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 自分の娘とそう年の変わらないユリを眺めて、その横顔が年々ユリの母親に似てきたと思う。

 ユリの母親、マリは私と違って温厚だった。

 謙虚で温厚、清純といった言葉が似合う少女。

 私も、ネジの父であり夫でもあるホーンに出会う少し前までは、同じような仮面を被っていたけれど。マリは私と違って仮面ではなく、本当に清楚な子だった。

 それは無理をしているのではなく、そうするのが本人が一番呼吸しやすかった、という感じだった。

 

 私、オリビアと、マリ、そしてユリの父であるシルバは幼馴染だった。

 そして、マリの妹であるリリアナも。


 ユリの嫌そうにガイを見る顔を眺めて、ユリの両親であるシルバと、リリアナを思い出す。


 ユリは自分の今の母親が、生母ではないことを知っているのか。

 他人の家庭に口を出す権利はないと思って今までユリに聞いた事も言った事もないけれど。

 

 ガイに一網打尽にユリの両親も捕まえたいという魂胆があるのなら。

 そして魂胆があるのならガイはやるし、公聴会にあの2人が来たのなら、私も知り合いだからと忖度はできない。


 ユリが本当の母親が誰か知っていて、あの2人を捕まえる事に何の未練もないのなら良い。

 でもマリの事を知らず、父親と本当の母親と信じているリリアナを捕まえた時、ユリは大丈夫だろうか。

 

 同じ年頃の娘を持つ母親として、ユリを心配する気持ちもある。

 特に今は同じ仕事に関わり、部下同然でもある。

 

 他人の事と、割り切るには内側に入れすぎた。


 

 「……ユリ。あんた、両親が捕まってもいい?」


 未練はないと言ってくれたらいい。

 でもユリは複雑そうに視線を逸らす。

 戸惑うその様子は、頭では納得できても心がついていかないという未練が残るものにしか見えなかった。


 知らずため息が出てしまう。

 それをどう取ったのか、ガイが睨んできた。


 「ユリのフォローは俺がするけど?」


 「そんなの当たり前でしょ。元凶なんだから。大体ねぇ、ユリの事が大事ならもっと気遣いなさい。恋人に両親を捕まえるって言われるユリの気持ちが想像できないの?」


 ジロリとガイを睨むと、面倒臭いと言わんばかりだ。

 本当に可愛くない。子供の頃から生意気なままだ。


 「あんたはねぇ、強引過ぎるの。ユリが頼りにできるのは、これからあんただけなのよ?いつまでも独身気分で強引に進めると、そのうち三行半を突き付けられるわよ?」


 「オバサンが言うと信憑性あるね?」


 「残念ね。私は夫から三行半をもらってもいなければ、愛想もつかされていないの」


 自慢じゃないが、夫婦仲はかなり良い。

 それはホーンが10歳も年上で、出会った時から包容力があるからというのが大きいのだけど。


 「あんたがユリを大事にしてるのはわかる。でも私から見れば、あんたのやり方は独りよがりよ」


 冷ややかにガイを睨むと、ガイは嫌そうに顔を顰めたものの、反論はしてこなかった。

 ガイなりに思う所もあったと思う。

 

