↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/59

52


 母は突然立ち上がった。

 ゆらりと、椅子から腰を浮かせて、何かを思いついたようにガイを見る。


 「…そうよ。もう貴方を始末してしまえばいいのだわ…」


 ガジガジと爪を噛む姿は、あまり見たことがない。

 思い詰めた母の、狂気の視線と、極端な言葉に、父だけがギョッとしている。


 「お前、落ち着きなさい。座って、コーヒーでも飲んで」


 父は急いで立ち上がって母を無理矢理座らせる。

 コーヒーを手渡されて母は一瞬戸惑うものの、大人しくそれを飲んだ。


 「お父さんも飲んだら?」


 「え、あ、ああ…」


 促すと、父もコーヒーを飲む。

 それを見つめて、あたしも飲んだ。

 コーヒーはもうぬるかった。


 ガイはそれを眺めてから口を開く。


 「俺は殺さない方がいいですよ?」


 「…は?」


 「俺、レジスタンスなんですよね。だから、俺が死んだらレジスタンスが動くし、そちらが思っているよりレジスタンスは弱くない」


 レジスタンスの言葉に父はジロリとあたしを睨んできた。

 魔術師のくせに、レジスタンスと恋人だなんて。言葉にしなくてもヒシヒシと伝わってくる。


 「レジスタンスはどこにでもいる。目立った抗争なんかしなくても、政治、経済、社会…人海戦術で、潰すことなんか簡単にできる」


 やってそう。

 余りにも物騒だけど、ガイはそれができる。


 「…まぁ、そもそも俺、殺される気もないんですけどね?いつもそうなんですけど、魔術師って、詠唱しないなら普通の人間と一緒ってなんでわかんないんですか?」


 それはもういい笑顔。

 ガイの言う事はその通りだし、実際ロウはガイに詠唱させてもらえなかった。

 あたしも昨日、口を押さえられて実践された。普通に怖かった。


 「詠唱する前に殴ったら終わりじゃん!」


 満面の笑みで言う台詞じゃない。

 両親はガイの笑顔にドン引いている。

 ドス黒いオーラと威圧感は、その台詞を机上の空論にはさせていない。

 

 詠唱前にヤられる。

 そう思わせる強者の圧がある。


 「…き、騎士団に訴え出る!」


 えぇ…。騎士団は、団長シフトなのに…。

 白魔女であるネジを溺愛しているシフトが頂点にいる騎士団に、白魔女反対過激派が訴え出る事に意味があるんだろうか…。

 っていうか、そもそも。


 「えー?なんて言って訴えるんですか?」


 面白がってる。

 顔がニヤついてる。

 あたしの彼氏だけど、腹立つ顔だなぁ…。


 「それは…娘の誘拐と監禁だ!」


 「ふぅん……失踪届出してます?」

 

 「それは…」


 出してないんだろう。

 出てたらとっくに騎士団があたしの所に来てる筈だ。

 

 「失踪届も出してないのに、誘拐はムリでしょ?大体、ユリ本人の意思でここにいるんだし、婚姻届も本人が署名してて?誘拐監禁は立証できないと思いますけど?」


 「う…」


 「ユリがそちらに送った手紙はコピーも取ってある。婚約破棄の慰謝料と違約金を恋人である俺が支払うつもりだとも、明記してある。…あんた達はその手紙を受け取ってここに来たんだろ?」


 敬語剥がれてる。

 多分、進まない話にイライラしてきている気がする。あたしもだけど。


 「一億はふっかけ過ぎだけど、俺は早くあんた達に帰って欲しいし、さっさと書類に拇印も押してもらいたいんだよな」


 「だから、一億ベルンなんて、払えないだろう!?」


 「払えるよ。小切手も用意してあるじゃん」


 小切手を指差すガイを両親は目を見開いて凝視する。

 ガイはまだ若いし、普通に考えたら払えるようには見えないだろう。


 「…ガイ、ホワイト商会の社長なんだって。だから問題なく支払えると思う」


 「え!?」


 父が驚きの声を上げて、母と顔を見合わせる。

 

 「ロウの家、ガイの会社の流通網で薬草とか卸してるみたい」


 ロウの実家は大手のようだけど、多分会社の規模としてはホワイト商会の方が大きい。

 どこの世界でも、弱肉強食で、規模が大きい方が幅を利かせていく。

 だから、ロウの会社とガイの会社だったら、ガイの会社の方が強気に出れるらしい。 


 「そんな…与太話じゃ…」

 

