56
公聴会は王宮の一室で行われる。
今日の午後1時から。
着慣れない服の裾が、動く度にシャリシャリと音を立てる。
国王が出席する公聴会に、平服では流石に出席できない。母からもシフトからもそう言われて、シフトに用意された服に着替えた。
白いブラウスに、くるぶしまである丈の長い紺のスカート。
質はいい。それはわかるけど、動きにくい。
長い裾のスカートは公聴会を始める合図の開式の礼の時に、椅子に引っかかりそうだった。
「白魔女は世界の均衡を破壊する絶対に許されない存在である。よって、我々は白魔女の拘束、及び白魔女が作り出した魔力封じの腕輪、魔術無効化液なる悪しき魔道具を破壊及び使用禁止を求める!」
高らかに宣言する旧魔力局局長ベボガをしげしげと眺める。
禿げてる。
母が『ハゲ、ハゲ』と言っていたけど、本当に禿げていた。
話の内容より、頭のツルピカの方が気になってしまう。
「…ネジ、ネジ!」
小声で横のシフトが注意を促してくる。
ヤバい。ハゲに注目していて、話を聞いていなかった。
「呼ばれてる」
シフトは国王へと視線を向ける。
「…え、なに…?」
「…白魔女ネジ。そなたは世界の均衡を破壊する気があるのか?」
この間は母に怒られて威厳も何もなかったけれど、今は威厳たっぷりだ。
母は公式な場だから、静かにしている。
「どうなのだ?」
「………今の世界の均衡を破壊する、という意味ならそのつもりですが?」
今の世界の均衡、それはつまり、魔術師と一般人と差別して一部の魔術師が優位な立場に居座るということだ。
私は最初から、この世界を公平にしたいと思っている。
魔力封じの腕輪は、勿論私と、それから魔力のない一般人に危害を加えようとしてくる魔術師に対抗できる物を作るという目的だ。
でもそれによって魔術師の優位性が無くなるのはわかっていたし、それでも腕輪を作ったのは、そもそもその優位性が好きじゃなかったからだ。
魔術師は所詮人。
それを特別な存在だと言い張るその選民思想に、反吐が出る。
「そのような………え?」
てっきり反論されると思っていただろうベボガは、私が『世界の均衡を破壊する』と肯定した事で目を瞬いている。
同様に、国王もギョッとしていた。
「今の世界の均衡、それはつまり、魔術師と魔力のない一般人が互いに関わらず、お互いを差別してできている均衡と言える」
あ、敬語忘れた。
普段使わないから苦手なんだよな…。
でも、敬語云々で文句を言ってくる様子はないから、そのまま外すことにした。
「世界の均衡を保ちたい、というのは魔術師優位の立場を譲りたくない、という事と同義では?」
つい、とベボガを見るとベボガは図星を突かれたように、顔を赤くしている。
「そ…それは、魔術師というのは、特別な存在なのだ!だから魔力のない一般人より優遇されるのは当然のことだ!」
それ、言っちゃっていいのか…?
選民思想です、と言ってるのと一緒じゃないか。馬鹿なのか?
「魔術師は特別な存在じゃない」
ぶっちゃけ、私からしたら国王だって特別じゃない。
魔術師も貴族も、国王も、一般人も、白魔女も、等しく皆一緒だ。
「なっ…!そんな訳がなかろう!我々魔術師は、魔力という特別な力を使える選ばれた者なのだ!」
「魔力は確かに凄い。無から有を出せるのは、確かに特別に感じる筈だ」
「そうだ!だから…」
「でもだからって特別な人間じゃない」
寿命が人より長いわけでも、時間を巻き戻せる訳でもない。
「心臓を刺したら死ぬし、肌を傷つければ血が出る。その血が、赤色以外でもない」
それはただの人である証明に他ならない。
「お前が本当に特別なら、その血は赤じゃないのか?」
赤以外の血が通っているというのなら、人とは違う特別だと言われても納得できる。
ベボガを見ると、横で黙っていたシフトが口を開いた。
「…成る程。それはいい。…ベボガ殿、ちょっと切ってみようか?」
にっこりと、それはいい笑顔だ。
サイコパスだな、コイツ…。
ベボガは騎士団団長の圧を出すシフトに、『ひっ…』と悲鳴を上げる。
小物感が凄い…。
「そうは言っても、ここは公聴会ですからね。大した罪もなく、陛下の御前で剣を抜くことは許されない」
いけしゃあしゃあと。
凄いタヌキっぷりだな。
ベボガが国家転覆を狙っていると知っているのに。
「そ…そうだ!流石、騎士団団長は話がわかる」
いや、わかってない。
コイツ程、人の都合より自分の都合を優先するヤツいないぞ?
狂気のヤンデレストーカーだぞ?
