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 結論から言って、一線は越えてない。


 あの夜は、あたしも覚悟を決めたつもりだったし、服を脱いでベッドに2人で入った。

 でも最後までいかなかった。


 ぶっちゃけ、痛かった。

 それはもう、悲鳴をあげるレベルで。


 結果、その日はそれ以上しなかった。

 不甲斐ない自分に、涙が出たけど、ガイは『初めてなんてそんなもの』と笑ってくれた。





 そして、その日から1週間が経った。

 今日は、あたしの両親がガイの家に来る。


 あたしはガイの家でソワソワしてしまうのに、ガイはいつもと変わらない様子だった。

 

 玄関をノックする音がして、ガイと顔を見合わせる。

 時間的にも、あたしの両親が来たとしか思えない。


 ガイはソファーから立ち上がって玄関に行く。その後ろをついて、ガイの背面から玄関が開くのを見た。



 久々に見る父と母は、玄関を開けたガイを軽蔑した顔で見ていた。



 「こんにちは。ご足労ありがとうございます」


 にっこりとガイは笑う。

 人好きのする笑顔を浮かべてはいるけど、ほんの少し声に棘がある。

 そういうのがわかるくらい、あたしはガイを知っている。


 「…娘は?」


 父は挨拶もない。

 キョロキョロと周囲を見回して、ガイの後ろの方に立っているあたしを見て本当に嫌そうな顔をした。


 「嫁入り前の娘がはしたない。早く帰るぞ」


 前ならショックを受けただろうけど。

 父が母とどうやって結婚したのか聞いた今、どの口が、と思ってしまう。


 「ユリちゃん。本当に、こんな事して…」


 母はそれはもう困ったように片手で顔を覆ってしまう。

 深い悲しみを感じさせるその姿を見ても、以前のように強い罪悪感は感じなかった。


 この人達は、結局、『親の言う事を聞く真面目な娘』が好きだったんだな、としみじみ痛感した。

 『大事には育てた。でも心からは愛せなかった』

 ネジのお母さんの言葉が蘇る。

 その通りだった。


 「あ、玄関で話し合いします?別にそれでもいいですけど」


 「は!?」


 ガイだな。このデリカシーのなさ、まじでガイ。

 普通上がるように言うだろうに。

 なんでイチイチ煽るんだろう…。


 「え?話し始めたから玄関から動きたくないのかなって。部屋の中、入りたいですか?」


 「…っ!」


 えぇ……。

 いや、普通、中入るもんじゃない…?

 呆れてガイを見てしまう。


 「ガイ。あたし立って話すの嫌なんだけど」


 ちょいちょいと背中の服を引っ張る。

 ガイはあたしを振り向いて、ポンと頭を撫でる。

 それだけで、大丈夫だと思えた。


 「…俺の未来の奥さんが、こういうからどうぞ?」


 なんでイチイチ煽るの…。

 

 「あ、人の家に入る時って、なんていうか知ってます?お邪魔しますって言うんですよ?」


 「は…!?」


 「いや、『は?』じゃなくて。お邪魔します、でしょ?…え?まさか、いい歳の大人が言えないわけないですよね?ね?」


 え、恋人の父親だって認識してる?

 いや、気付いてたけど。気付いてたけど!ガイ、めっちゃ嫌な奴だな…。


 「……………お邪魔させてもらう」


 「めっちゃ嫌ですけど、どうぞ?」


 おーまーえー!!!

 思わずガイを睨んでしまったのは仕方ないと思う。





 両親とガイがダイニングテーブルで向かい合う。

 それをキッチンからチラチラ見ながら、4つ分のコーヒーを入れた。


 コーヒーには、魔術無効化液もいれた。

 『飲むかわかんないけど、実証実験になるかもしれないじゃん』と、ガイはそれはもうノリノリだった。

 

