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魔女の氷庭 〜生け贄にされた王女が王座を奪う下剋上〜  作者: 澄玲なの
第二章 港街ベルクハーフェン編
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【2-2】ルカ・シュタイナーという人間

『さて、お姉様そろそろお話しさせて貰っても良いかしら?あんまりのんびりしていると、日が暮れてしまうわ』

「ええ、大丈夫よ」


 私は服を整えて立ち上がった。頭を振り、頬を軽く叩く。しっかりしなくては。私達のゴールはここではない。

 シエルは羊にもたれ掛かりながら、人差し指を立ててこの周辺の地図を作り出した。


『今、ここは王宮の北に広がる森林よ。魔術書庫を目指して急がなくてはならないわ』


 シエルの指先が動いた場所。この地図の端にある建物が私達の最初の目的地だ。まずはあそこでルカと合流し、白い手の謎を解く手がかりを探さなくては。そう思って足を踏み出したが、如何せん靴が無い。

 そこで、本当に私は恥ずかしくて嫌だったのだが、この羊に跨がって移動することになった。


「北の森には先の戦いの幽霊がいて、迷い込んだら二度と出られない、ってよく昔聞かされてたわね。本当にそんなのいるのかしら」


 以前もこの話を一度したが、シエルは知らないようだった。シエルが生きていた頃よりあとに出来た話だったのかもしれない。シエルみたいな幽霊を知っているので、絶対にいないと断言もできなかった。


『さあね、私のことだったら失礼しちゃうわ』

「シエルは戦に参加したの?」


 どう答えたものか、とシエルは悩んでいた。

 この先の戦というのは、恐らく隣国が更に前の国だった時代に我が国と魔石の採掘場をめぐって争ったことだろう。


『参加はしたけど、別にそこで死んだわけじゃないわ。私はその後に人に殺されたの』

(……同じ王族にやられたのか)


 私も以前のシエルの口ぶりから、彼女が王族に犠牲にされたこと自体はうっすら察していた。しかし、一体何があれば家族の中で血みどろの争いが起きるのか。自分の人生の数十倍前の出来事で全く見当がつかなかった。そもそも、その時代は戦争で焼き尽くされて文献がやたらと少ない。


『お姉様、もうそろそろ到着よ』


 森の端にひっそりと佇む古びた白い建物。窓にステンドグラスが貼られているが、その鮮やかな色も少し燻んでいる。取り付けられた扉にはツタが走っていた。私は羊から降り、近づいてその扉に触れる。


『どう?開きそう?』

「……このツタ、切れてる」


 ここで私は、以前シエルが『特殊な魔術で守られていて、普通の人は開けることはおろか、魔導回路伝いでもここの様子を知ることができないの』と言っていたことを思い出した。ではここを開けたのは、絶対に常人ではないことくらい簡単に想定できる。私は何かとんでもないものに触れた気がして、手をパッとドアノブから離した。


「一体どうやって開けたのかしら」


 あ、と横にいたシエルの喉から声が漏れた。

 私がそちらを向いたその瞬間、ヒュンと一本の矢が眼前に迫る。咄嗟に右手が己を守るように出た。


『お姉様っ!』


 次に私の目に映ったのは折れた矢の先端。そして、あの白い手。

 私の右手の中指は先端が少しだけ黒く染まり、その少し上には黒いモヤがふわふわと浮いていた。一方、白い手は矢を受け止めると、それを食べることなく地面にペッと吐き出し、モヤの中へ戻っていく。


(手が……)


 私はハッとしてシエルの手を取り、羊を盾に隠れる。もう追っ手がこんなところまで来てしまったのか。


「アンネリーゼ……?もしかしてアンネなのか!」


 聞き覚えのあるまだ少し高い少年の声に、思わず立ち上がった。ずっと聞きたかったその呼び方。木々の陰から姿を現したのは、他でもない私の大切な従者だ。


「ルカ!」


 少し汚れた服を身に纏うルカは、私がアンネリーゼだと確信し、静かに泣いていた。

 私も裸足で駆け寄ると、ルカの見た目はこの数カ月間で変わっている。以前より少し髪も背も伸びていたものの、愛嬌のある笑顔だけは健在だった。私は彼の頭を片手でわしゃわしゃと撫で回す。