 私はガイもユリも嫌いではない。

 むしろ可愛がっているつもりだ。

 だから別に2人の結婚に反対でもないし、年長者として応援してもいる。


 だからこれは、私のお節介であり、同時に何かの足しになればいいと思っての事だ。


 「…で?実際どうなの?未練ないの?」


 ガイからユリへと視線を向ける。

 ユリは言いにくそうにガイを見てから、困ったように言葉を紡ぐ。


 「その……全くない、ってわけでもなくて…。勿論、ガイがしてくれる事は嬉しいんだけど……未練がないかと言われると…よくわかんない…」


 煮え切らない態度にガイは嫌そうに眉を顰めている。

 ガイにとってはユリだけが大事だから、ユリの両親、それも別の男との結婚を勧めてくるような親は、敵以外の何者でもないだろう。


 確認したことはないけれど、恐らくガイは孤児だろう。

 あの恐ろしいまでの強かさと、強欲さ、そして図太さは、ガイがここまで生き抜いてくるには絶対に必要だった。

 だからこそ、ガイは敵と見做せば冷徹に処理する。

 それはユリを守る事になり、同時に傷つける。

 その傷が、亀裂にならないといい。

 きっとユリにとってもガイは漸く見つけた居場所の筈だ。

 私の話が、助けになるかはわからないけれど。


 「…そう。…両親については?どれくらい知ってる?」


 「…え?」


 キョトンとユリは首を傾げる。

 その姿は、本当の母親であるマリを知っているようには見えなかった。


 「帰り、時間ある?仕事終わったら声かけて」


 本当は私から言うべきじゃない。

 それでも、ユリには知る権利があると思う。


 「あんたの罪悪感を、ほんの少し減らす手助けはできるかもしれない」


 無くす事は無理でも。

 そしてそれが、ガイとユリに入るかもしれない亀裂の可能性を、ほんの少しだけでも薄めてくれると信じたい。


 じっとユリを見ると、ユリは不安そうに頷いた。









 ユリは夕方、仕事終わりに言いつけどおり、私の元へとやってきた。

 ユリの横にはガイもいる。

 全く何も知らないのなら、ガイが居たほうが心強いだろう。

 特に反対はせず、口を開く。


 「なるべく手短に済ますわ。他人に聞かれるのは嫌だから防音壁はっていい?」


 場所は魔術管理部門の異空間へと繋がる扉より前の部屋だ。

 ここは所謂応接室兼部長室のような役割を果たしている。

 私は大体この部屋の執務机で書類仕事に追われているから、ガイとユリには執務机の前のソファーとローテーブルのセットの前に座るように促した。

 2人が頷くのを確認して、魔力で防音壁をはる。

 ガイは魔力がないからただ怪訝な顔をしただけだけど、魔力のあるユリは興味深そうに辺りを見回した。

 ユリは若手の中ではかなりできる。

 魔力量も多いし、努力も欠かさなかったのだろう。技術もちゃんとある。

 生来の真面目さが良い方向に作用して、実力的には若手のホープと言えるだろう。


 「さて、防音壁もはったから、単刀直入に聞くわ」


 じっとユリを見つめる。

 ユリはびくりと肩を揺らしてから、それでも挑むように、負けないように背筋を伸ばした。


 「あんたの今の母親、リリアナが生みの母親ではない事を知ってる?」


 「え…」


 目を見開いて、小さな声を上げる。

 何を言われているのかわからない、と言った表情は、全く知らなかったと言外に伝えてくる。


 その驚愕の顔を見ながら、胸中に沸々とした怒りが込み上げてくる。


 だから止めろと言ったのに。

 シルバと喧嘩した過去を思い出して、ついつい眉間に皺が寄る。


 「…全く……いつまでものらりくらり逃げ回ってるから、子供に皺寄せが来るんじゃない」


 同じ親として情けない。

 同時に幼馴染としてそのズルさに辟易する。


 シルバは、良く言えば、波風を立てる事を好まない温厚な人物。

 でも見方を変えれば、唯々諾々と周りに流されてしまう男でもある。


 私とはあまり気が合わなかった。


 「…マリを知っている?」


 「……亡くなった伯母だって聞いてる」


 「…そう。……マリはあんたの今の母親、リリアナの姉で、あんたの生みの母親はマリよ」


 『ひっ…』とユリが小さな悲鳴を上げる。

 

 わかる。

 私もシルバがリリアナと結婚すると言った時には本当に気持ち悪かった。


 「え、普通にキモくね?」


 息を呑むユリの横でガイが心底嫌そうに口をへの字に曲げる。

 その通りだけど、今後『娘さんを下さい』って挨拶する相手にも容赦ないな、と思う。


 「あ、父親も違うとかいう話?」


 「残念ながら。父親は別の人物じゃないの」


 「うわぁ……」


 物凄くドン引いている。

 まぁガイの気持ちもわかる。


 「ってことはさ、ユリの父親は最初姉と結婚して、死んだ後に妹と結婚したってこと?それとも被ってる?不倫?」


 相変わらずド直球。

 朝にユリを気遣うように注意したのに。

 ジロリとガイを睨むけれど、全く悪気がない様子に、ため息が出てしまう。


 「…あのねぇ、朝言ったでしょ?もう少しユリに寄り添ってあげなさいよ」


 「そりゃそのつもりだけどさ。でもズルズル引き伸ばしたってしょうがねぇじゃん」


 「あのねぇ…」


 効率より目の前の彼女を優先してやれ。

 そう言おうと思ったけれど、それより先にユリが口を開いた。


 「………お母さん、いつも少し余所余所しかった。遠慮して、気まずそうに、でも妬ましそうに、いつも見られてた」


 「…リリアナは、悪い人間じゃなかった。ただ素直過ぎたわ」


 妻を亡くして傷心の姉の夫。そしてリリアナにとっては自分の初恋の相手。

 姉を裏切るような不倫ではない。

 でも他所から見れば、それはどうしても異質に映る。


 「マリと、あんたの父親シルバは、親同士が決めた婚約者だったの。でも2人とも仲が良くてね。私とマリとシルバは同い年の幼馴染だったんだけど、私から見てもマリとシルバはお似合いの夫婦だった」


 マリが生きてさえいれば。

 2人は仲の良い夫婦として娘を大事に育てただろうに。


 「マリはね、温厚で控えめな子だったの。でもなんでも良くできた子でもあった。絵に描いたような真面目な優等生で、魔力量も多かったし、魔術師としても優秀だった。シルバはそんなに魔力量はなかったから、魔術師としてはイマイチだったけど、代々続く医者の家系だったから、決められたように医者になったわね」


 唯々諾々と、医者になったシルバをマリは『それでもいい』と笑っていた。

 

