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【2-7】私を照らす一等星

『それで、私達に利益は?』

「そうですね……売上の半分でどうですか?」


 ハンスはあまり迷うことなく半分と言い切った。それだけ、魔術具は品質が良いほど価格が跳ね上がる。シエルはその回答を聞いてもなお、まだ納得できずにいるようだった。


『ねぇ、それって私達が自分で魔術具見つけて売れば折半する必要も無いんじゃないかしら』

「利益だけを考えるのならそうなりますね」


 しかしハンスも折れなかった。


「お姉さん達、事情は知りませんが魔術師に追われてますよね? 自由に街中を歩けるんですか?」

『うぐっ』


 これは勝負ありのようだ。ハンスの交渉の手腕から、商人向きの才覚があるとは感じていたが、想像以上に頭が切れる。

 何も言い返せなくなったシエルはしょんぼりとしているが、私は最初からこの子には協力するつもりだ。


(もしかしたら、魔術師に私らの情報を売りかねないもの。無碍にはできないわ)


 金に困った人間は何をするか分からない。特にここは下層街だ。警戒して損はない。


「ここじゃ人が多すぎますから、港の奥に行きましょう。僕、隠れるのに良い所知ってるんです」


 広場を抜けて石階段を降り始めると、川から吹く風がふわりとスカートを揺らした。涼しくて気持ちが良い。

 各地に物を運ぶための舟が停泊しているその近くに、古くなった小屋がある。


「ここが、僕達の秘密基地です」


 軋む木の扉を押し開けると、かび臭い空気と共に、古い書類と魚の匂いが鼻をかすめた。

 中は薄暗いが、かつて使われていた頑丈な執務机や書類棚がそのまま残されている。


「あら、随分立派な机があるわね。ここは何に使われてたのかしら」

「おじちゃんは、水上番所って呼んでました。運河を通る船から税を取る役人が詰めてたんです。別の所に新しい税関ができてからはずっと放置されてて……僕らで勝手に使ってます」

『確かに、ここならお役人も来ないわね』


 おそらく、折れた腕の治療費を稼ぎたいのだろう。高い病院に長期的な通院が必要かつ、これだけ酷い色になっている腕を治すなら、間違いなく大銀貨一枚は下らない。


 少年は机の裏から引っ張り出して、ボロボロの小さな箱を私に渡した。金具を外して中を見ると、藁に包まれた、拳ほどのサイズの錆びたランプのような物が転がり出てきた。取手は片側が外れ、機能を果たしていないし、一見するとただのゴミにしか見えない。


「ゴミ捨て場で見つけたんです。動かないから捨てられたんだと思うんですけど、直せませんか?」

「本当に魔術具なの? ただのランプよ? 開けられないから蝋燭も立てられないし……」

『まぁ! あなた、随分古い物を持っているのね。懐かしいわ』

「シエル、知っているの?」


 目を丸くする私に、シエルは胸にポンと手を当てて自信満々に答えた。


『任せてお姉様。これなら私、直してあげられるわ』


 どこか懐かしむようにランプを見つめていたシエルは、そっと目を瞑り、両掌でそれを包み込んだ。少し息を吐き、本来の役目を忘れてしまったそれに力を込める。

 シエルとランプの周りにキラキラとした光が星のように現れ、仄暗い部屋を照らした。小さな光は薄いガラスを抜けて中へと集約していく。錆びは剥がれ落ち、元の美しい紋様が浮き出て始めた。


「これは……」


 シエルが瞼を開くと同時に、周囲には溢れんばかりの輝きを放つ星々の川が広がった。暗い海のような彼女の瞳に、白い一等星が宿る。


『一度壊れたゴミだってね、また変われるのよ……魔術なら』


 水上番所の埃っぽい薄暗闇の中に、満天の星空が広がっていた。

 ボロボロだった錆びたランプは、銀細工の美しい曲線を露わにし、ガラスの奥で青白い星明かりのような光を静かに灯している。


「星詠みの、灯火……じゃと?」


 聞き馴染みのない声に反応して、私達は入り口の方を見た。わなわなと震えながら扉にしがみついていたのは、子ども達が「おじちゃん」と呼んで慕っていた換金爺だった。


「おじちゃんっ! なんでここに」

「そりゃ、お前達の小屋の方からとんでもねぇ光が見えたもんだから、怪我してねぇかと……それよりあのお嬢さん達はなんなんだ! この港に何の用なんじゃ!」


 日光で灼けた古い皮のエプロンを身につけた白髭の老人は、使い込まれたであろう小さな鑑定ルーペをこちらに向けていた。いかにも下層街の鑑定屋らしい風貌だ。

 しかし優しかった笑みは消え、肩で息を切り、私とシエルを警戒するように睨みつけている。私は頬に手をあてて溜息をついた。


「おじちゃん、落ち着いてよ! この人達は怪しい人じゃないんだ。僕が頼んで、ゴミ捨て場で拾った魔術具を直してもらったんだよ」

「魔術具を直しただぁ……? バカを言え、あれは完全に魔導回路が焼き切れたただの鉄クズじゃったろ! おめぇら何者だ!」


 老人は唾を吐きながら、ドカドカとこちらにやってくる。机に勢いよく手を叩きつけ、シエルの眼前へ迫った。そんな興奮状態の老人とは対照的に、シエルは冷め切っていた。ランプの光を消し、老人へ、ポンと突き返す。


