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しばらくしてから、リリアナが妊娠したと、シルバから連絡が来た。
私はまだネジとホーンと王都から離れた町で暮らしていた時だった。
当時ネジは9歳。シフトと出会うのは翌年の事だ。シフトを私の弟子として預かるにあたって、私とネジは当時暮らしていた町から今の家へ引っ越していった。ホーンは仕事の関係で一緒には暮らせなかったけど、子供が幼い内は休みの日に毎回、私が転移魔術で今の家へ連れて来た。
私達家族は離れても仲良く、正常な家族としてここまできた。
それと対比するように、シルバとリリアナ夫妻の間に子供が産まれた。
本来なら、正常に機能する筈の家族。なのにそこに、ユリという存在がいるだけで、それは全く機能しなかった。
「…リリアナが妊娠した時、私、『その子は産むべきじゃない』って言ったのよね…」
それは、マリの事を思うと自然に出てきた言葉だった。
でもリリアナへの配慮に欠けていた。
私が面と向かって言った時、リリアナは泣きそうな顔をした。
それは一瞬で、その後すぐに、烈火の如く怒った。
『オリビアには関係ないじゃない!私が子供を産む事の何がいけないの!……オリビアの子供は……白魔女じゃない!その方がよっぽど、産むべきじゃなかったわ!』
決別した日の言葉は、今も忘れてはいない。
今でも泣き叫ぶリリアナの声が脳裏に蘇る。
私達は同じ女として、母親として、我が子を守りたかった。
それは、私達の決別と同義だった。
「まぁ、他人に言われて堕ろすような事もないわよね。リリアナはその後、娘を産んだ」
これがもし弟だったら。
リリアナは自分の子供と姉の子供を比較しなかったかもしれない。
それぞれを大事にできたかもしれない。
「シルバの親もリリアナの親も、そもそも2人の結婚に乗り気じゃなかったからね。あんたの妹を産んで、尚更疎遠になったって聞いてる」
私はあの喧嘩の後から、ほとんど2人に会っていないから、直接は知らない。
風の噂程度だ。
ユリは考えながらも頷いた。
「………うん。あたし、あんまり祖父母には会った事なくて。…お母さんは、会うのを嫌がってたし。お父さんも、今思えば、のらりくらり逃げてたんだと思う」
「シルバの両親もリリアナの両親も世間体を大事にするタイプだったからね」
結果、異質な家族は誰にも介入されずにここまできてしまった。
ユリの婚約が早かったのは、早く異物を取り除きたい、その気持ちの表れにしか思えない。
「…シルバとリリアナは、もともと白魔女反対派ではあったけど、過激派じゃなかったの。…多分、過激派になったのは、私が『子供を産むな』なんて軽率に言ったからだと思う」
リリアナからしたら、どの口が、と思うだろう。
その苛烈な怒りのまま、白魔女反対過激派に所属していった気がしてならない。
「あんたが、一人でネジの所に突っ込んで来たのは何回かあったわね。毎回直ぐに帰ったけど、突っ込んで来た後に注意されたりしなかったの?」
「…そういえば、ない。多分気付いてたんだろうけど、ネジの所に行った事自体、話に上らなかった」
「ふぅん…。まぁ、ネジの母親である私を知らないわけじゃないしね。今回の滞在をそのままにしたのだって、私の家だっていうのが大きかったんだと思う」
全く知らない家だったら、連れ戻しに来たかもしれない。
マリをよく知る私が、マリの娘であるユリに危害を加えるとは思っていないのだろう。
その信頼が、嬉しくもあり、これ以上ない程に腹立たしい。
「…色々言ったんだけど、これだけは覚えておいて」
じっとユリを見る。
静かな双眸は、母であるマリにそっくりだ。
「あんたは何も悪くない。…シルバとリリアナも悪人ではないけど、弱かった。あの2人が捕まるのはあの2人の問題であって、あんたに非はないからね?」
だからどうか、自分を責める事をしないでほしい。
ユリはあの環境の中でも、腐ったり萎れたりせず、やれる事を頑張ってきた筈だ。
それはユリの生来の真面目さ故だろう。
だからこそ、自分を責めるんじゃないかと心配してしまう。
勝手な親心のようなもので、つい余計な事を言ったんじゃないかとも思うけど。
ユリは考えながらも頷いた。
「…うん。あの、ありがとう」
本当に素直な良い子に育った。
ホッとすると同時に、この娘がどうしてこんな辛い環境にいないといけなかったのか、やるせない気持ちにもなる。
「…不甲斐ない親世代で悪かったわね」
どこかで何かが違えば。
何度も繰り返した『たら』『れば』は、結局の所、何にもならない。
現実は今ここにしかない。
小さくため息をついて頭を抱えるけれど、ユリはそんな私を気遣う様子を見せる。
「ええと…言いにくい話を、ごめんなさい」
「え?本気?マジで良い子過ぎじゃね?」
ペコリと頭を下げるユリとは対照的にガイは呆れた顔をしている。
コイツも大変な人生だったんだろう。
それはわかるけど。
「…あんた、ネジの事を散々情緒ないって貶しておいて…。あんたも似たり寄ったりじゃないの」
ここ、感動のシーンじゃない?
