【2-3】道がないなら作れば良いじゃない!
ルカは少し瞬きをし、年齢に不相応な穏やかな目といつもとは少し違った声色でシエルに話しかけた。
「君がどう思っても、この子がルカであることに変わりはないよ」
こんな落ち着いた話し方、しかも明らかに上の立場の人に対して「君」なんて不敬な呼び方をルカがするはずがない。ルカはシエルと言い合う間も何度か弓を引き、迫る騎士団の足止めをしてくれていた。
『ルシアンは魔獣に食われて死んだはずよ! 私目の前で見てたのよ!?』
「ちょ、ちょっと待ってシエル! ルカも、なんで片目の色が変わってるのよ」
バチバチと火花が散りそうなシエルと、飄々としたルカの間に割って入るが、シエルの荒い息は中々落ち着かない。ルカもいつものルカとは全く様子が違う。
「言っただろ? ルカくんは強くなった。君を助けるために僕を受け入れたんだよ」
私のせいでルカがこんなことに?
『何故お前が生きている、少年の身体を奪って何が目的なの』
「だから、ルカくんに頼まれたんだよ。僕忙しいからさ、シエルとの昔話はまた今度ね……アンネリーゼ! 早く逃げてください! 囮なら俺達がやりますから」
瞳はいつもの赤色へと変化し、途端に荒々しさが残る少年の声に戻ると、再び弓を構えた。確かに今は二人とも魔力が無いし、ここにいてもルカにとっては守る物が増えて負担になる。
「……行きましょうシエル」
『でもこいつを放置していくなんてっ』
「今、これ以上ここにいても私達はこんな数の兵隊を捌ききれないし、ルカは敵じゃない。早く逃げないと今までのこと全て無駄になるわ」
シエルは苦悶の表情を浮かべていた。過去にルシアンと何があったか詳しく聞いてないが、前のお茶会の時に名前を出していた割には、一緒にケーキを食べるような仲の良さではないのか。
『分かったわよ、行くわ。でも絶対後で問い詰めるからね』
「それでは、ルカ。後は頼みましたよ!」
「はい!」
彼らを背に私は走り出した。防ぎきれなかった砲撃が私達を目がけて追いかけてくる。
魔力残量は最大値の4割程度といったところだ。徐々に回復しているものの、さっきみたいな大ジャンプをもう一度やれば、恐らく着地がままならなくなる。
(そもそも、逃げるってどこに行くのよ)
この国は雪山と他国から繋がる大山脈に囲われた土地だ。どこに行くにも、基本は山を越えなければならない。
『お姉様、行くあてがないなら魔導回路を使いましょう』
「!」
先にどこに何があるか調べれば、もしかすると身を隠せる場所も見つかるかもしれない。ただ、魔導回路を使うなら立ち止まる必要がある。追っ手の中に魔力探知ができる者がいれば、結界を展開などすれば自分から位置情報を教えているようなものだ。
「シエル、私はもし攻撃されても最低限の結界しか張れないわ。できるだけ早くして!」
『一秒も止まる必要なんか無いわ』
私達は右に急旋回し、より森が深くなる方へ逃げた。私達を見失ったのか、少し攻撃が広範囲になり始めた頃、シエルは走りながら一瞬、指先を地面に触れさせる。指と地面は仄かに青く光り、地面に隠れた魔導回路を浮かび上がらせた。
『うーん、このまま北東に進めば、山の麓の聖堂と運河があるわ』
「今の一瞬で!?」
『これくらい百年ちょっとで習得できるわよ』
普通の人は百年もかけられない。シエルの言うことはいつも大体規格外だ。
「運河ってクレッチャー・ブラウ運河?」
『おそらくね』
運河を越えれば、あの重い鎧を身につけた騎士団達は私達を追えないだろう。それに、あれを越えれば別の都市へ入れるはずだ。
『気をつけて!森を抜けるわよ!』
いきなり周りが明るくなって目がチカチカする。目の前にそびえ立つのは頭が白く染まった壮大な雪山と、澄んだ、大きな鏡のような水面。そしてその先にはレンガの屋根が微かに見える。
(遠い……うちの城の城壁より飛距離が必要ね)
魔力残量は半分ほどまで回復したが、果たして飛びきれるか自信がない。とはいえ、立ち止まっていれば見つかるのは時間の問題だ。古代魔術で舟を作る時間なんか無い。
私はギリッと奥歯を噛みしめた。
「何か、良い方法は……」
山を駆け抜ける強い風が吹く。その時、水面に一枚の葉が落ちるのを見た。浮かぶ葉は、沈まずにその場でゆらゆらと揺れている。
その時私はハッと閃いた。
(そっか、これならいける!)
手始めに補助用の小さな風の魔法陣を背中にセットする。
『あら早いわね。越える算段はついたの?』
「シエル、魔力量は足りてる?」
『着地なら任せなさい!』
「じゃあ行くわよ!」
私はシエルの手をしっかりと握りしめ、助走を付けて川に一歩を踏み出した。
――パキッ
『え、ちょ、は!?』
足裏が触れた一瞬だけ、水面を凍らせて足場にする。水切りの石のように、私の身体は跳ねるように水面を駆けていった。
パシャパシャと水が跳ねる音と吹き付ける涼しい雪山の風が心地良い。水上を走るなんて、きっとシエルと会う前なら思い付かなかった。
段々と対岸が近づいてくるが、スピードが一向に落ちない。
「シエルー! これ止まれないわ!」
『そういう大事なことは早く言いなさい!』
シエルは前面に手を出し、魔力を対岸へ放つ。
以前のような羊のモフモフを期待した私の前に、ポンッという間の抜けた音と共に現れたのは――やたらと体格のいい、筋肉隆々の鎧の騎士だった。しかも、なぜかキラキラとした眩しい笑みを浮かべて仁王立ちしている。
「へぶっ」
男の胸に飛び込んで止まる羽目になるとは思っていなかった。男は私を受け止めた途端、「はっはっは」と笑いながら消えていった。
『おー上手くいったわね』
「いや誰よ、あの人……」
『私の護衛についていた騎士よ。なんでも絶対に受け止めてくれるの』
「絶対受け止めてくれる」とシエルが言ったからには、この人は絶対に私を落としたりしない。きっと、生前のシエルを支えてくれた大切な人だったりするのかもしれない。
『さあお姉様、ここからどうするの?』
「そうねぇ、とりあえず一番近い街まで歩きましょうか」
違う都市に来た、ということは、王の直轄領ではないということだ。シルヴレッタ王国は領主の力が強い国。いくら王とはいえど、勝手に他領へ兵を差し向ければ、国内の情勢が一気に不安定になる。
つまり、しばらくは他領を巡れば逃げ続けられるのだ。
『私、旅なんてしたことないわ! ……やっと、全部肉眼で見れるのね』
両手を上げて飛び回るシエルを宥める気は起きなかった。地下から回路越しに存在を感じ続けたものを、ようやく自分の目で見る機会がやってきたのだ。シエルがはしゃぐ気持ちも分かる。
対する私は、終わる目処の立たない不安定な暮らしへの不安が大きかった。私はもう王族でもない、家族もいない、ただ国から追われる身になってしまった。振り返ると、かなり遠くになってしまった王宮の屋根が見える。
「……待っててね、私の玉座」
もう、後戻りはできない。
「他の騎士は出せるの?」
『まあ作れるけど、全員あの人よりは弱かったからクッションとして使えるかは怪しいわね……』
あの陽気なおじさんがシエルの中では最強らしい。叶うなら、コンラッドお兄様と戦っているところを見てみたかったものだ。
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