50
ガイの家には、結局3日連続で来てしまった。
こんなの、彼氏の家に入り浸る家出少女そのものだ。
多分、世間的には良くないんだろうけど。
でも今は、そんなのどうでもいいから、ガイと一緒にいたかった。
パタン、と玄関のドアが閉まる。
靴を脱ぐより先に、ガイが引き寄せて抱きしめてくれる。
すっぽりと腕の中に入り込んで、嗅ぎ慣れた匂いと、大きな身体に、ホッとする。
甘えるように頬を擦り付けると、ガイはもう少し強く抱きしめ返してくれた。
「…部屋、上がるか。なんか飲む?」
ナデナデと頭を撫でつつ、ガイが聞いてくる。
ガイは靴を脱いで、動き出そうとする。その離れていく身体が淋しくて、ガイへと手を伸ばす。
「………いらない」
ギュッとガイの身体にしがみつくと、ガイはトントンと背中を撫でてくれた。
「ソファー行こ」
ひょいとガイはあたしをお姫様抱っこする。
家だし誰も見てないけど、恥ずかしい。
「自分で歩ける…」
「知ってる。俺がしたいだけ」
こういう事が言える辺り、やっぱり散々遊んできたんだろうなと思う。
ちょっと不満だけど、恥ずかしくて顔を見られたくないから俯いて口を噤んだ。
玄関からソファーまでの短い距離をお姫様抱っこで移動して、ガイはソファーに腰を下ろした。
でもあたしはガイの膝の上から下ろしてもらえなかった。
「あたしもソファーがいい」
「あ、そう?」
ガイは足を広げて、その間にあたしを座らせる。
違う。そういう意味じゃない。
「隣に座りたい」
バックハグするような位置じゃなくて。
寄り添って座れる位置がいいのに。
「注文多くね?要望通りソファーに座ってるんだから、これでいいだろ?」
「えぇ…」
不満げにガイを見ると、あっという間に互いの唇が触れ合う。
「ん…んんっ…」
この間は軽く触れるキスだけだったのに。
一番最初にこの家に来た時のように、舌と舌が絡む深いキス。
気持ちを確認し合ったあの日以来、こんな風にキスしたりしなかった。
初めてじゃないのに、全然慣れない。
乱暴じゃないのに、翻弄される。
口の中を自分じゃない舌が好きに動くのに、それは嫌じゃない。
どうしたらいいかわからないなりに、自分からもガイの舌に触る。
ガイはそれに答えるように舌を絡めて、押したり引いたり、まるで遊んでいるようにじゃれてくる。
「んん…」
自分の口から出てくる水音と、甲高い声が耳に届いて、羞恥心で頭がおかしくなりそうだ。
ちゅ、ちゅ、とリップ音を響かせてガイは口から頬、瞼、耳へと唇を移動させていく。
「やっ…」
耳を舐める舌が擽ったくて身を捩る。
「……ユリ、ベッド連れてっていい?」
「えっ…!?」
ついついギョッとしてしまう。
ここで、しおらしく頷けば良かったんだろうけど、びっくりし過ぎてムリだった。
「…いや?」
ここで首を傾げてくるの、ズルくない!?
あざとい!
絶対わざとやってる!
そう思うのに、口からは拒否の言葉は出てこなかった。
「い…いや、じゃない、けど…。あの、それは、やっぱりそういう…」
「そうだよ。シたい」
「ひぇ…」
そんな直接言われると思ってなかった。
未知の世界過ぎて、正直怖い気持ちもある。
「でも、お風呂…入ってない…」
そういうのって、お風呂入ってからするものなのでは…?ご飯は?手洗いうがいすらまだだけど…?