 「マリの妹であるリリアナは、愛嬌のある子だったわ。魔力量はマリ程はないし、医者になれるような頭もなかったけど、別に馬鹿でも性格が悪いわけでもないの。普通の女の子だったわ」


 4つ歳下だったリリアナを、私達は可愛がった。私とシルバにとっても、妹のようだった。


 「リリアナは、姉であるマリが大好きでね。仲の良い姉妹だった」


 『お姉ちゃんお姉ちゃん』と、よく後ろをついて回っていた。

 それは本当に何の陰りもない日々だった。


 「マリとシルバは順調な結婚生活を送って、その結果としてあんたを産んだ」


 嬉しそうにユリを抱くマリを思い出す。

 マリとシルバは、産まれてきたユリを大事にしていたし、私も友人として祝福もした。

 本当に、マリが生きていれば、歪みはなかったのに。


 「…マリがどうして亡くなったかは聞いてる?」


 「病気だったって…」


 ユリは不安そうにこちらを伺いみる。

 知らなかった事ばかりで、混乱して取り乱しても仕方ないと思っていたけれど、案外落ち着いている。

 見せないだけで、内心は複雑だろうけど。


 「そうね。風邪を拗らせてあっという間だった。私は最後には立ち会っていないけど、『ユリをお願い』と、リリアナに話したそうよ」


 信頼している妹に、自分の娘を託す。

 それはどこにもおかしい所はない。

 そして、リリアナもまた、託されたユリを甲斐甲斐しく世話をした。


 美談で、終わる筈だった。


 「…リリアナはね、マリとシルバの結婚を心から祝福したわ。リリアナにとってシルバは幼い頃の初恋の相手だったけど、それは可愛いものだったし、マリが生きていれば、別の人間と幸せな結婚をしたかもしれない」


 ドロドロの不倫劇ではない。

 リリアナはマリを陥れようとするような妹ではなかったし、初恋を拗らせて横恋慕した訳でもない。


 「焼けぼっくいに火がつくって、ああいうことを言うのよ。妻を亡くした傷心の男と、幼い頃の初恋を思い出した女。一つ屋根の下で暮らして、情が芽生えるのは無理もないことでしょうね」


 マリとリリアナが姉妹でなければ。

 それはよくある後妻の話だったのに。

 2人が姉妹であるというだけで、こんなにも異質で、複雑になる。


 「…心情としては理解できるよ。でもユリには関係なくね?」


 本当にユリの事しか考えてない。

 でもそれだけ振り切ったガイは、ある種頼もしくもある。


 「その通りよ。…私、別にあの2人を擁護したいわけじゃないの。実際、結婚するって言い出した時にブチギレたし」


 家に乗り込んでシルバとリリアナに怒鳴り散らした過去を思い出す。

 

 「…何度か家で喧嘩してたのは、それ?」


 過去を思い出すようにユリは私を見てくる。

 淡々とした口調からは怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れているのかすらわからなかった。


 「それもある。…あんた、妹がいるでしょ?」


 妹の言葉に、ガイはギョッとしてユリを見る。

 わかる。

 別に悪い事はしていないのに、どうしても嫌悪感が湧く。


 「…なぁ、やっぱお前の親、ロクでもねぇな…」


 オブラートに包め。

 ジロリとガイを睨んでしまう。


 「ガイの気持ちはわかるけどね。別に自然なことではあるわ。後妻との間に子供ができても、前妻の子供をしっかり育てれば何も問題ないしね」


 チラリとユリを見る。

 健康的な身体は、虐待されたとか、蔑ろにされたとか、そういう事はないだろう。

 でもきっと、満たされなかった。

 ユリは不安定な精神ではないけれど、無理をし過ぎる所がある。

 それはまるで、無理をしなければ認められないと、どこか焦っているようでもあった。


 「…大事には、育てたんでしょうね。でも心からは愛せなかった」


 ユリに向けて言うのは酷だと思う。

 それでも、ユリが自分を責めすぎることがないように、少しでも仕方なかったと思えるといい。


 「あんたは優秀だしね。顔もマリに年々似てきた。…リリアナは自分の娘と比較してしまうだろうし、過去の自分を思い出して劣等感も抱く。シルバに至っては、ユリの顔を見る度にマリを思い出すし、それはまるで責められているように感じるでしょうね」


 誰も悪い事はしていない。

 それぞれが、それぞれの幸せを望んで行動しただけなのに。

 まるで呪いのようにも感じてしまう。


 私の知るマリはそんな呪いなどかけないと、頭では理解しているのに。

 どうしても、マリのかけた呪いに思えてしまう。

 『私のいない所で幸せになるのを許さない』、マリの口からは一度も聞いた事がないのに、想像のマリはそう言って真っ黒に溶けていく。

 そしてそれは、リリアナとシルバもそう思っているのではないかと、そう感じてしまう。


 「あんたの家で喧嘩したのは、あんたの妹を産むってリリアナが言い出した時が最後よ」


 その喧嘩は、私への宣戦布告と同じだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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