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魔女の氷庭 〜生け贄にされた王女が王座を奪う下剋上〜  作者: 澄玲なの
第二章 港街ベルクハーフェン編
16/28

【2-1】反逆の幕開け

(目が、痛い)


 爽やかな春の風が、長い地下生活で疲れ切った体を通り抜けた。崩れた天井からはポロポロと石と砂が落ち、砂埃が立ちこめている。

 久し振りの日光で目を灼かれ、視界が白く霞むのを感じる。ドールのリスを通して盗み見ていた視界より、よっぽど美しい。


『お姉様〜!すごい景色よ!早く階段とか適当に作って上がってきて!!』


 上空ではくるくると回転しながら、数百年ぶりの外にキャッキャとはしゃいでいる亡霊がいた。きっと外の様子自体は定期的にドールで見ていたのだろうけれど、実際に見る物とは格別だろう。

 堪能したいだろうが、如何せんそんな時間は無い。今、私達は国王に対して謀反を起こしているようなものだからだ。


「シエル、こんなことしてる場合じゃないわ。急いで逃げるわよ」


 服の裾を摘み、私は泥の階段を駆け上がった。待ちに待った外だ。内心、シエルと同じようにはしゃいでいた。


(お兄様、私、外に出ました!)


 最後の一段を踏み、周囲を取り囲む城壁と目の前に鎮座する城を見上げた。割れて粉々になったガラスや崩れた壁が音を立てながら降る中、窓から覗く一つの視線が私のことを捉えた。光のない冷たい瞳。


「ヒルデ、ガルド……!」


 彼女は私を見ても全く動揺する様子は無かった。想定通り、と言いたげなムカつく顔。何か言ってやりたくて口を開いた、が、私はそれをすぐに辞めた。


(次に私がこいつと話すのは、私が勝ったときだ)


 私はすぐに前を向き、急降下してきたシエルと合流した。こちらも、ここまでは計画通りだ。あとは最後さえ上手く行けば。


 ーーカチカチカチカチ


 指先から走る魔力の線が、小気味よい硬質な音を立てて地表を走る。

 私は膝をついて地面へ手をかざした。城の真ん中に穿たれた円形庭園の石畳に、緻密に編み上げられた黄色い魔法陣が一面に浮かび上がる。


「いたぞ!王妃殿下の仰せ通り、息の根を止めてでも捕縛しろ!」

『お姉様、追っ手よ!』


 不快な甲冑の擦れる音が段々と近づく。

 私は小さく舌打ちをし彼らを一瞥すると、目を瞑り、近づく敵達に向けて指を差し、ものの数秒で結界を張り終えた。


 ガンガンと結界にぶつかる鈍い衝撃が内部にも伝わる。突き出された長槍の切先が、数センチ手前で火花を散らして弾かれた。空中に浮かび上がったのは、雪の結晶を幾重にも重ねたような、透き通る多面体の氷壁。その先では射殺すような濃紺の目が彼らを見つめていた。


「どうなっている! こんな強度の結界を、準備も無く」

「おい、あれってまさか、死んだと聞かされていた〈氷の魔女〉……アンネリーゼ王女殿下じゃないか?」

「生体核になられたはずでは!?」


 彼らは信じられない化け物を見たような目でこちらを見た。基本的に、敵を防ぐ結界は事前に用意した魔法陣を発動させる。手順が煩雑ですぐに構築できるようなものではないからだろう。


 パンパンと手を払い、もう一度魔法陣に集中する。あんな奴らに私の美しい設計を踏み荒らされては困る。


「陣の外の人間を弾く結界は完了、土台は完成した。あとは風の応用魔法陣を重ねればーー」


 私は肺いっぱいに、外の空気を吸い込んだ。


「行くわよ!」


 魔力を流し込んだその瞬間、魔法陣は一層強く輝き、周りを囲うように風の渦を成した。庭園内の白い花々が舞い上がり、木々は大きく揺れる。


『お姉様!』

「シエル!」


 私達は二人で手を取り、風の向きに沿うようくるくると回る。吹き込む波に乗れば、たちまち私の身体は浮き、地面が遠く離れていく。そして真下に小さな補助魔法陣を発動させた。


 ーーゴォン!


 暴風は私達の身体を空へ舞い上げる。計算通りの高さに、我ながら思わず感嘆してしまった。どこまでも続く空と、交わって溶けてしまいそうな地平線。シエルは上空からの眺めを見て、目を輝かせ、楽しくて堪らないといった様子だ。子供らしい一面もあるんだな、となんだかが可愛らしく見えた。


『今の魔術も、中々やるじゃない』

「あら、練習してみる?」

『それは結構よ』

 

 空から見えたのは美しい景色だけではない。城壁が崩れ落ちて変わってしまった故郷の王都だ。赤レンガの街の一部では火煙が立ち、ニ本の城へ繋がる橋は、一本が崩壊している。戸惑う人々の声が反響して空まで届いた。


「本当に、ルカがこんなことを……?」


 愕然とした声が漏れた。

 ルカにとっても大切な場所であるはずで、何より今日は国民が楽しみにしていた建国祭だ。あの心優しい少年が、こんな無茶苦茶で酷いことをしてしまうなんて、思いもよらなかった。


(騒ぎを起こす、ってこんな風になるなんて聞いてないわよ)

『お姉様、そろそろ着地よ!魔法陣を解除して!』


 パリン、と解除された音がした。刹那、私達は自由落下を始める。空気が髪や肌を勢いよく切っていく。私は目をぎゅっと瞑り、恐怖に耐えた。

 思っていた衝撃はやってこない。


『大丈夫よ、目を開けて』


 手で触れるともふもふのまるで羊のような感触。いや、これはーー文字通り巨大な羊だった。


「は、羊?」

『古代魔術も、やっぱり良いでしょう?』


 こんな物まで爆誕させてしまうのか、この羊あとでどうするんだ、と私は相変わらず規格外の魔術に呆然とした。そんな当の本人は、してやったり、と私の上で浮かんで満足気に笑っている。


『あ、安心して! 入れた分の魔力量を使い切ればちゃんと消滅するわ。あなたの青い蝶と原理は一緒よ』


 どうであれ、逃げ出せたなら良いか、と地面に足をつけると靴もないので足の裏の直に草の感触が伝わってくる。

 ああ、私は本当に外へ出たのだ。もう冷たい地下から出て、自分の足で運命に抗うスタートラインに立てたことを自覚した瞬間、少し視界が淡く滲んでしまった。


『あらあら、世話の焼けるお姉様だこと』


 目を丸くしたシエルからは、少しからかうような、けれど優しい声が降ってくる。シエルに触れた瞬間、ひやりと冷たい体温のない柔らかさが伝わる。今だけ、この一瞬だけでいいから、数百歳のあなたに縋らせて欲しくて。私は抱きついてシエルのお腹に頭を埋め、溢れそうになる涙を隠した。


『……良いわよ、私はあなたのお姉様だもの』

第二章が開幕しました!

ついに地下室から脱出した二人。しかし、外の世界はアンネが思っていたより大変なことになっているようです。


日頃のPVやブックマーク、とても励みになっております。第二話は水曜日に公開予定です!

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