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【2-5】400歳越えの幼女お姉様

 上空を駆け回る近衛魔術師団達を避けながら、裏通りを少しずつ進んで行った。しばらく走っていると、ボロボロになった看板が見える。私達の本来の目的だった服屋だ。窓から中を見ると、他に客はおらず、今なら出来るだけ人に見られずに買い物できそうだった。

 私は街に来てからやたらと浮かれ気味なシエルの肩をガッチリと掴み、真剣な顔で伝えた。


「いい? 絶対に名前で呼ばないでよ。アンネリーゼなんて名前はこの国に私しかいないの。さっさと買って出るわ」

『任せてよお姉様』


 ——カランカラン


 古いベルが来客を知らせる。しかし、なかなか店主は出てこない。今日は休みだったのだろうか。


『ていうかお姉様、下層街で買い物なんかしたことあるの?』

「……シエルはどうなのよ」

『私? 私はしょっちゅう抜け出してたからあるわよ』


 王女が好き好んでこんな所に来るなんて信じられない。当時のシエルの世話役は、相当苦労していただろう。私は本で読んだことはあっても、自分の足で店に行くことはほぼ無かった。大体、放っていても店側からやってくる。

 そんなことを話していると店の奥からパタパタと靴の音が聞こえてきた。


「あぁ、すみません。お客さんが来ていたとは気が付かず……何かお探しですか?」


 奥から出てきた店主は、どこか慌てた様子で額の汗を拭っていた。服のあちこちにススのような汚れがついている。


「頭を隠せる布と、適当な服を探しているのだけれど……何かあったのかしら?」

「広場で爆発騒ぎがありまして……お嬢さん達は知りませんか? 危ないところを魔術師様に助けていただけて、本当良かったですよ」


 店主のその言葉に、シエルは思わず眉を跳ね上げた。


『宮廷魔術師が助けた? あいつらは余計にっ』


 私は慌ててシエルの口を塞いだ。本当にこの子は何を考えているのか分からない。沸々と小さなイライラが煮詰まる感覚がした。当の本人は店主の回答に少々不服そうで、口を曲げていた。

 しかし店主は宮廷魔術師が助けたと思っている様子に、少しホッとした。あんなことしたのだから、魔術を起動する瞬間を誰かに見られていてた可能性だってあったのだ。シエルの目眩しはちゃんと機能していたらしい。


「……父さん、お客さんですか?」

「ハンス! まだ寝ていなさい。怪我の治りが悪くなる」

(嘘でしょ……さっき助けた少年じゃないの!)


 店主の後ろから姿を現したのは、薄い茶色の髪を括った長髪の少年。年もシエルよりもずっと年下に見える。身体中に打撲の跡が痛々しく、汚く巻かれた包帯からは血が少し滲んでいた。


『ねぇあなた、病院には行ってないの? お医者様に診てもらう方が良いんじゃないかしら』

「生憎うちにはそんな余裕がないんです」


 少年の肩を抱く店主は苦笑した。そうだ、ここは下層街。私達が住む世界とは、状況も常識も全く異なることを忘れていた。病院にかかり、それが大きな怪我や病気なら、相応の価格が請求される。一端の古着屋の店主が払える額ではないのだろう。


 この国の現状を突きつけられて少し居心地が悪かった。それに、店主にも言うべきでは無いことを言ってしまったかもしれないと思い、私はシエルの肩を小突いた。


「妹がすみません。この子あまり物を知らなくて」

「いえいえ、大丈夫ですよ」


 それから私はいくつか頭巾を見せて貰い、平民がよく着ている、腰が黒いコルセットで締まったドレスを合わせてていた。今まで着ていた王宮の部屋着は、外に出る用では無いし、ボロボロになっているとはいえ下層街では目立ちすぎる。

 ハンスはベッドに戻ることなく、私達のことをずっと見ていた。


「この色、よくお似合いですよ」


 鏡の前にいたのは、王女でも貴族の女でもなく、どこにでもいそうな平民の娘だった。


「……ねぇ、お姉さんってさ」

『あ! お姉様、隠れて!』


 私に話しかけようとした少年と私は、シエルによって店の奥へ押し込まれた。緩くなった蝶番が扉を勝手に開け、私達は尻餅をついた。


「ちょっとシエル!」

『しっ! お姉様は黙ってて!』


 口元で指を立てたシエルが踵を返し、バタンと扉を閉めた。薄暗い店の裏の民家に繋がる廊下で私達は二人きりになった。


「……ごめんね、ハンスくん。私の妹ちょっとお転婆なのよ」

「僕は大丈夫ですよ」


 伏し目がちな少年は長い髪の間から、確かに私のことを見ていた。


 ——カランカラン


(来客かしら?)