 でも絶対、魔術無効化液なんか入れなくても、ガイは負けない気がする。色んな意味で。


 コーヒーを入れてダイニングテーブルに戻ると、机の上にはいくつかの書類が置いてあった。

 あたしとロウの婚約破棄を承認する書類、ロウへの慰謝料と違約金をガイが肩代わりする書類、今後のあたしへの接近を禁止する書類、小切手、それから婚姻届、その他諸々。


 ガイはコーヒーを持ってきたあたしを見て、広げてある書類を一纏めにしてカップを置く場所を作ってくれた。

 それぞれにコーヒーを置く。

 魔術無効化液は全部のコーヒーに入れてある。

 マヤが言うには人体への影響はないらしいから、別に飲んでも問題ないだろう。

 ガイにも、あたしの分まで入れた事を事後報告したら怒られそうだから、先に言ってあるし。


 「ユリも戻ってきたし、サクッとやって解散しましょう!…で、ロウの家から請求された金額っていくらですか?」


 顔だけは笑顔。

 外側だけ見れば爽やかなイケメン。

 なのに口から出るのは、オブラートに包む気ゼロの剛速球ストレートだ。


 「……僕達夫婦は、君を娘の婿とは認めない。娘は連れて帰る」


 父はジロリとガイを睨む。


 「娘を誑かしておいて…!結婚は認めない!ユリはロウ君と結婚させる!」


 だん、と父は机を叩く。

 それに付随するように母はあたしを見てきた。


 「ユリちゃん。この人に騙されてるのよ。私達の所に戻ってらっしゃい。そうすれば、ロウ君ともやり直せるし、幸せになれるわ」


 絶対ムリ。

 ロウの事好きじゃないし。

 ロウよりガイの方が1万倍くらい頼りになるし、カッコいいし、何よりあたしを大事にしてくれる。


 そう自然に思える事が本当に嬉しい。

 両親からの薄っぺらい愛情に縋らなくても、ガイがあたしを大事にしてくれる。

 それは心強くて、励みになる。


 「あたし、ロウと結婚しない。ロウと結婚しても幸せじゃないんだけど?」


 婚約破棄したいって言ってるのに。

 両親の言う事に、あたしへの心配りは全くない。びっくりするくらい、ないな。


 「あたしをロウと結婚させたいのは、慰謝料も違約金も払いたくないからでしょ?手紙には、婚約破棄するなら自分で払ってって書いてたよね?」


 「払えないだろ!?」


 怒鳴るように大声を出す父を、怖いとは思わなかった。

 あまり怒鳴る父ではなかったから、びっくりはしたけれど。


 それは、ネジのお母さんが言う通りの、弱い男の人にしか見えなかった。

 のらりくらりと逃げて、波風を立てないように立ち回る。見方を変えれば、確かに温厚で、柔軟ではあるのかもしれない。


 「ハハハ。心配しなくても俺が払うのでお構いなく。で、いくら?」


 トントンとガイは小切手を指で叩く。

 

 「はっ、一億ベルンだぞ!?」


 父の言葉にギョッとしてしまう。

 ガイから聞いていた相場とは大分違う。

 ガイはわかりやすく嫌そうな顔をしていた。


 「一億て……ふっかけすぎじゃね?」


 誰にともなく、呆れた調子でため息をつく。


 「…相場知ってます?婚約破棄の慰謝料って高くても500万ベルンくらいだし、違約金も高くて800万ベルンくらいなのに。…ちゃんと調べました?」


 完全に馬鹿にしてる。

 

 「唯々諾々と流されてるから、そんな金額でふっかけられたんじゃないですか?」


 はー…とそれはもう呆れ返った調子でため息をつく。


 「こっちにも事情があるんだ!」


 「ロウの家から薬草と医療器具、買ってるんですもんね?そりゃあ、ふっかけられても突っぱねるより従った方が波風も立たないし、病院も困らないですよねぇ?」


 ガイが調べた所によると、ロウの実家は割と大手らしい。

 父は代々続く医者の家の息子だったけど、今の母親と結婚するに当たって、勘当同然であたしが暮らしたあの街へと引っ越したらしい。

 これも、ガイ調べだ。

 よくもそんな昔の事がわかったものだと感心したら、ホワイト商会のコネもレジスタンスのコネも、使えるものは全部使って調べ上げたと教えてくれた。

 父に金額を尋ねてはいるけれど、ガイは多分調べようと思ったら、請求金額も調べられた筈だ。事前に正確に知る必要がなかったから調べてないだけだと思う。


 「ユリと俺、ネジの…あー、オリビアさん?って言った方がわかりやすいのか?まぁ、どっちでもいいけど、あのオバサンからユリの出生について聞いてるんです」


 にっこりとガイは笑う。

 父と母はギョッとして、あたしを見てきた。

 それは秘密がバレた子供そのものの顔だった。

 やってしまったという罪悪感と、隠しておきたかったという狡さ、どうしたらいいのかという不安。

 ぐちゃぐちゃのその感情を、母は、ネジのお母さんに向けた。


 「……どうして…。どうしてオリビアはいつも邪魔をするの!?」


 発狂するように両手で頭を抱えて、机に顔を伏せる。

 カタカタと震える姿は、どこか惨めにも見える。


 「だから急に反抗しだしたのね!?…私が本当の母親じゃないと知ったから!でも、私はあなたを大事にしてきたでしょう!?」


 大事にはされていた。

 でも母からの視線は、いつもどこか責めるようでもあった。

 あたしさえいなければ。

 面と向かって言われた事はないけれど、心の中でそう思っているのが、いつも透けて見えた。

 

 「お父さんとお母さんは、あたしを大事にはしてくれたと思う。…でも、それは、本当のお母さんへの罪悪感からでしょ?」


 仕方ないことだとも思う。

 誰が悪い事もないけれど、どうしても歪んでしまう。

 

 「…私が悪いって言いたいの…?」


 ぽつりと、母は小さな声で呟く。

 その声には、絶望が滲んでいる。


 「オリビアも、お父様もお母様も、どうして皆私を責めるのよ!?悪い事はしてない!ユリだって、虐待もしてなければ、酷い扱いもしてないじゃない!それを…まるで人の事を酷い女みたいに……どうして誰も認めてくれないの!?」


 子供のようだと思う。

 人の家に来て、大声で喚いて、駄々をこねる。

 

 きっとこの人は大人にはなりきれなかった。

 いつも認めて貰えなくて、満たされない承認欲求を、常に抱えている。


 それは、あたしと同じだった。

 家族と一緒にいるのに、常に孤立を感じた。

 認めて仲間に入れてほしくて、必死に頑張れば頑張る程に、距離ができる。

 沼にはまっていくように、息苦しくて、もがけばもがく程に、絶望に囚われていく。


 あたしにとって、家は安心できる場所じゃなかった。

 そしてそれは、両親にとっても同じだったのだ。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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