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【1-13】女王と天使は空へと舞い上がる

「あら?」


 ここはどこだろう。なんだか生暖かくて心地良いような悪いようなものに包まれている。目を覚ましたくないが、起きなければいけないはず。

 美しい赤と金の緻密な天井。鮮やかな壁。光るシャンデリア。そうだ、ここは私の部屋だ。


「ルカ?いないの?」


 もう朝ごはんの時間かしらと起き上がって床に足を付けると、ぬるっとした感触と共に私の身体は落ちていく。どろどろと景色が溶けて、床は真っ白なたくさんの腕と手になっていた。壁も床も魔法が解けるように形を変えていく。


「っ、しまっ――」


 落ちていく恐怖に思わず目を瞑った瞬間、ふわりと、私の身体が温かい風に受け止められた。


「ここは危ない。アンネ、掴まって」


 上から人間の色をした手がやって来たので大急ぎで掴むと、黒髪が目の端を通り過ぎた。見覚えのある色に、つい名前が口をついて飛び出る。


「ルカ?」

「ごめんね違うんだ。僕は、ルシアン」


 黄色の優しそうなヒマワリのような瞳は目を細めてにこにこ笑いながら私を引き上げてくれた。ルシアンと名乗る端整な顔立ちをした少年は、ルカよりやや年上のようだ。

 そして気がつくと私はまた、魔術書庫にいた。本棚にもたれ掛かると、この一瞬の疲労感がどっとやってくる。少年は私の前に、安心させるように小さく屈んで座った。


「ねぇ、さっきからころころ場所が変わるんだけど……」

「ああすまない、君の夢に干渉しているから環境がちょっと不安定なんだよ」


 申し訳なさそうに眉を下げて笑う彼は、とても人間らしくて、不思議と恐怖心は湧いてこなかった。それどころか懐かしさすら感じる。


「夢に干渉?」

「そう、君は今寝てるのさ」


 そうだ、私はシエルと二人で建国祭に合わせて床に穴を開けて地上に戻る計画を立てていて、大砲とかならいけるだろうと話し合っていた。ただ、外の人と連携がとれないだろうかと思案していた最中に、あまりの疲労で眠くなってきたところまでは覚えている。これは多分気絶したんだろう。


「建国祭と一緒にこの牢屋を破壊するらしいじゃないか。そんな君のことが大好きなルカくんから伝言だよ」

「なんで貴方そんなことを知ってるのよ」

「ルカくんはよく君のこと考えてたからね」

「違うわ、そこじゃない!」


 私が質問したくて両手を出して話を制止させようとすると、ルシアンはその両手首を掴んで本棚に押し付けた。


「っ、な、何……」

「茶化さないで聞いてほしいんだ。これはルカくんの、命がけの願いだから」


 先程までの笑顔が消え、ヒマワリの瞳が至近距離で、真剣に私を映している。ルカによく似た綺麗な顔と間近で目が合い、私はなんともいえない緊張感に包まれ、浅い呼吸を繰り返した。


「『建国祭は明日、俺が街で騒ぎを起こす。その間に逃げてくれ』」

「え、あ、は!?ルカがどうやって騒ぎを起こすのよ。そんなことして、あの子はどうなるのよ!」


 取り乱す私の手首を、ルシアンはそっと解放して、包み込むように優しく握り直してくれた。元の優しい笑顔に戻って、私を安心させるように言う。


「大丈夫、彼は強くなったよ」


 騒動なんてそもそもどういうつもりなのか、ルカが捕まってしまうのではないか。あの子は一度決めたことで立ち止まる性格とも思えないし、私からルカに何か伝えられたら良いけど、返事が返ってくる確証がない。


「あーあもう時間みたい。また会おうね、アンネリーゼ・シルヴレッタ!」


 紐が落ちてくるように上から伸びてきた白い手たちが彼の腰をがっしりホールドする。


「待って!ルカに伝えて、私が必ず迎えに行くから、だから魔術書庫まで来てって」

「わかった。言っておくよ」


 嬉しそうに笑った彼は白い手につかまれたまま、先の見えない上へと消えていく。

 次の瞬間、夢の境界がどろどろと崩れるように歪み始めた。


「あ!ごめんごめん!君を元の場所に返さなきゃ」

「ひっ……!」


 うーんと悩む彼は、宙づり状態の片足を白い手に掴まれたまま、ストンと普通に落ちてきた。その長い血の気のない腕がバネのように伸び縮みしていて、割と見た目が気持ち悪い。