「急に撃ってくるから敵襲かと思ったわよ」

「ま、誠に申し訳ございません。てっきり、魔術書庫に近づく追っ手かと……」


 青ざめて膝をつき、頭を下げるので、肩を叩いて「怪我もないし大丈夫」と宥めた。死にかけたことに変わりはないので、明確な許しの言葉はしばらく言わないでおこう、と少し思ったが。いつも通りの姿に一瞬安堵したものの、ふと脳裏に上空から見た炎上する王都の景色が過った。


「……街での騒ぎを起こしたのはあなたなのね。ルカ」

「その隙に逃げてって伝えたのですから、当然でしょう?」


 ルカは不思議なことを聞かれたかのように、コテンと首を傾けていた。

 あの夢はルカからのメッセージであったことが確実なものとなった。ルシアンも、私が地下生活を過ごしている間にルカが見つけた新しい友達なのかもしれない。あんな被害をもたらして、なぜこんなにも彼はいつも通り振る舞うのか。感動の再会ではあったが、薄気味悪さを隠せずにいた。


『ねぇ、もういいかしら?』

「ああ、ごめんなさい。ルカ、紹介するわね。私の友達のシエルよ」


 いそいそと気まずそうに出てきたシエルは、人見知りか、矢を射ってきた相手が怖いのか、ルカから目を逸らして私の後ろに隠れている。私に突かれると、うっ、と声を漏らして意を決して私の横に浮かんだ。


『初めまして、シエルよ。もう死んでる亡霊。よろしくね、ルカ』

「お初にお目にかかります、シエル様。アンネリーゼ様の従者、ルカ・シュタイナーと申します」


 シエルはぶっきらぼうな挨拶を済ませ、やっとルカと目を合わせる。そして途端に眉間に皺を寄せ、ルカの周りを何か調べるようにぐるりと一周した。

 その後深く考えこむと、何かに気がついたように声を上げた。


『ねえあなた、ルシーー』

「アンネ!危ない!」


 鋭い風切り音と金属音。

 ルカの声が届く前に、私はギリギリ結界を張り終えた。一斉に放たれる無数の攻撃は、私を目掛けて降り注ぐ。カンカンと結界に当たって火花の散る音と、静かな森には場違いな騎士達の重い足音が響く。小鳥達は一斉に羽ばたいた。

 今度こそ本物の敵襲らしい。


(思ってたよりかなり早いわね)


 脱出で消費した魔力は回復しきっていない。焦る私の前で、ルカが静かに弓を構え直した。

 立ち塞がるその背中は、以前の華奢な少年とはまるで別人のように冷たく、大きかった。


「大丈夫ですよ、あなたを阻むものは全て破壊しますから」


 ルカは片目を閉じ、その矢に力を込める。弓を引く動きに連動して、矢先がチリチリと黒く光り出した。そうして息を吐き、狙いを定めて一射だけを敵の中心部に放った。空中で細かく分かれた矢は、雨のように甲冑の群れへ降る。


 ――ドンッドンッ!


『なにこれ、どういうことなの……』


 矢は黒と青の炎をあげ、次々と追っ手へと襲いかかる。無数の爆発音で地面が揺れた。音だけなら花火のようなのに、そこに男達の呻き声が混じる。

 私は見たこともない景色に強い既視感を覚えた。これは、確か昔本で読んだ戦争の記録にあった攻撃法だ。


「ね、言ったでしょう?」


 振り返って笑うルカの左目は本来の色を失い、異様なほど明るい、向日葵の黄色に染まっている。そして、その目線は私に向けられていないことに気がついた。

 シエルの方を見ると、悔しそうに顔を歪めていた。一度瞼を下ろし、その後激しい憎悪に満ちた目でルカを見据える。


『今の、ルシアンの魔術よ……一体お前は何者なの!』

お読みいただきありがとうございます!

感動の再会のはずなのに、なんだか雲行きが怪しくなってきました。


次回は金曜日に更新予定です!

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