『そんな見たいなら、ほらどうぞ』


 シエルから雑に渡された老人は、慎重にそのランプを受け取った。ガタガタと震えて落としそうになる手を取り落とすまいと必死に抱え込み、鑑定ルーペを目に押し当てる。

 顎が外れそうになる程に口をあんぐりと開くと、少年が虫を捕まえたかのようにはしゃいだ声を上げた。


「……! 継ぎ目が一つも見当たらん、それにこの魔力光、熱を一切持っちゃいねぇ。やっぱり間違いねぇ、大戦で失われた『星詠みの灯火』じゃ! 嘘じゃろ、なんで動いとる……!?」


 老人はランプを机に置くと、ハンスの肩をブンブンと勢いよく揺らした。


「おいハンス! これ、本物なら貴族の屋敷どころか、ベルクハーフェンの商船が一隻まるごと買えちまう! 一体どこでこんな魔女様を連れてきやがった!」

「商船が一隻……!?」


 現実味の無い価格に目眩がしたのか、腕の痛みを忘れたのか、少年はそのままその場に座り込んだ。大銀貨一枚どころでは済まされない価格帯の物が、急に自分の目の前に、しかも自分の物として現れたのだから仕方がない。


 グリンと首を回し、血走った目で私に詰め寄ろうとする老人に、私は頭巾を引き上げ、冷然とした声で釘を刺した。


「そこまでよ、お爺さん」

「ヒッ!」

「ランプが本物なのは分かったわ。けれど、そんな国宝級の代物を今この港で換金すれば、騎士団や魔術師団が血眼になって嗅ぎつけてくる。私たちどころか、貴方もハンスも平穏とは程遠い生活になるわよ。下手したら二人を盗賊扱いして、これを取り上げた上に罪人にされてしまう」


 私は机を指先でなぞり、目の前にあった花瓶を倒した。 花瓶の向こうに置かれた宝に近づくためだ。花瓶が倒れようと貴族は気にしてくれないし、子どもが持ってきたのであろう萎れたこの野花がどんなに小さく可憐でも、これの前では見向きもしないだろう。そういうことだ。

 老人は、私が一歩近づく毎にジリジリと後ずさりをした。

 

「わ、わかってる! 表の市場にこんな物流せねぇ。他国の密輸ルートか、顔の割れねぇ裏オークションを通すしか……」

『ふーん、時間がかかるのね。でも、折れた腕の治療は今すぐ必要なの……ねぇ、ハンス?』


 少年はビクリと肩を揺らすと、少し思案した後、老人に赤黒い腕を見せつけながら笑顔で、淀みなく言葉を紡いだ。


「な! おじちゃんこの『星詠みの灯火』を担保にして前借りさせてくれよ。そうだな……大銀貨十枚でどうだ?」

「俺の有り金とほぼ同じじゃねぇか!」


 老人はギョッとして少年に怒鳴ったが、その目線は机のランプから離れることはない。国宝級の魔術具を目の前にして、手放す選択肢などあるはずもなかった。下層街の換金屋にとって、一生に一度巡り合えるかどうかの大博打だ。

 しばらくすると少し黄色く濁った目が痛々しい腕を捉え、老人は意を決して、少年に腰についていた革袋を持たせた。


「くそ、持ってけ! 売れたらお前にもちっと分けてやるよ!」

「ありがとう!」


 少年は折れていない左手でずっしりと重い革袋をひっ掴むと、痛みを堪えながらも満面の笑みで私を振り返った。


「さぁお姉さん、約束通り前借りの半分……大銀貨五枚分です!」


 ハンスは手際よく袋の紐を緩めると、中の銀貨を机の上にチャリンと並べてこちらへ差し出してきた。少年の変わり身の早さと図太さに、私は思わず口元を緩める。


『あら、現金な子ね。でも嫌いじゃないわよ、そういうガッツのあるの』


 シエルは満足げに腕を組み、鼻を鳴らした。

 私は差し出された銀貨を拾い上げ、手のひらでその冷たく重い感触を確かめた。これで、当面の食料も、着替えも、必要な物は何でも手に入るはずだ。


「上出来よ! さあ、急いで腕を診てもらってきなさい。手遅れになったら元も子もないわ」

「へへっ、お姉さん達もありがとうね。あ、おじちゃん! そのランプは絶対に誰にも見つからない場所に隠しといてよ! 売る時は僕も立ち会うからね!」

「分かっとるわい! 早く行け、せっかくなら良い医者に診てもらえ!」


 なんやかんや子供には優しい老人に、私は胸が温かくなった。


(そういえば、お祖父様が国王だった頃の騎士団長も、こんな風に面倒見のいい人だったわね)


 名前も上手く思い出せないが、ゴツゴツとした手で撫でてくれたことだけは覚えている。子供の頃に優しくしてもらった思い出というものは、いつでも心を明るく照らしてくれる灯りのようだ。


『さてお姉様! 今度こそ夕飯を食べて宿探しよ! 朝も昼も食べてないもの、いい物食べましょう!』

「ええ、早く行きましょう!」


 運河を背に、暗くなった街に二人で戻っていく。夜を照らす一番星が隣にいるから、私はこの先も迷わず進んでいけるように思った。

ハンスくんのお陰で、アンネリーゼとシエルは当分の路銀を確保できました。ちなみに、大銀貨一枚は日本円で二万円程度。これが一枚あれば平民は一カ月ほど暮らせます。医者にかかるにしても、ハンスくんの手元には大金が残りそうですね。


次回水曜日に更新予定です。

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