【2-6】内容もホワイトで、一日で大金が稼げるって聞いたんです!
二人の間は沈黙に包まれていた。お互いに何かを探り合っている。彼を助けた時に、魔術を発動する瞬間を見られてしまったのか、私のことをそもそも知っていて「アンネリーゼ・シルヴレッタ」だと気がついているのか、それすら定かではない。
ジリジリと緊張した空気は緩まることを知らず、息が詰まる心地がした。
——ガチャ
『お姉様ー! もう出て良いわよ!』
勝ち誇った顔をしたシエルが意気揚々と扉を開けた。しかし、私達を見て目を丸くするや否や、直ぐさまバン、と勢いよく閉めた。
「シエル!?」
『あ、店主さん! 私もドレス見せて!』
確かに上から私達の体勢を見れば、背中を押されて押し込まれたせいで、少年が私に覆い被さるようになっている。変な誤解をされてしまった。私に少年趣味は無い。
「はぁ、本当にあの子ったら」
「僕としては好都合ですけどね」
ジリジリと距離を詰めてくる少年に対し、私は逃げ場がない。私は観念して彼の頭をポンと叩いた。
「何が目的なの」
「え! お願い聞いてくれるんですか?」
「……出来る範囲よ。私結構忙しいんだから」
しまった。自分から聞きに行ってしまったのは大きな間違いだ。相手から言い出すまで待たないと、こちらがちょっと断りにくくなる。キラキラとした年相応の目でこちらに期待されると、嫌だとは言えなかった。
「僕らの秘密基地に来て欲しいんです」
『秘密基地ですって?』
私が返事をする前に、私の頭上にはシエルが浮かんでいた。一応怪訝そうな顔をしているが、同時に自分の知らない世界に対するワクワクも少し漏れているのがよく分かる。
下層街、貧しい子供のいる店に、秘密基地ときた。段々と街の深層へ潜っている気がする。
「ちょっとシエル、店主さんは?」
『今は席を外してるわよ。私が欲しい古着を洗ってくれてるみたい』
「もー、私達の路銀全然無いのよ?」
私の分だけの予定が、ちゃっかり自分の服まで買っている。そもそも幽霊なんだから洋服を着替える必要なんか絶対にない。
「秘密基地っていうか……僕らは「換金所」って呼んでます」
『何か売れるってこと?』
「それはこっちに来てからのお楽しみです」
私はシエルが握っていた路銀の袋を取り上げ、中を見た。中銅貨三枚と大銅貨が二枚。銀貨が一枚も残っていない。私はすっかり軽くなった袋が、何かの間違いではないかと信じたかった。二食ほどご飯を食べるだけで尽きてしまう。
「これじゃあ明日一日分ももたないわよ! 一体何に使ったのよ」
『え、えーっと……大丈夫よ! 私ご飯食べないし!』
「二人分どころか、私一人分も無いのよ!?」
シエルはそれを聞いて、サァっと青ざめた。己の過ちに気がついたのか、地面にヘナヘナと座り込む。そんなシエルの手を、少年は取った。客を落とす時の商人の顔と、少年の笑顔はよく似ていた。
「お金で困ってるならおすすめですよ。内容もホワイトで、一日で絶対稼げます。どうですか?」
『うぐっ』
(……一番信用できない勧誘文句ね)
こんな虫の良い話は中々無い。絶対稼げる、なんて犯罪に巻き込まれたりするのではと少しは思ったが、私達が順当に働いて稼ぐのは不可能に近かった。
「……分かりました。連れて行っていただけるかしら」
「よっしゃ!」
それにしても、換金所に私達を連れていくことで何かメリットはあるのだろうか?
