54
魔術管理部門の異空間にある机に、国王と魔術管理部門部長の母、騎士団団長のシフトが座る。
国の重鎮が集まる席に、役人でもない、一般人である私と、ユリ、それからガイも座った。
一同を見てから、国王が口を開く。
「今日、先生とデリカ、いないの…?」
不安そうな顔と声には、威厳はない。
母という蛇に睨まれた蛙状態に見える。
「デリカならいる。なに?会いたいの?同級生と久々の再会でもしたいってわけ?」
冷ややかな視線に危険を察知した子供のようにブンブンと首を横に振る。
「イイエ。滅相もございません」
「必要なら呼ぶから黙ってな」
完全にヤンキーとパシリ。
母と国王を見比べて、シフトは無言を決め込んでいる。
余計な事は言わないに限る。
それは母と同じ家で暮らした私とシフトの共通認識でもあるけれど、ガイは違う。
「オバサン、国王まで牛耳ってんの?ヤバくね?」
『ひっ…』と横でユリが悲鳴を上げる。
わかる。
このデリカシーの無さこそがガイだけど、ここでそれを言えるお前も大概ヤバい。
「ギルバートは私の舎弟」
「え、ヤバ…」
ガイの言葉に思わず頷いてしまう。
普通にヤバい。完全に不敬罪。
「事実よ?…そうよね?ギルバート?」
「あっ、ハイ」
にっこりと笑う母に、国王がこくこくと頷く。なんでそうなったんだ…。
「ギルバートが国王になれたのは私のおかげだから。ついでに現妃のシャーサと結婚できたのも私のおかげ。つまり、私がいなきゃ、あんたはただの人よ!」
暴論過ぎる。
王家に生まれてるんだから、『ただの人』は言い過ぎ。
「こんな舎弟の話はどうでもいい。…そんな事の為に呼んだんじゃないの。…シフト、この間持ってきた事前資料貸して」
手を出す母にシフトは机に無造作に置いていた分厚いファイルを手渡す。
それを手にして、母はジロリと国王を睨む。
「これ!」
ばん、とあるページを国王に向かって叩きつける。
「ベボガじゃないの!あの時あんたがちゃんと牢屋に入れないから!中途半端な温情なんか、かけるから悪いのよ!」
「え、えぇー……」
「えー、じゃない!白魔女反対過激派のトップなんてやってんじゃないの!どうすんのよ!馬鹿!」
胸ぐらを掴みかねない勢いに押されて、国王が仰け反る。
それに舌打ちして、母は私を一瞥してから国王に視線を戻す。
「私の大事な娘に何かあったら、殺す」
相変わらず、殺意がヤバい。
絶対冗談でも何でもない。
「…話が見えないんだけど?ベボガって誰?」
ガイ、よくこの状況で普通に喋れるな。
ユリはいつかのように、机に突っ伏して頭を抱えてしまっている。
「ベボガは、魔術管理部門の前身、魔力局局長だった男よ」
「魔力局局長…?」
聞き慣れない言葉に首を傾げてしまう。
「もう20年以上前だからね。魔力局を瓦解して、できたのがこの魔術管理部門よ。このベボガはね、局長だった当時から魔力至上主義、選民思想の激しい男だったの」
当時を思い出したのか、母はそれはもう嫌そうに顔を顰める。
「そのくせ、カビの生えた魔術しか使えない役立たずだった。私が最初に魔力局に入った時はねぇ、そりゃあもう偉そうで馬鹿でハゲで…!私より全然弱いクセに、あの男…!『殿下に夜伽で仕事を得た女』って吹聴して回ったのよ!ほんっとあり得ない!よりによってギルバート!マジでない!」
「え、私怨じゃん…」
思わずツッコんでしまう。
母は頷いた。
「私怨もある。でも、コイツが当時の有力貴族と組んで使えない貴族のバカ息子ばっかり局に入れたから悪いのよ!どいつもこいつも使えなくて……!」
それから母はもう一度ばん、とファイルを叩く。