「ああ! 宮廷魔術師様、先ほどは本当にありがとうございました! すみません、お礼の品も無く……」


 私達は自分の漏れる息も聞こえぬほど、集中して外の声に耳を傾けていた。ふと、少年の顔を見ると、かなり渋そうな顔をしていた。自分を助けたと思っている魔術師が来た時の顔とは思えない。喜んで飛び出して行ったって良いくらいだ。


「礼など不要だ。私は聞き込みをしに来た」


 分隊のうちの誰かだろうか。にしても、一人で聞き込みなんて、彼らは余程広範囲を探している。


「私は近衛魔術師団の分隊長を勤めているマティアス・グレーフェ。ある女を探している。白い髪の女を見なかったか?」

『ええ! 見ましたわ!』


 なんだかその名前に聞き覚えがあった。近衛だし、きっと王宮によく出入りしていたから聞いたことがあるのだろう。

 私は胸元をギュッと握りしめた。そしてあの世間知らずな400歳越えの娘に、頼むから余計なことは言わないでくれと願った。


『あーこの人なら、もっと南の方へ走って行きました。なにやら急いでいたようで』

「ほう。ずいぶんと詳しく見ているな」

『……私、目が良いのですよ』


 汗をダラダラと流して焦るシエルの顔が目に浮かぶ。


「実は私も目は良い方なのだよ。君、他にもう一人連れがいなかったか?」

『妹のことですか?』

「ああ」


 彼らは上空から私達を見ていただけなので、私達の身長差は分からなかったようだ。私の方が幾分か高いが、今のところ嘘はバレてない。


『妹なら店の奥で着替えておりますが……ねぇ店主さん』

「え、えぇ」

「なら、そいつを出して貰えるか?」


 目の前のドアノブがゆっくりと下に下がっていく。私の息は呼応するように早くなる。しかし、扉は開かずにガタンと音を鳴らして、勢いよくドアノブは元の位置に戻っていった。


『あら、宮廷魔術師様は幼女趣味をお持ちですか? 流石に下着姿の妹を面前に晒すわけにはいきませんわ……』

「なっ!?」

『失望致しましたよ……まさかこんな高貴な身分の方が』

「もう良い! そんな趣味は私には無い! 見間違いだったようだ。また出直す」


 誰が幼女よ! どちらかと言えば貴方が幼女じゃない!


「お姉さん、変わった妹さんをお持ちですね」

「あ、あはは……」

「まあそうですよね、宮廷魔術師の前に出たらバレてしまいますから」


 私はハッとして彼の顔を見た。 年の割に大人っぽい少年は、顔に表情が中々出ないので何を考えているのか分からない。そもそも彼は、私のどんな情報を握っているのかどうかさえ不確かだ。

 彼は私の顔へ手を伸ばすと、先ほど貰った頭巾からはみ出た白い髪を一房掴み、ニコニコと笑っている。

 私はその時点で、終わったと思った。


「僕のこと助けたの、魔女さんですよね」


 やっぱり、シエルの目眩ましは案外あてにならない。

(危なかったわ……絶対幼女なんかじゃないのに、よく誤魔化しきれたわね。流石私!)


 シエルは、うんうんと一人頷くと先程から放置していた店主の方を見た。貴族に失礼なことをした、と滝汗を流してガタガタと震えている。確かにあの態度は、平民なら首が飛んでもおかしくない言動だったのかもしれないなぁ、と少し反省した。


『大丈夫だっておじさん! だってあの人は真面目そうだもの。いくら平民とはいえ、罪がないあなたがそんなすぐ殺されたりしないわ!』

「お嬢ちゃんは危ないだろう!?」

『私は平気よ。死なないから』




次回更新は金曜日の予定です。激焦りアンネリーゼとるんるんのシエル。シエルはもう少し考えてものを言わないとですね。

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