断る言い訳は沢山出てきてしまう。
でもその一方で、ガイに引いてほしいような、そうでもないような気がする。
自分でも、どうしたらいいのかわからない。
戸惑いつつ、ガイを見ると、ガイもじっとあたしを伺っている。
多分、拒否したら引いてくれる。
自分の欲望だけで、無理強いしたりしない。
だから、本当に決断権はあたしにある。
じっとガイを見る。
あたしより大人で、強くて、一人でも生きていける、この人となら。
多分順番は前後するんだろうけど。
でも順番なんて守れない、優等生じゃないあたしでも、ガイは気にしないだろう。
「…お風呂、入ってきてもいい…?」
「いいけど…出たら日和ったりしない?」
「う………多分…」
実際わからない。
初めてだし、怖い気持ちもある。
落ち着いたら、やっぱり無理だと思うかもしれない。
「………わかった」
ガイは深いため息をついてからもう一度口を開く。
「…風呂入って、やっぱ今日じゃないって思ったら、ちゃんと言えよ?」
「……言っていいんだ…?」
「いいよ。…無理させたくないし。ここまで我慢したんだし、どうせ来月には結婚してるし」
確かに。
両親は多分、来週ここに来る。
ガイはその時に、婚姻届に拇印を押して貰うつもりでいるんだろう。
ガイは、『明日は魔術管理部門への出勤じゃなくて、ホワイト商会の方の仕事』と昨日の夜、言っていた。だから仕事の合間に役所に行って書類を取ってくるとも言われてる。
あたしは本来なら今日ここには来ないで、明日、仕事が終わった後にここに来て婚姻届に署名する予定だった。
1週間後にはあたしの署名済の婚姻届を両親に渡す。
多分両親は、お金と引き換えに婚姻届に親の同意の拇印を押すだろう。
そうしたら、直ぐにでも出す予定でいる。
一応余裕を持って来月と言っているだけで、あたしもガイも、来月に拘っているわけじゃない。
だから今日、そういう事をしても、別に問題はない気がしてしまう。
緊張して固まってしまうあたしのおでこに、ガイは軽くキスをする。
「嫌ならしない。…でも勝手に家から逃げるなよ?」
真意がわからなくて、首を傾げてしまう。
ガイは呆れた顔でため息をつく。
「夜道を一人で歩くなって言ってんの。危ないだろ、馬鹿」
「……あたし、魔術師だけど?そんな心配する事ないと思うんだけどな…」
心配してくれてるのは、嬉しい。
でも何かあっても魔術が使えるんだし、そう心配する事もないとも思う。
そんなあたしを見て、ガイはにっこりと笑う。
「それ、レジスタンスの俺に向かって言う?」
「あっ………そうね…」
魔術師のロウを素手で追い払ったガイを思い出す。
ロウは弱い方だけど、魔術を使えない一般人に負けるとは、あたしもロウも思っていなかった。それは魔術師の共通認識であるとも言える。
でも実際は、ロウは詠唱前にガイに口を塞がれて、何もさせてもらえなかった。
あたしはロウより強いけど、詠唱しなければ魔術は使えない。
魔術が使えないなら、あたしは何の力もないただの子供に他ならなかった。
うーん…と首を捻るあたしをどう見たのか、ガイは急にあたしの腕を掴んでソファーに押し倒した。
「えっ…」
急に反転した世界に、戸惑いを隠せない。
見慣れない天井を隠すように視界にガイの顔が入ってくる。
スッと口元を覆われる。
「…わかる?こうやって、口塞いで、片手でお前の両腕を掴んだら?俺一人でもこの状態なのに?もし複数の男が居たら?」
ゾッとする。
それは余りにも生々しい。
顔から血の気が引くのが自分でもわかる。
相手はガイだし、多分本気で乱暴するような事はないだろうとわかるのに。
パッと手を離して、ガイはあたしの腕を引いてもう一度抱きしめてくる。
「な?怖かったろ?」
トントンとあやすように背中を撫でられる。
自分でやったくせに、と思わないこともないけど、背中を撫でる手に労りを感じてホッと息をつく。
「俺はユリの事が大事だから。心配もするし、ユリにもちゃんと警戒心は持っててほしいわけ。…わかるよな?」
こくりと頷くと、ガイは安堵の息をつく。
「怖がらせたいわけじゃないけど、ゲランみたいな奴もいるから。ほんと気をつけろよ?」
「…うん」
素直に頷くと、ガイはもう一度あたしの頭にキスを落とす。
それは優しくて、全然嫌じゃない。
「……まぁ、これからヤるかもしれない時にする話でもなかったけど。怖かったらマジで無理しなくていいよ」
ぽんと頭を撫でてガイはソファーから立ち上がる。
「とりあえず、風呂沸かす。ゆっくり入ってきな」
まるでお兄さんのようだ。
ガイは安心させるようにもう一度頭を撫でて、お風呂場へと向かって行った。
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