「えー?だって話聞いてたけどさ、ユリ、なんっにもしてなくね?お前の親って、自分の後ろめたさをユリに押し付けただけじゃん」
ド正論。
その通り過ぎる。
「のっぴきならない事情があるなら、俺だってちょっと考えるけど。でも違うじゃん。周りの反対を押し切って結婚しておいて、ユリの事が異物に見えるって、どんだけ自分勝手なんだよ」
ガイからしたら、ユリの親は完全に敵と見做すには充分だっただろう。
嫌悪感を隠す事もない。
「一応言っとくけど、俺、お前の親に遠慮する気、1ミリもないよ?絶対潰す」
「……あのねぇ…。ユリの気持ちに寄り添えって言ってんでしょ?恋人と両親の板挟みで、一番キツいのはユリなのよ?」
朝からずっと寄り添え寄り添えと…。
何回言わすつもりだろうか。
ジロリとガイを見ると、ガイは私を睨み返してから、ユリへと視線を向ける。
「板ばさみになんかならなくていいじゃん。お前の親はお前を大事にできてない。それなのに、お前だけ親を大事にする必要なんかなくね?」
ド直球。剛速球ストレート。
酷い事を言っているのに、それは多分ユリにとって、これ以上ない程の救いだろう。
ユリの側にいるのが、ガイで良かった。
きっとガイでなければ、ユリは負の連鎖から抜け出せないだろう。
頼もしい次世代に、自然と呆れを含んだ笑みが溢れてしまう。
「まぁ、ガイの言う事は尤もだけどね。…さて、私の話ももうないし、あんた達、さっさと帰りなさい。私も仕事が残ってるんだからね?」
シッシッと追い払うように手を振ると、ガイは立ち上がる。
後を追うようにユリも立ち上がってもう一度私を見てきた。
「なぁに?」
「……あたしが、白魔女を…ネジを攻撃してるの、ムカつかなかった?」
どこか不安そうにユリは聞いてくる。
それはずっと心に引っ掛かっていたのかもしれない。
「ムカついたわよ?…でも、ネジは別に気にしてないって言ってたからね。寧ろ、直接来るだけユリはマトモだって褒めてた」
斜め上過ぎる解釈に、当時はシフトと一緒に本当に呆れたけれど。
「……あたし、認めて欲しかったの。だから、ネジを攻撃したら、白魔女に勝てたら、認めてもらえるって思って…。あたしも自分勝手なんだと思う」
ユリは少し落ち込んだように、肩を落とす。でも、それだけで終わらなかった。
視線を上げて、私を真っ向から見据えてきた。
「両親が自分勝手に動いたんだから、自分勝手なあたしが、自分勝手に振舞ったって、悪くないよね?」
どこか不安そうにこちらを見てくる。
真面目なユリらしいと思う。
「良いも悪いもないし、誰にも許可なんて要らないわ。……自分のしたことに、責任さえ持てればね」
にっこりと微笑むと、ユリはこくりと頷いた。
◇◇◇
帰り道、ガイはずっと無言だった。
多分、あたしに怒ってはいない。
それはずっと手を繋いでくれている事からも明らかだった。
夕方の喧騒の中をガイに手を引かれて歩く。
夕日は空をオレンジに染めて、どこかから夕飯の匂いが漂ってくる。
子供達は互いに手を振って別れ、店仕舞いをする大人と、開店する大人が交差し合う。
いつもと変わらない日常。
それを、ぼんやりと眺めながら歩く。
色んな人間がいる。
あたしも、両親も、ガイも、その中の一人でしかない。
皆がそれぞれを生きている。
突然ガイが足を止める。
急だったから、背中にぶつかってしまった。
「…急にどうしたの?」
ガイを見上げると、じっとこちらを見返してきた。
「…?なに?」
「………俺んち、来る?」
「へ?」
急にどうしたのか。
目を瞬くと、ガイはあたしの目元を触る。
「ネジがいて、ちゃんと泣ける?」
ネジのお母さんの前では、あんなに強気だったのに。
心配そうに、気遣うように、そっと目元を撫でる手は、温かくて優しい。
それにつられるように、涙が出そうになる。
だからガイの手を目元から引き離した。
「……行く。今優しくするとここで泣くから止めて」
こんな往来のど真ん中で、泣きたくはない。
不満げにガイを睨むと、ガイは苦笑して頷いてくれた。
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