として良くないかと悩む。しかし、私は覚悟を決め、強攻策に出ることにしてしまった。


「ごめん、シエル」


 私はシエルの着ていた服のボタンに、そっと手をかけた。ゴクリと唾を飲みながら、一つ、また一つとプチプチと外していく。何だか犯罪者になった気分だ。


「……な、なに、どういうこと?」


 開いたボタンの先にあったのは人の柔肌でも、下着でもない。

 私は中に手を入れ、その表面を撫でた。


「硬い、やっぱりこれ」

『……ん? は!? お姉様、ちょっとこれなんで私の服がっ! お姉様に本当に幼女趣味が!?』

「違うわよ! 変な言いがかりはやめて!」


 布団にくるまって、お姉様の馬鹿! 変態! と叫んでいる。


『起きたら大事な妹分の服を脱がせてるお姉様がいるなんて、前代未聞の事案だわ! 可憐な美少女の尊厳を返して!』

「説明させて! 貴方に了解を取らなかったのは悪かったわよ」


 もぞもぞと布団から這い出てきたシエルは、胸元を両腕でぎゅっと隠しながら、私の肩に頭突きをして抗議してくる。手加減されてるのか、叩かれる感触は確かに痛くはないが、スカスカの風ではなく、しっかりとした重みがある。

 確かに、朝のぼんやりとした頭で実行すべきことでは無かった。反省しよう。


「硬かったのよ。あなたの身体」


 シエルの抗議がピタリと止まった。私は気まずさに視線を背けながらも、先ほど指先に残った確かな異物感を思い返しながら告げる。


「……ずっと前から、気になっていたの。幽霊の貴方は何故身体を持っているのか」


 シエルは黙って下を向いていた。


「柔肌の温もりでも、幽霊の透き通るような空気でもなかったわ。……ひんやり冷たくて、関節には継ぎ目があって。あれ、まるで木か陶器の」

『あーあ。バレちゃった』


 シエルは深々とため息をつくと、先ほどまでの大騒ぎが嘘のように大人しくなった。ベッドの上で胡座をかき、自分の襟元を少しだけ引っ張り、首元を見せてくる。

 そこには、精巧に作り込まれた白磁のような肌と、木目の広がる胴体の境目があった。肌が伸ばされ、木が食い込み、無理矢理繋がれた間は酷く歪で、マーブル模様のように混ざり合っていた。


『これ、私の本物の身体じゃないの。ただの依代よ』

「……え?」


 シエルは胸元のボタンを外しきり、バサリとワンピースを脱ぐ。そういえば、彼女はいつも長袖を着ていた。まるで、何かから自分を隠すように。


 露わになったシエルの身体は、継ぎ接ぎの人形のようだった。肘と膝以降は人間のように見えるのに、両足はそれぞれ違う木から作られた足や腕だった。繋ぎ目の関節も丸い物がはめ込まれている。


「シエルも、ドールってこと?」

『そう、私も地下で動いていたあいつらと同じ。肉体なんて四百年も前にとっくに腐って無くなってしまったわ』


 開いた窓からパタパタと小鳥が入ってくる。シエルの指先に止まると、チュンチュンと鳴いて動いていた。シエルはポケットに残っていた適当な木の実を窓辺に置き、それをじっと眺めていた。


『ただの魂だけじゃ、外の空気を吸うことも、食べることも、自由に動くこともできないじゃない? だから、自分の魂を固定するために器に入ってるの』


 お行きなさい、と呟かれた声を聞いてか、小鳥は青空へと帰って行った。


「それじゃあ、死んだ人間はみんなドールになれば生き続けるってことじゃない!」

『それは違うわ』


 シエルはばっさりと言った。そして自身の黒髪をチラリと見た後、窓のもたれかかって天を仰いだ。


『……私は輪廻と風の神に見捨てられた、罪人なの』

 

 その言葉は、運河から来る朝の風より冷たかった。神に見捨てられるなんて聞いたことがない。教会の人間も、誰もそんなことを言った事がなかった。死んだら導いてくれるはずの存在に、こんな年齢で見捨てられたというのか。


「輪廻と風の神ファルヴィーネが、そんなことを……?」

『別に神ってそんなに優しい存在でもないのよ。嫌だと思った者に、恩寵なんて与えない。私はあっちじゃ嫌われ者なの』


 シエルは自嘲するように小さく肩を竦めた。

 指先を首筋の模様へと滑らせ、爪を立てるようにしてその境目をなぞる。


『私が宙に浮いていたのも、魂が天界にも地上にも縛られていない、中途半端な存在だからよ』

「あぁ、だから貴方は地下でドールの研究をしていたのね」


 私の喉から出たのは、重たい空気には似つかわしい、あっけらかんとした声だった。シエルは目をパチパチとすると、ニッと笑って私の質問に答えた。


『えぇ、私はより人らしくなるためのドールを研究していたわ。試作品は全部実験台よ。……貴方、そんなことよりもっと聞きたいことないの? 普通は怖がって、ちょっと距離を置いたりとかするわよ?』