 「ハハハ。人を詐欺師みたいに。名刺どうぞ?」


 ちゃんと会社の名前も入ってる。

 父はそれを呆然と眺めていた。


 母もそれを見つめて、それから、意を決したように口を開く。

 さっきまでの不安定な様子はなく、どうしたらいいのかわからないなりにも、なんとか自分を押さえているように見えた。


 「ユリちゃん、ねぇ……本当にユリちゃんは納得してるの?」


 そこには確かに、あたしを気遣う様子が見える。

 それは母の愛情のようでもあり、叔母としての愛情のようでもある。


 母じゃなく、叔母としてだったら。

 あたしはこの人とも、良い関係を築けたのかもしれない。


 「無理に結婚を強いられた、とかじゃないの…?」


 「いや、それはお母さん達の方なんだけど…?」


 ガイとの結婚はあたしの意思。

 ロウとの婚約は無理矢理強いられた関係。

 

 「あたし、ロウと結婚したくない。アイツ、嫌いなの」


 多分、両親には初めて言った。

 今までは、両親に認めて欲しくて、ずっと良い子でいたから、言えなかった。


 でもそれは、あたしの弱さでもあったと思う。

 嫌われるのが怖くて、自分の気持ちも言えなかった。

 きっと、両親だけじゃない。

 あたしも、もう少し強ければ。

 きっと解決方法は他にもあったんだと思う。


 「あたし、ガイがいいの。だから、自分で婚姻届も書いた。……書類に拇印、押してくれる?」


 机の上にあった書類を、父の方に向ける。

 父はどこかバツが悪そうに、それを受け取った。

 母は、傷付いたようにあたしから顔を背けた。


 「……今後は、娘とは思わない」


 「構わない。……そんなに、仲の良い家族じゃなかったしね」


 思い出して、苦笑してしまう。

 あんなに息苦しい家族に固執していて、今思えば、馬鹿みたいだった。

 でもそれは、ガイが居てくれたから、そう思える。

 両親から買った嫁だなんて、言葉にすると散々だけど、あたし達は互いに想い合っている。

 それがわかっているから、あたしはガイに、未来も、青春も、この身も、全部あげる事ができる。


 サラサラと父が書類を書くのを眺めて、ガイも小切手に1と0を記入していく。魔術無効化液の出番がなくて、ガイは残念だったかもしれないけれど、あたしはほっとした。

 小切手に書かれる0が多くて、壮観だな、と現実味のない数字に思った。





 互いに、書類を確認して、ガイが一度頷く。


 「…じゃ、これで。はい、小切手」


 ニコニコとそれはもう嬉しそうに小切手を手渡す。


 「じゃ、もう2度と会うこともないですけど、お元気で!さよーならー!」


 ブンブンと手を振っている姿は、煽っているとしか思えない。

 父は嫌そうに顔を顰めてから、玄関に向かって行った。


 その背を追いかける。

 あたしには、もう一つ、やるべき事がある。


 玄関で靴を履く両親を見つめて、封筒を差し出した。


 「これ…。お父さん達の助けになると思う」


 封筒の中には、以前にガイが提案した書類が入っている。

 『魔力封じの腕輪をホワイト商会が独占販売し、それを魔術管理部門に卸す』書類だ。

 魔術管理部門部長のサインが記載されていて、付箋には『公聴会の日に、ホワイト商会第2倉庫から魔力封じの腕輪と魔術無効化液を搬出する』とガイの字で書いてある。


 「………ごめんね?」


 罠に嵌める事になる。

 それは心苦しかったけれど。

 でもあたしはガイと生きていく。

 両親に憎まれても、ガイの役に立つのなら、そっちを選ぶ。


 両親は不思議そうに首を傾げていた。


 「後で見て。…できたら、来ないで」


 あたしの言葉は、両親からすれば、『恋人を裏切りたくないから来ないで欲しい』に聞こえるだろう。

 でも実際は『捕まえたくないから、来ないで欲しい』だ。

 多分、両親は、罠だとは思わないだろう。

 

 罪悪感はあるけれど、引き返せない。

 

 「アナに、宜しくね」


 妹のアナは、まだ11歳だ。

 アナのためにも、もう会うことがないといい。

 そう思いながら、あたしはドアを閉めた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。