***
店主がシエルの服を持ってきたので、仕方がなく財布の口を開いた。それなりに高かったが、パァっと無邪気な笑顔を見せられると文句を言う気にもなれなかった。
『ありがとう、お姉様!』
私もシエルも早速買った服に着替えて見ると、着慣れないゴワゴワとした生地が少し気にはなった。これからしばらくはこれを着なければならないので、気にしないフリをした。
シエルはドレスの裾を持ってクルクルと回って喜んでいる。
「毎度ありがとうございました」
頭を下げる店主にお礼を言って出口へ向かうと、少年が棚の陰からひょっこり顔を出し、しーっと口に指を当てて小声で囁いた。
「それじゃあお姉さん達、また後でね」
私達はそそくさと古着屋を出た。少年は店主に怪しまれないよう、裏口から回って合流してくるらしい。
店の裏手からそーっと出てきた少年を明るい外でよく見てみると、本当に出歩いて大丈夫なのか不安になる怪我の具合だった。思っていたよりもずっと出血が多い。
私はシエルにこそこそと耳打ちをした。
「あれ何とかしてあげられないの?」
『今の魔術なら治せるんじゃないの? 私が治すなら、あの子の手をイメージして中の筋肉まで作り込まないといけないからリスクが高すぎるわ』
「私も医者じゃないから、流石にこのレベルの怪我は治せないわよ」
なるほど、確かにそれでは継ぎ接ぎの化け物が生まれてしまいそうだ。術者に委ねられる部分が大きすぎる古代魔術は万能ではないらしい。
軽いかすり傷程度なら私でも治してあげられるのだが、あれはがっつり腕が折れている。
『医者に行かせるお金も、私達には無いじゃない』
「それはそうね」
「あのー、お姉さん達もう良いですか? 行きますよ」
「えぇ、行きましょうか」
明るい子供らしい笑顔で頷いた少年の後ろをついて行った。その一歩目で、彼は上手く足を上げられず、小さな段差に少し躓いた。ほんの少し、体が前に倒れる。
「っ……」
少年は顔をしかめた。彼の、今はもう自由に動かない片腕を見た。折れた腕を押さえることさえ、激痛が走るのだろう。私はそっと目を伏せた。
ゆっくりとした足取りで、しかし確かに街の深部へと進んでいることを感じた。この街は大きな川と川に挟まれている。おそらく、このまま進めば方角的にも港に出るだろう。だんだんと、川の独特の匂いが香り始めた。
「着きましたよ」
古い居住地の間にある、細い小道を進んだ先の場所には何人もの子供達が集まっていた。周囲の石畳と比べても、そこだけがやたらと白く新しい。
(靴で踏んでいるのに、どうしてこんなに綺麗なのかしら)
「換金所」の真ん中には、そこまで身分が高く無さそうな年老いた男が大きな籠と金の入った袋を持って座っていた。
「あの人はどなたなの?」
「あれは換金爺、みんなおじちゃんって呼んでるんです!」
あの男が何やら物と金を交換してくれているらしい。怪しい人物かと思ったが、子供からも慕われているようだ。子供達は老人の前で列を成し、一人ずつ交換する物を渡していた。
「おじちゃん! これはどう?」
「おお! 中々状態が良いじゃぁねぇか! ほれ、中銅貨1枚だ」
子供が握っていたのは、小さな魔石や古い魔術具だ。
「あんな物、一体どこで……」
「港にはよく、ああいうのが落ちてるんです。僕らみたいな子供はあれを売って生活の足しにしてます」
子供は受け取った銅貨を大切そうにポケットにしまっている。きっと下層街では、これは普通の景色だ。
シエルは、うーんと唸りながらその様子を観察していた。
『お姉様、なんでみんなあんなにボロボロのまま渡しているの? 綺麗にしたら良いのに』
「魔力もろくに無い平民の子供に、そんな力はありませんよ」
少年は苦笑し、私達に向き直った。
「僕がお姉さん達をここに連れてきたのは、それをやってもらうのが目的なんです」
「どういうこと?」
はらりと落ちてきた包帯を見て、少年はそっとそれを巻き取り始めた。
「僕の持っている古い魔術具の品質を、上げて欲しいんです」
赤黒くなってしまった腕の一部を見せられ、痛そうな顔をした小さな子供を前に、断れる人間はいるだろうか。否、いるわけがなかった。
Q,なぜ古代魔術では骨折を治せないの?
A,解剖学をきちんと学ばなければ、術者のイメージによっては、下手すると患者がキメラ化してしまうからです。例として、体が犬に変化してしまった事例も存在します。現代でも内部の傷を治すことは難しく、骨折は主に固定して骨が自然にくっつくのを待つのが主流とされています。
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