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魔女の氷庭 〜生け贄にされた王女が王座を奪う下剋上〜  作者: 澄玲なの
第二章 港街ベルクハーフェン編
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【2-4】魔女と魔術師

『ここが、あの"ラクスセレン"なの?』

「だから何回も言ってるけど、ここはベルクハーフェン! 名前を更新してくれるかしら?」


 『うそよ! だってここ何も無い湿地帯だったのに……』と大きすぎるカルチャーショックを受け、口をわなわなと震えさせるシエルは、しばらく現実が受け入れられないようだった。


 王宮の北の森林を抜け、川を越え、さらに山と山の間を歩いてようやくついたこの街は、山岳地帯の交通の要所となっている領地、ベルクハーフェンである。王の直轄領の隣にあり、さらに山の多いこの国で盆地にあることから人々が多く集まる大都市だ。


『ところでお姉様、私ならまだしも、顔が国に知れている王女がのこのこと出歩いていたら人の注目を集めませんこと?』

「身分を隠せる術がほしいわね……」


 幼い頃から魔力を扱う術を学んできた貴族や王族は、その影響から髪の色が変化する事が多い。

 魔力量が少ない場合は、そこまであからさまに変わらず、うっすらと青みがかったり、一部だけが染まったりする程度で済む。


(奥には貴族が住んでいるけれど、ここは下層街だものね。顔どころか髪の毛で目立ってしまう)


 普通は身分を隠して歩く王族なんてほぼいないので、髪色を変える手段なんて聞いたことが無かった。


「シエル、髪の色を変える魔法ってないの?」

『あるにはあるけれど、元に戻すのがすーーーっごく大変よ? 本当にそれでも良いの?』

「あら、魔術を解くだけでは戻れないのね」


 どうやら、一度魔術で染めた髪は、毛根から色が変わってしまうらしく、戻すのにもまた魔術をかけ直す必要があるらしい。しかも前と同じ色に染められるかは術者次第だ。


「その人の素質によって色が変わるのに、毛根から変えたら今まで使えた魔術も使えなくなりそうね」

『そもそも髪を染めたいなんて魔術師の口から聞いたこと無いわよ……』

「私は魔術師のコース卒業してないから、資格も何も持ってないわよ」


 私も学校に通っていた頃は、王族や領邦君主向けの統治学を学ぶコースにいたので、魔術コースを卒業出来なかった。所謂、無免許魔術師ということになる。資格があれば宮廷に仕えることができたり、魔術師と名乗れるだけなので、無くても別に困ることは無い。


『うわぁ、資格が無いと"魔術師"って正式に名乗れないのね……あー、本当この時代は面倒ね』


 だから、私はただの魔術を扱う女。魔女なのだ。


「話が逸れたわね。顔を隠す魔術が無いなら、被れそうな適当な布を探さないと。下層街の古着屋なら、顔を覆える物もあるはずよ」

『賛成。ついでに何か美味しいものでも買いなさいよね。地下の空気しか吸ってこなかったから、外の食べ物の香りは新鮮だわ』

「幽霊のくせに何を食べる気なのよ」


 私は道中拾った適当な小汚い布を頭に巻き、できるだけ髪を隠した。

 街の影を縫うように、できるだけ人の少ない方へ進んでいく。シエルと軽口を叩き合いながら、すり鉢状になったベルクハーフェンの裏通りへ足を踏み入れた、その時だった。


 ドォン、という鈍い音が薄暗い路地に響く。

 古い窓枠がカタカタと揺れた。途端に上がる悲鳴。奥で何かあったらしい。


『お姉様、行きましょう!』


 騒ぎの元へ近づくにつれ、煙とも違う、嗅ぎ慣れない嫌な匂いが鼻を刺す。


 少し開けた場所に出ると、心配そうな顔をした人々が真ん中の様子を伺っていた。人集りの中心には、暴れる馬、よく見れば大型の荷車が横転し、積み荷の粗悪な鉱石が黒い不穏な光を放ちながら火花を散らしていた。


 魔力を吸い上げすぎて変質した魔石が、熱膨張で次々と小規模な爆発を起こしているのだ。火の手が周囲の露店へと燃え移り、黒煙が立ち上る。


「逃げろ! くそっ、あの貴族偽物を売りやがったな!」

「荷車に載せてた魔石が爆発した! お前たちも巻き込まれるぞ!」


(まずい、魔石から高濃度の魔力に汚染された空気が飛び出しているわ!)