「驚かせて悪い!環境の崩壊が早すぎる……このままだと君、現実の身体に戻れなくなっちゃう!」


 パッと足首から手を離されても身体を回転させて足をついて着地できるのは、純粋に器用だと思った。


「強い衝撃で君の意識を現実側に弾き飛ばすよ! じゃあプリンセス、失礼を承知の上でお許しください!」

「へ?」


 私が最後に見た景色は、彼が大きく手を振りかぶり、私の頬を平手打ちしようとしている様子だった。


 ーーパシンッ


 シルヴレッタ王国第一王女は人生初めてのビンタを食らわされた。しかも初対面の男に。


「いったぁぁぁ! 何すんのよ!」


 起きて開口一番にこんなに騒いだのは、赤子として生まれた時以来だ。ピリピリと痛むような気がする頬を押さえると、ちょっと涙も出てきた。お母様にだってぶたれたことなんか無いのに。


『もー起きて早々うるさいわね! ほら、今朝届いた乾パンよっ』

「ちょ、私っ」

『はいはい早く食べて!ほら時間が無いわ』


 皿の上に乗った石のような朝ごはんを口に詰め込まれ、不服だが咀嚼する。硬い。ナイトキャップの中の髪もぼさぼさだし、頬も痛いし、最悪の目覚めだった。


『本当、話し合いの最中に寝落ちするから赤ちゃんかと思ったわよ! 私が生きてたときだって流石に人前で寝たりなんかしなかったわ……最近の王族はだめね』


 ここぞとばかりに最近の若者は、と文句を言う年配のようにつらつらと話しつづけるシエルを余所目に、私は、あの怪しげな黒髪男の言うことをどこまで信じるべきかと一人思案していた。笑ったり真顔になったり情緒もめちゃくちゃで、人のこと引っぱたいたり、冷静に考えてもまともではない。その上夢の中の存在ときた。


(でも……)


 ルカからの伝言を預かっている、という言葉がどうにも引っかかる。私のルカが、あの男を私の元に本当に送ったならば、彼の言うことを信用すべきだろう。


「ねぇ、夢の中の人から言われたことを、シエルは信じる?」

『最後に夢を見たのは死ぬ前だから何とも言えないけど、夢の中で見たものは大事だと思うわ』

「どうして?」

『夢は想像の最高峰みたいなものだからよ。想像を形にする我々にとって味方でしかないわ』


 あの世界は床が溶けたり現実味が無かったし、ビンタなんてされた。王女に現実でビンタする奴がいてはたまらない。今思い出してもピリピリと頬が痛む。


 ……頬が痛む?


 夢かどうか確かめる有名な方法として、頬をつねると言うものがある。痛かったら現実、何ともなければ夢だ。


「もしかして」


 あの男は夢じゃない。でも、絶対に現実ではない。嘘みたいな現実なら私はこの間見たばかりだろう。


「私、『思い出の味がするケーキ』と同じもの見たんだわ!」

『え、いつ? いつお姉様は自分で自分に魔法をかけたって言うの? ケーキも何も食べてないわよ!』

「流石に私も寝てる間に発動させたりなんかしてないわ……多分」


 意味が分からないといった顔をしたシエルは、大砲の土台を作る作業を止めてこちらをじっと見つめていた。古代魔術に関しては初心者の私は、何がきっかけかは分からないが「白い手」を呼び出してしまった前科がある以上、警戒するのは致し方ない。