「見てみなさいよ!このトップ層!あの時のバカ息子ばっかりいるじゃないの!せっかく私が魔力局を瓦解させてこのバカ共も追い落としたのに…!あんたが多少無理を押し通してでも牢屋に入れといたら、次世代に迷惑がかかることもなかったのよ!このヘボ!」
「ええぇ……でも、証拠が…ちょっと弱かっただろ…?」
「はぁん?私とホーンが揃えた証拠にケチ付ける気?私達があんっなに協力してやったのに?自分の能力の無さを私達のせいにしないでくれる?」
「うっ……確かに、先生とオリビアには色々助けてもらったけど…!でも証拠もないのに牢獄には…」
「甘い!そんな甘っちょろい事ばっか言ってるからダメなのよ!このボケ!」
「あう……すいません…」
しゅんと項垂れる国王と、烈火の如く怒っている魔術管理部門部長。
『国一番の魔女である彼女に逆らう事は、王でさえ躊躇する程の地位と確かな実力』
そう噂されている実情が、これか。
威厳も何もない国王に、驚きよりも呆れが勝る。
普段は騎士団団長として、国王を敬っていただろうシフトでさえ、ドン引いている。
「っていうか、その資料なに?俺も見ていいやつ?」
ガイがシフトに視線を送る。
シフトは一度頭を振って思考を切り替えるようにしてから、じっとガイを見て頷いた。
「本当は見せるべきじゃないけどね。…今回はガイにも協力してもらうし、見ておいた方がいい」
母が国王から資料を奪い取る。
「これが白魔女反対過激派トップの面々よ。さっきも言った通り、元魔力局局長と、その取り巻き」
それから、次の資料を指差す。
「公聴会は2週間後。呼ぶのはこのトップ層。残りは多分、ガイのホワイト商会に行く筈だから、そっちはそっちで上手いことやって」
「丸投げじゃん?…好きにやっていいんだ?」
ニヤリとそれは嬉しそうな笑顔でガイは母を見る。ユリはそれを心底嫌そうに眺めていたけれど、何も言わなかった。
「任せる。あんたのことだから、上手くやると思ってるわ。そこの馬鹿と違ってね」
母は、そこの馬鹿、と顎で国王を指す。
「…で。この馬鹿を連れて来たのは公聴会について詰めたいからよ」
さっきから馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないか?
いいのか、それで。
「シフトの持ってきた資料によると、コイツらはねぇ、国家転覆を狙ってるそうよ?」
「話、デッカ…」
げぇ…、とガイは盛大に顔を顰める。
わかる。デカい。止めてほしい。
「っていうか…なんでそんなのわかったんだ?」
ガイが公聴会を開くと言ってから少ししか経っていない。そこから集めたにしては資料が厚すぎる。
「…ネジ。白魔女狩りが始まったって言ってあったじゃん。白魔女狩りについて調べてたら行き着いた」
「ふぅん…?」
「ねぇ、わかってる?コイツらは、選民思想の魔術至上主義なんだよ?白魔女なんて、自分達の立場を脅かす存在、消したいに決まってる」
心底嫌そうにシフトは顔を顰めている。それは、国家転覆なんかより、私への害悪に怒っているようにしか見えない。
愛が重い…。
「しかもネジが魔力封じの腕輪と魔術無効化液なんか作るから…」
魔術無効化液は私が作ったわけじゃない。マヤだし。
「公聴会では多分、白魔女の危険性が…、とか何とか言ってくるよ?」
「自分達の優位が無くなるだけだろ?」
「そうだよ。魔術を使える自分達こそが至高。それを脅かす存在は白魔女でも魔力封じの腕輪でも粛清対象なんだ。だから公聴会に来るんだよ」
「自分達が優位だって見せつけに?」
「そう。その方法で一番手っ取り早いのは?」
「武力抗争だな?」
そんな短絡的なのか?