 魔石の爆破は止まることを知らず、連鎖していく。人々が逃げようと細い道を圧迫し、避難がますます遅れていた。一般の耐性がない人間がこれ以上吸うのは命に関わる。一刻も早く逃げて貰わなくてはならない。


「……ぁ、待って、誰か」


 何かが破裂音の間から聞こえる。よく見ると、不自然に曲がった人の腕が荷台の下から飛び出していた。その近くでは父親らしき人物が、荷台を持ち上げようと必死に力を込めている。


「シエル、あそこに人が!」

『駄目よお姉様、今魔術で助ければ私達が目立ち過ぎるわ』


 事故に巻き込まれたのだろう。荷台の下から必死に声を上げているが、私達以外は誰も見向きもしていない。魔術を発動させようとしたその時、頭上から凄まじい数の魔力の圧を感じた。


「魔術の騒ぎと聞いて来たが……なんだこれは」


 見上げると、複数の立派な服を着た魔術師が、大きな鳥の背に乗っている。身につけているのは、大きな白い獅子の紋章を刺繍したマント。私はその声と紋章を見て、口元を強張らせた。


「宮廷魔術師様よ!」


 民衆はわっと歓声を上げた。


『……へえ、これが免許持ち魔術師さんか』


 本来は王都の近衛魔術師団、その分隊だ。よりにもよって、こんな場所で鉢合わせることになるなんて。逃げ出した私のことを追って、周辺地域を巡っているのだろう。そうでもなければ、こんな身分の高い軍団が下層街になんかいるはずがない。


(顔を見られたら一発で終わりよ)


 私は頭の布をさらに深く引き下げ、建物の影へと身を引いた。

 鳥の背中から見下ろした宮廷魔術師のひとりが、鼻をつまみながら横転した荷車を一瞥する。その瞳には、下層街の混乱に対するあからさまな侮蔑が浮かんでいた。


「被害が拡大する前に鎮火する。皆離れよ」

「待ってください! 下に息子がいるんです!」

「貴様は死にたいのか。私の命令が聞こえぬか? 早く引け。貴様ごとやっても良いのだぞ」


 宮廷魔術師は冷淡に杖を一振りし、その声を魔力を乗せた風圧で払いのけた。父親は呻き声をあげて尻餅をつく。


「うっ」

「汚染が広がればベルクハーフェン全体の損失だ。個の犠牲など顧みている暇はない。これだから下民は視野が狭い」

「父、さん。僕は大丈夫だから……早くにげて」

「何言ってるんだ、お前を連れて行かないと!」


 容赦のない詠唱が始まる。魔法陣が徐々に展開され、大きな荷台をすっぽりと覆える大きさにまで広がった。


「慈悲を司る海の女神ヴェイレーナよ、その御力に感謝を捧げん。我が呼び声に応じ、清らかなる水流をここに成したまえ」


 青年魔術師は朗々と呪文を唱え、杖を突き出した。勢いよく放たれた青い光を帯びた水の魔術。一般的な火災を鎮火するための、極めて教科書通りの手順だ。

 だが、相手はただの炎ではない。


「待ちなさい、水を当てたら——!」


 ——ボンッ!