 ただ、こんなことを考えている暇も無かった。彼は信用できて、あの夢は一般的な夢ではない、そう分かったなら早く動かなければ。

 シエルも時間が無いことは分かっているらしいが、腕を組んで指をトントンと打ちながら悩んでいた。


『何者かに魔術で幻覚を見せられていたなら、この時代にも私達と同じ使い手がいることになるわ!かなり重大なことだけど』

「まあ、じっくり考えることは後でもできるわよ」

『それもそうね……それで、お姉様は夢で何を見たの?何を言われたの?』


 私は夢の男に言われたことをそのまま伝えた。ルカが一騒ぎ起こすから、その間に逃げろと伝言してくれたこと。出たらまずルカと会うこと。それで最初の反応が、敵がいないことや協力者の話よりもこれだ。


『まあお姉様、好きな男の話を夢で見たのね〜!ちょっ、それは好きすぎるわよ!』


 テンションをいきなり上げた幽霊の乙女がキャーキャー騒ぐのを横目に、私は、幼い私が庭師のお兄さんを好きになってしまったとき、話を聞いた使用人がこんな顔をしていたなぁとぼんやり考えていた。あらあら〜と顔から聞こえてきそうなニヤニヤとした表情で私の頬をつつくと、ちょっと腹が立ったのでそっぽを向いた。


「ルカ本人が出たわけではありません」

『もうそんな怖い顔しないで!あー、揶揄いすぎたわ、許して!』


 私の眼前まで身体をふわりと捻らせながら、この女は伸ばした左手でポンポンと頭を撫でる。聞き分けの悪い子供のようなあやし方だ。


『話を戻すわよ……ルカがどうして私達の計画を知っているのか、は恐らくこの古代魔術が使える何者かが絡んでるはずよ』

「ならまず出てルカに会えば、この謎は解けそうね」


 さあ、そろそろ時間が来た。

 私はシエルと手を取り、私が気絶している間にシエルが描いた、やたら装飾の多い大砲の絵を見た。剣やら羽やらがついていて、年頃の男の子が好きそうなデザインだ。かなり痛い見た目をしていたが、とにかく私達が「これは強そうだ」と思えたらそれでいいのだ。強く思うほど威力は上がる。


『それじゃあ、行くわよお姉様』

「『せーの!』」


 二人の声を重ねて流し込んだ魔力は、大砲の絵を瞬く間に青い光の粒子へと変えていく。

 想像を形にする古代魔術。

 王宮のど真ん中、私たちの真上にある天井を、これ以上ないほど強力で邪悪な一撃でぶち抜くために、全身の魔力を指先に集めた。


 強烈な閃光が視界を真っ白に染め上げた、まさにその瞬間だった。


 ーードォォォォンッ!!!


 地響きどころではない、地下室の壁が、床が、まるで生き物のようにキーキー悲鳴を上げて激しくのたうち回った。天井に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、古い漆喰がボロボロと頭上から降ってくる。

 遠くで土砂崩れのような音がした。奥の部屋の天井が崩れたのかもしれない。シエルはハッと自分の部屋の方を見た。


 ルシアンの伝言が脳裏をよぎる。

『建国祭は明日、俺が街で騒ぎを起こす。その間に逃げてくれ』

 あの子だ。ルカが、本当に地上で大暴れを始めたんだ。でもこんな災害のような力、魔力も扱えない少年にあるのだろうか。


(一体外では何が起きているの?!)

『お姉様!早くしないとここは危ないわ!』


 シエルは叫んだ。


 手を重ねて、指先に魔力を集中させる。私たちは不完全で歪んだ大砲の導火線に魔法の火を灯した。

 ドクドクと高鳴る胸が、これは「嘘みたいな現実」なのだと私の背中を強く押していた。


「さあ、女王が王宮へ戻るわよ!」


 轟音と共に頭上の天井が粉々に砕け散り、視界を塞いでいた暗闇が吹き飛ぶ。

 キーンと耳鳴りが響く中、私の真上に広がっていたのは、どこまでも高く青い空。


 そして天使が空へ舞い上がるのを、私は見た。

第二章、国内逃亡編を月曜日より連載予定です。

外へと飛び出した二人の旅路を、引き続きまで見守っていただけるとありがたいです!



もし少しでも楽しんでいただけましたら、作品への【評価(★)】をいただけると、モチベーションになるのでよろしくお願いします!

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