「シエルは私の妹よ。幽霊の年上の妹。それはどんなことになっても変わらないわ。たとえ、人外に変わってもね」


 私が言い切ると、シエルは目を見開いたまま固まる。それから、少し俯き、目元を拭った。


『そっか……そうね。私は、私だわ。ありがとうお姉様!』


 顔を上げたシエルはいつもの笑顔だった。目の端が赤いことは指摘しないでおいてあげることにしたのは、ちょっとした優しさだ。


『こんな湿っぽい話は終わりよ! 宿主さんが少しご飯を分けてくれるって言っていたし、早く朝ごはん食べましょう!』


 その身体についてもっと聞きたい事があったが、私はこれ以上の質問はやめておいた。これから長い間一緒にいるのだ。また今度聞けば良い。

 そんなことよりも、今目の前で思案するシエルと、私は朝食を食べたい。


***


 ——カランコロン


 宿のおばさんにお礼を言って、私達は外へ出た。街の中心部から少し外れたここは、商業地区なのか、朝からとても賑わっている。焼きたてのパンの香り、花屋から飛び交う笑い声、働く平民達の足音。


(これが王宮の上から眺めていた、朝の景色か……)


 誰も私のことを気にも留めずに歩いていくのを見て、この街に馴染んでいる気がして、私はなんだか生まれ変わった気持ちになった。ただの平民の娘になっていたら、今頃どんな生活だっただろうか、と妄想の世界に思いを馳せる。


 でもきっと、そんな世界だったなら、今の大切な人とは出会えなかったとも思う。私は内心、ドレスを脱いで王女を辞める生活が幸せで、このままこの身分でありたい、とすら頭の片隅で考えてしまっていた。

 そんな思考を遮ったのは、新聞屋のある知らせだった。


「号外だ! 大ニュースだよ! 王都で王子が行方不明、王女は城から脱走した!」

『……! お姉様、新聞買ってきて良いかしら?』

「ええ、早く!」


 シエルは戸惑う群衆の間をすり抜けて、新聞売りの少年に硬貨を押し付けるようにして一部買い取ってきた。手際よく戻ってきた彼女の手から、インクの匂いが残る乾いた紙面を受け取る。

 細い路地で開いた新聞の一面を飾るのは、黒々とした大きな見出しだった。


「第一王女アンネリーゼ、王都で連続爆破テロの末に逃走! 第二王子レトは混乱の最中に行方不明!」


 紙面には、ドレスを着て澄ました私の肖像画が大きく印刷されていた。こんな古着を着て髪を雑にまとめた今の姿でなければ、今頃とっくに衛兵を呼ばれていただろう。


『悪趣味な。ルカの罪まで私達に被せられているじゃない! これじゃまるで、お姉様がレトを攫ったかのような書き方よ!』

「レトお兄様まで……!?」


 思わず口元を手で覆った。私が脱走した事は紛れもない事実だった。しかし、レトお兄様までいなくなるとは一体どういう事態だ。紙面を素早く目線で追った。

 建国祭の朝、王宮と街は爆破により混乱に陥ったこと、私が勅命だったはずの生体核の仕事を放棄して逃走し、それにより結界が不安定になっていること、それと同時にレトお兄様の姿が見えなくなっていたこと。


 私は、国家転覆を目論む魔女だということ。


 はは、と乾いた笑いが漏れた。城の地下で生け贄にされていた王女が脱出した途端、犯罪者に仕立て上げられ、兄まで攫った首謀者扱いだ。

 けれど、私の目を釘付けにしたのは、その大見出しのすぐ下——小さく書かれた追補の記事だった。


「待って。シエル、ここを見て」

『ん? なになに……「第二王子付きの従者マドライナ・カミシェル、国家反逆および王妃暗殺未遂の容疑で手配中」……!?』

「マドライナまで逃げたの? レトお兄様と一緒に……?」


 脳裏に、ブロンドのお団子頭に琥珀色の切れ長な瞳をした、無愛想な少女の顔が浮かぶ。

 いつもレトお兄様の後ろに影のように控えて、余計なことは一切口にせず、ただお兄様に害をなす者だけに猛禽のような鋭い視線を向けていたマドライナ。お兄様を庇うためなら、王宮のすべてを敵に回すことすら厭わないような忠誠心のある子だ。そんな彼女が形上は彼を守っている王妃を暗殺するとは思えない。


(二人の身に、逃げ出さなければならないほどの何かが起きたんだ)


 私は新聞紙を強く握りしめた。自分の顔が印刷された部分が、グシャリと潰れる。


「絶対に許さない……私だけじゃない、自分の息子まで利用しているなんて! ヒルデガルドは一体何を目論んでいるの?」

『呑気に同情してる暇はないわよ、お姉様。王子と王女が同時に脱走して、王妃暗殺未遂犯まで逃げたのよ? 国境も港も、かつてない規模で騎士団と魔術師が敷かれるわ』


 私は丸めた新聞紙を捨て、港へ走った。


「あそこには船がごまんとあるわ。闇取引をするものだってあるはず……」

『へえ、いい度胸ね。でも、川を渡ってどうするつもり?』


 並走して浮かぶシエルの問いに、私は冷たい運河の風を吸い込み、不敵に笑って見せた。


「決まってるじゃない! ヒルデガルドの実家がある隣国に渡って外側から追い詰めるわよ!」

まだまだ沢山の謎が残るシエル。実体がある幽霊、というなんとも珍しい存在になってしまいました。


いよいよ第二章もクライマックスが近づいて来ました! 彼らの旅はまだもう少し続きますが、最後まで見届けてくださると嬉しいです!

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