 砂埃と共に暴風が吹き荒れる。魔石は宮廷魔術師の魔力を吸収し、大爆発した。魔石は火を纏い、飛び散り、近くで逃げ遅れていた花屋の娘の元へ燃え移る。


「いやぁ! 死にたくない! 誰かっ!」

 

 見兼ねたシエルがいくつかの風の玉を空中に作ると、人混みの中からそっと押し出した。渦巻く小さな竜巻達は、娘の近くに寄り、ポンポンと音を立てて小さく破裂し、ドレスについた火を吹き消していく。


 しかし、若き宮廷魔術師は自分が娘に火をつけてしまったことにも気がつくことなく、自分の魔術が効かないことに焦っていた。シエルはそんな彼らを見て、心底呆れた様子だった。


「な、なぜ消火術式が効かない……!?」

『この宮廷魔術師ってのは馬鹿の集まりなのかしら?』


 身分がバレて捕まればどうなるか分からない。しかし、ここにいる人々は私が何かしなければ、今、こいつらの魔術によって死んでしまうかもしれないのだ。

 腹を括るしかない。


「シエル、目眩しできる?」

『そうこなくっちゃお姉様!』


 シエルがパチンと指を鳴らした瞬間、周囲の光がぐにゃりと歪んだ。

 路地を満たしていた黒煙と砂埃を巻き上げ、人々の視界を遮る濃密な幻霧が一気に広がっていく。


「なんだこの煙は、前が見えん!」

「魔石の汚染ガスか!? おい、結界を張れ!」


 宮廷魔術師達の意識が逸れたその一瞬、私は建物の影から飛び出すと、左手を前方へと突き出した。

 資格など何一つない無免許の魔女。しかし、彼らは習っていない古代魔術を私は知っていた。


「凍てつきなさい」


 呪文など要らない。ただ明確な意志を込め、石畳へ掌を叩きつける。


 ——パキパキパキィンッ!


 硬質な凍結音が響き渡った。地表を駆け抜けた青白い氷の結晶は、荒れ狂う火炎と暴走した魔石を、瞬く間に完全に呑み込んだ。熱も、魔力吸収の連鎖も、立ち上る汚染された空気すらもすべてを絶対零度の檻の中へと閉じ込める。


 同時に、荷台の下に挟まれていた少年と父親の足元だけを器用に避けるように、分厚い氷のアーチが横転した車体を持ち上げ、安全な隙間を作り出していた。


「冷たっ……え、荷台が、氷に?」


 隙間から体を捩って出て来た少年は、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「ハンス……! 無事か!」


 少年の父が彼に抱きつくと、二人はその場で泣いていた。死なずに済んだ、と。


(……羨ましい、なんて思ってしまう私は、浅ましいかしら)


 泥だらけで抱き合う二人から、私はそっと視線を逸らした。私にはもう、無事を泣いて喜んでくれる家族なんてどこにもいない。母も兄も死んでしまった。

 胸に湧いた感傷を振り払うように、深呼吸をして周囲を見渡す。先程までの地獄絵図が嘘のように、路地裏は冷気と静寂に包まれていた。


「な……炎と魔石が、一瞬で凍っただと……!?」

「どうなっている、誰の仕業だ!」


 鳥の背の上で、宮廷魔術師が腰を抜かさんばかりに叫んだ。名誉ある宮廷魔術師様があんな状態とは、学術院で一体何を学んだのか。シエルが馬鹿の集まりだと断言していたのは、本当にその通りだと思う。


『お姉様、あのボンボンたちが気がつく前に消えるわよ!』

「言われなくても!」


 私は深く布を被り直すと、急いでその場から走って逃げた。古代魔術を使った左手は、少し冷たく、手に魔力が集まっているのを感じる。

 王族としての誇りも、身分も捨てた。けれど、兄が守ったこの国の人々をただ見殺しにすることだけは、絶対に選ばない。

 

「早く新しい服とか帽子を探しましょう。これちょっと油臭いの」

『同感よ』


 背後の免許持ち達の怒号を聞きながら、私達はイタズラが成功した子供のように笑いあった。


「——分隊B、傾注。こちら近衛魔術師団分隊長、マティアス・グレーフェ」


 その怒号の中に、こちらを見つめる瞳があったとは知らずに。


「……調査対象らしき人物を発見。追尾する」

結局何のご飯にもありつけなかったシエル。イタズラが成功して食欲のことも忘れていそうですね。


次回第5話は水曜日に投稿予定です!

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