特別編【ガラスの薔薇と赤ワイン】
こちらはネジ母とネジ父のお話です。閑話②の後日譚となります。
キラキラと輝くネオンを広い窓から見下ろす。高層階のお高くて素敵なレストランは、沢山の恋人同士で溢れている。
その誰もが幸せそう。
それを一人眺めてから、顔を背けるように窓の外の光を見る。
真っ赤なワインは、渋くてほんの少し甘い。
まるでホーンみたいだな、と思う。
熟成されて、渋くて、大人の味。
十歳の年齢差はどうしても埋まらないし、いつまで経っても追いつけない。
そこが好きでもあるけど。
空いたままの席を見て、もう一度ワインを飲む。
ムカつく。
来るって言ってたのに。
今日は記念日でも、誕生日でも、イベントのある日でもない。
でも、ずっと前からこのお店に来たくて、予約して、楽しみにしてたのに。
『学会の日程がズレた』
そう連絡が来たのは1週間前。
キャンセルもできる時だし、分かった時点ですぐに連絡をくれたのも分かってる。
仕事なんだから、休めないのもわかる。
学会はこの街ではなく、古代遺跡の有名な、ここから大分離れた所でやるらしい。
だから、仕事終わりに来れる距離じゃないのも分かる。
でも悔しかった。
楽しみにしていたのが、私だけだった気がして、ホーンの淡々とした言い方にも腹が立った。
だから、キャンセルはしなかった。
ムカつくから、一人で高級な料理とお酒を楽しむんだと、そう意気込んだのに。
「…あーあ…」
美味しくない。
本当は美味しい筈の高級料理は、なんだか酸っぱかった。
残念な気持ちになりながら、コース料理を完食して、ワインもあんまり進まないまま、店を出る。
カツカツとピンヒールが音を立てながら、部屋に戻る。
春から2人で暮らし始めた。
ホーンが両親を説得してくれて、婚約まで済ませて、2人で暮らす部屋を選んだ。
ずっと喧嘩してないわけじゃない。
普通に喧嘩もするし、言い合いもする。
でも翌日には、お互い笑い合って解決してきた。
まだ短い期間しか一緒に暮らしていないから、大喧嘩はこれからするかもしれないけれど。
リビングのソファーに飛び込んで、深く息をつく。
喧嘩したいわけじゃないけど、私は気が強いから。つい、キツくなる。
ホーンは理性的だけど、頑固だから、一度決めたら譲らないし。
落とし所を探す喧嘩は、この数カ月で何度もした。
今日の久々の外でのディナーは、ほんの少しの特別感があったのに。
頭では仕事だから仕方ないとわかっても、ついグチグチ考えてしまう。
このままじゃ、延々とホーンにキレ続けられる気がする。
仕方なく、ほろ酔いの身体を無理矢理ソファーから外して、お風呂場へ向かおうとした所で、ドアが開いた。
「え、泥棒…?」
「………急いで帰ってきた婚約者に言う言葉か?」
ドアから入ってきたホーンは不満そうに顔を顰めている。
「今日、帰って来ないって言ってたのに」
学会の場所から、駅までは遠い。
終電には間に合わないから、泊まりになると、そう言っていた。
靴を脱ぎながら、ホーンはため息をつく。
「確かに言ったな。…学会に居た同僚の一人が駅まで早馬を使ったんだ。それに便乗した。終電に間に合ったから、帰ってきた」
それから、私をじっと見つめた。
「レストランで一人でも食事すると言ってたから、そっちにも行った。…入れ違いだったがな」
困ったようにホーンは苦笑する。
その笑顔に、つい絆されてしまう。
レストランに行ってくれた、その事が現金だけど、嬉しい。
早馬を使って、終電に間に合ってくれたのだって、凄く嬉しい。
無理して、会いに来てくれた。
それだけで、こんなにも嬉しい。
「遅くなって悪かった。…食事は?美味しかった?」
リビングに歩いてきたホーンに思いっ切り抱きつく。
ホーンはよろける事なく、私を受け止めてくれた。
「…あんまり美味しくなかった」
「そうなのか?」
意外そうにホーンは首を傾げてくる。
「…周り、カップルばっかりでムカついた…」
「…悪かった」
バツが悪そうな様子に、溜飲が下がる。
ホーンが悪いわけじゃない。
それは百も承知だけど。
ギュッと抱きついた腕に力を込めると、ホーンも同じようにギュッと抱きしめ返してくれる。
自分でもチョロいと思うけど、それだけで、許す気になってしまう。
「…急いで乗ったから、そんなにいいやつじゃないんだがな…」
言いながら、身体を離して、ホーンは持っていた紙袋に手を突っ込む。
「お詫び兼、お土産兼、賄賂」
「兼ねすぎ」
思わずツッコんでしまう。
ホーンと一緒に笑って、手渡された物を見る。
ガラスのバラがついている、小さな箱だった。
「中に飴が入ってる」
出た。子供扱い。
もうお酒も飲める大人なんだけどな。
それでも、ガラスのバラは綺麗だし、ちょっとしたお土産は嬉しい。
「綺麗」
「その赤い薔薇を見てたら、君を思い出した。……会いたくなった」
するりと、ホーンは私の頬を撫でる。
調子がいいな、とは思うけど。
「私、まだお風呂入ってないの。……一緒に入る?」
頬を撫でる手に、頬を擦り付ける。
ホーンは嬉しそうに頷いた。
その顔を見て、やっぱり好きだな、と思った。
後日譚までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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