シフトは楽しそうにコツコツと机の上の紙を叩いた。
そこに、ドアの隙間から別の騎士団員が入ってくる。
そうそうたる面々に恐る恐る小走りにシフトの側にやってくると、何か耳打ちして、資料を置いていった。
シフトが話していたから、全員の視線を浴びて、なんだか可哀想だった。
「…失礼しました。部下から火急の報告がありまして」
機嫌良く笑っている様子を見るに、多分、ベボガを追い詰める証拠が揃ったのだとわかる。
それは多分、ホワイト商会に白魔女反対過激派が押し入った、という事だろう。そして、きっと問題なく、ガイ達が処理したのだとわかる。
「単刀直入にお聞きしたいのですが、ベボガ殿は国家転覆を狙っておいでですか?」
ガイもびっくりの、どストレートだな。
もうちょっと遠回しに言えばいいとも思うけど、それはそれでまだるっこしい所もある。
「はっ…!?な、何を…」
「我々騎士団は、国家に仇なす者を事前に調査追跡し、その証拠を揃える事も仕事の内だ。その中に、白魔女反対と称する過激派が、魔力封じの腕輪と魔術無効化液を横領し、それを使って国家転覆を目論んでいる、という情報がある」
「そ…そんな訳があるか!私達は、ただ魔術師の素晴らしさを伝え、魔力のない一般人より優れているから、彼らを導くべきだと言っているのだ!」
「つまり、自分達が陛下に成り代わり、下々を指揮すると?」
「そんな事言ってないだろう!」
陛下に成り代わるとまでは言ってない。
でも人々より優れている、とは選民思想そのものだし、一般人を導くというのは、国の指導者、またはそれに近しい存在になると言っているようなものだ。
「大体、証拠があるのか!証拠もなくそのような事を言って、そちらこそ、許されないぞ!」
コイツ、馬鹿なのかな…。
証拠がないと、どうして決めつけてるんだ。
ここで証拠もなく言うわけなくね?
呆れてベボガを見ると、ベボガは私を指差してきた。
「大体魔力封じの腕輪など、神への冒涜だ!魔術無効化液なる悪魔の物質まで作り上げて、この世界を破壊するつもりか!」
コイツ、神様信じてるのか…?
「信心深いことだな。…自分が神になりたいんだろ?」
魔術師が神であるなら、それは余りにも傲岸不遜だ。ベボガを見ると、顔を真っ赤にしていた。
「なっ…!この、魔力喰らいの卑しい白魔女の分際で!」
怒りにかられたベボガが短い詠唱をして、手から炎を出す。
マジかコイツ。
シフトだって国王の前だから剣を抜かないのに、魔力で炎なんて出していいと思ってんのか?
短絡的過ぎないか?コイツがトップでいいのか…?
っていうか、私は白魔女だから、別に魔力が根本にある炎は吸収される。
魔力を燃料に物質として炎が出る。
だから、魔力をゼロにする私に魔術で出した炎は効かない。
でも同時に、炎は炎だ。
だから、白魔女云々ではなく、普通に水をかければ消える。
丁度いいから、実践がてらベボガの手に向けて、側のコップの中身をぶちまけた。
「………は…?な……何をする!?」
ギョッとしたのは、ベボガだけではない。
ベボガの側に控えている白魔女反対派の魔術師も驚いて息を呑む音が聞こえた。
「…科学は魔術に勝てるという証明をしようと思って」
「は?」
何を言われているかわからないといった様子のベボガを見て、シフトが『くっ…』と小さく笑う。
シフトはきっと、私の家で牛乳をかけられた日を思い出している筈だ。
あの時と今は全く一緒。
魔力を燃料にして出てきた炎はただの炎。
だから、水で消える。
あの時は牛乳だった。今回は水だから、まだベボガの方がマシだろう。
「魔術師は自分の魔力を使って炎や水、雷なんかを出せる。でも出てきた物質は特別なものじゃない。炎なら水で消えるし、水は止めることができる。雷は避雷針があればいい。…わかるだろ?魔力封じの腕輪も魔術無効化液も、本当は無くたっていいんだ」
自分で作っておいて言うのもなんだけど。
ただ、その都度消火したり、水を止めたり避雷針を用意するのは面倒だから。
根本を解決する為に作っただけだ。
「お前らの身体は人の身体だし、魔力は科学で解決できる」
血は赤く、人が人から産まれる。
魔力は全員にはないけど、それがあるから特別な人間というわけじゃない。
「魔力の有無で人の優劣は決まらない。魔力も血統も、身分も、本当は要らなくないか?」
大事なのは、何をして、何をしなかったか。
それだけだ。
「う……うるさいうるさい!いいか!魔力こそが至高なんだ!それを…!愚かな民に魔力封じの腕輪や魔術無効化液を渡してみろ!血で血を洗う戦争の始まりだぞ!」
口角に泡を溜めて怒鳴るベボガを鎮めるように、母が手を叩いた。
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