馬鹿じゃね?
「でも、お前と母さんがいるんだろ?」
騎士団団長と、魔術管理部門部長が居て、本当に勝てると思うものだろうか。
褒め言葉でもあると思うのだけど、シフトは、はー…と深いため息をつく。
「ネジ、あんまり人の裏とか興味ないもんね……なんでこのトップ以外がガイの所に行くと思ってんの?」
「魔力封じの腕輪を壊すとかじゃないのか?」
普通に考えたらそうだと思う。
でもガイは理由にすぐ思い当たったのか、面白そうに笑っていた。
「魔力封じの腕輪の危険性を説いてる一方で、ってこと?」
「そう」
シフトはガイの言葉に嫌そうに頷く。
イマイチ、ピンとこなくて首を傾げると、シフトは私の持っていた魔力封じの腕輪を指差す。
「その魔力封じの腕輪を使って、自分達に反対する魔術師を拘束すればいい」
「ええ!?自分で使うのか!?」
白魔女反対、魔力封じの腕輪反対!と言っているのに?
「思想も何もあったもんじゃないな…!?」
魔術師至上主義じゃないのか!?
そう思うけれど、確かにそれなら、武力抗争しても勝てると思うだろう。
魔力が使えない魔術管理部門部長なんてただの女。騎士団団長も恐れるに足らず。と勘違いしても無理はない。
多分、母とシフトは魔力がなくても負けない気がする。
片や元ヤン、片や騎士団団長だ。
多分、フィジカル面でもそこそこやれる。
「でもそうして自分達だけが力を持てば、国を自分達主体に作り変えることができる」
「ええぇ…暴論過ぎじゃないか?」
そんな上手くいくわけないと、どうして思わないんだ。
「そう暴論でもないよ。そこにネジというジョーカーがいれば。ね?」
「………ああ、成る程」
私という世界に一人の白魔女を手に出来れば、国を作ることも不可能ではなくなる。
交渉の材料にもなるし、魔術で攻撃もされないし、何より自分達の絶対優位が保たれる。
白魔女反対とは、よくも言えたものだ。
「騎士団で調べたところだと、ガイの罠にはほぼ引っかかるね。トップ以外はホワイト商会で腕輪を強奪するつもりらしいよ?…ガイ、ヘマしないでね?」
レジスタンスの活動を支援する形になって、シフトの立場からしたら不満だろう。
にっこりと笑ってはいるけれど、殺意がある。
「ハハハ。そっちこそ、どさくさ紛れに逮捕しないでね?」
「何言ってんの?逮捕する理由があればするけど?」
「お前、協力してほしいの?ほしくないの?」
ハハハ、とお互い笑い合っているけれど、そこには腹の探り合いしかない。
「協力って…ガイだって自分のメリットがあるからこんな事してるんでしょ?本っ当、恩着せがましい」
「可愛くねぇなー?」
鼻で笑うシフトとピリピリしだしたガイを眺めて、母はため息をつく。
「あんた達、煩い。今あんた達の縄張り争いはどうでもいい。本来、この公聴会にはガイも参加するのが道理だけど、それはこの際省く。いいわね?」
母はガイを見る。
販売元はホワイト商会なのだから、社長であるガイはいるべきだろうけど、公聴会に来るより現場にいてもらった方がいいだろう。
ガイも頷いた。
「まぁ出たいとこもあるけど。…ヘマして騎士団に荒らされても嫌だしね?」
チラリとシフトを見て、ガイはこれ見よがしにため息をつく。
シフトは嫌そうにガイを睨んだものの、また言い合いを始めて怒られるのを察知したのか、黙ったままだった。
「公聴会にはこの馬鹿もいる」
母はジロリと国王を睨んだ。
「あんた、次こそ牢屋に入れなさいよ?次世代がこんだけお膳立てしてやって、ヘマしたら……わかってんでしょうね?」
「アッ、ハイ」
完全に舎弟じゃん…。
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