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 ガイの部屋に入るのは、これで3度目だ。

 一度目は、あの別れのつもりのデートの日。

 2度目は、昨日。

 そして、3度目の今日。




 魔術管理部門で相変わらず魔力封じの腕輪を作って、仕事を終える。

 

 ガイは今日は魔術管理部門での仕事はなかった。だから、休日として過ごしたのか、それともホワイト商会の仕事をして過ごしたのか、それはあたしにはわからない。

 恋人とは言ってもそれほどベタベタした関係ではないような気がする。

 あたしはガイ以外と経験がないから、本当の所はわからないけど、友達や、雑誌の中のカップルは会う度に触れ合ってキスをして、それ以上もしている子達もいた。

 休みの日は当然把握しているし、どこで何をしているか常に監視し合うような関係が多い気がする。


 シフトみたいに指一本触れない訳じゃない。

 手を繋いで、ハグをして、キスもする。

 でも全部軽い。

 それはあたしを大事にしているからだとわかる。

 わかるけど、最近はもっと触れ合いたい気持ちが勝る日もある。

 


 3度目のガイの部屋に、貰った合鍵で入る。

 鍵は開いてなかったから、予想通り部屋は無人だった。

 入ったら鍵を閉めるように言われていたから、ちゃんと閉める。

 前にネジの家で鍵をかけなかったら怒られた。魔力封じの腕輪がない今、魔力が使えるあたしは、多分そんなに弱くないと思うのだけど。

 シンクには朝食に使ったであろう食器が残っていて、洗ってあげようかとも思ったけど、やめた。

 下手に触っていいものかわからないし、最近は皆から『ママ』だの『オカン』だの言われていて、不満だから。

 ガイも面白がって『ママ』って言った事あるし。代わりにソファーに座ってローテーブルの上にあった数冊の本の中から適当に一冊取る。

 

 あんなに態度も柄も悪いのに。

 ガイは意外と頭もいいし、勤勉な所もある。

 

 実用書しかない本のラインナップを見ても、趣味で読んでいる、というよりは必要だから読む、といった方が正しい気がする。


 パラパラと本を捲る。

 全く興味がわかないし、全然面白くなかった。

 『よくわかる法律』とか『特許法について』とか『人心掌握術』とか『交渉術』とか、読む必要があるのかと思ってしまう内容の本もあった。


 興味がないから本も進まず、手持ち無沙汰になって、ふと窓の外を見る。

 綺麗な空だった。

 その空から、何かが向かってくる。

 点だったそれは、次第に近づき、そして、窓にペタリと貼り付いた。


 「え…」


 それは封筒だった。

 風に飛んできたのではなく、明らかに人為的。

 魔術なのは明らかだった。

 ガイ宛に魔術で手紙が届くんだろうか。


 怪しい事ばっかりしているから、ガイ宛の手紙でも全然不思議はない。


 でも手紙はバタバタと自我を持っているように中に入りたそうに何度も窓を打つ。

 気にしないようにしようと思ったけれど、どうしても気になる。

 仕方なく、窓を開けると、手紙はあたしの顔に貼り付いた。


 「うっ…」


 ベチン、と叩きつけるように手紙が顔面を直撃する。

 凄く痛くはないけど、なんだか絶妙におちょくられているようで腹立たしい。

 イラっとしながら手紙を顔から外し、宛名を見て驚く。


 それは、あたし宛だった。

 白い封筒に、見慣れた文字が並んでいる。

 裏を返すと、やっぱり父親からの手紙だった。





 手紙の内容は、『ロウとの婚約破棄をしたい旨は了承したが、それに伴い多額の慰謝料と婚約破棄の違約金がかかる。わが家では支払えないので大人しくロウと結婚するか、自分で支払ってほしい。また、魔力封じの腕輪を作っているのは本当なのか?本当なら理由を説明するべきだし、白魔女反対派なのに作るべきじゃない。魔力封じの腕輪を持ってくれば、スパイだったことにしてあげるから、持って帰って来なさい』という、不満タラタラの手紙だった。


 以前のあたしなら、両親にそう言われたら大人しく言う通りにしただろう。

 でも、ここに来て、魔力封じの腕輪をつけられて過ごして、あたしの考えも変わった。

 

 両親の言う事が全てではないし、両親は、多分それ程、あたしを大事にしてくれていない。


 ネジの両親が、ネジの為に苛烈に怒り、ネジを守る為に戦う姿を見た。

 それは、無償の愛だと思った。


 あの時から少しずつ、あたしは自分と両親の関係について考えはじめた。

 両親は、あたしがネジの立場でも、ああやって戦ってくれるだろうか。

 そう自問する度に、『きっとしない』と自答する。


 最初は、そんな事ないと思おうとしたけれど、過去を思い出す度に、否定できてしまう。

 そして、白魔女の所に単身で乗り込んで以来、帰って来ない娘を探しにも来ない時点で、それは確信に変わってしまった。


 この手紙も、結局自己保身しかない気がする。

 

 っていうか、『お金が払えないから大人しく結婚しろ』って、完全に人身御供じゃん…。

 ここに来る前なら、『勝手に破棄したんだから自分で払わなきゃ』と思ったはずだ。

 でもガイを間近で見ていて、影響されてきた今、『婚約はそっちが勝手にしたんだし、婚約破棄は個人の自由』だと思えるようになった。

 あたしも逞しくなったものだと思う。


 違約金は両親が勝手に婚約を結んだんだから、両親が払えばいいと思うけど、慰謝料はあたしにも関係あると思う。

 だから、慰謝料だけなら、自分で払ってもいい。

 いくらか知らないけど、少しずつ払っていくしかないと思う。


 うーん…と唸ると、カチャリと玄関が開く音がした。


 玄関から入ってくるのは当然ガイで、あたしは玄関に足を向けた。


 「おかえり」


 手紙はとりあえず、スカートのポケットにしまう。

 

 「ん。ただいま」


 にこっと、機嫌良くガイは笑う。

 ツンケンせずに、にこやかにしていると、人好きのする笑顔だと思う。

 人タラシの才能は、この顔も大いに関係していると思う。


 「夕飯食った?」


 「ううん。まだ」


 「じゃ、どっか食い行く?なんか食べたいのある?」


 ガイはまだ靴を履いたままだ。

 行くなら部屋に上がる前にしたいという、効率的な思考が見える。


 「この前行った洋食屋さんは?」


 「いーよ。そうしよ」


 「鞄持ってくるから待って」


 くるりと踵を返して、鞄を取るために前かがみになる。

 その時にポケットから、ひらりと手紙が落ちた。


 「…?なにそれ?」


 目ざとくそれを見つけてガイが首を傾げる。


 「えっと…」


 別に見せてもいい。

 いいけど、今はなんとなく嫌だ。


 「先にご飯行かない?」


 にこりと振り返って笑うと、ガイもにこりと笑った。

 あ、これはダメなやつ。


 「今見たいな」


 ハハハと笑いながらガイは靴を脱ぎ出した。

 

 「ユーリちゃん?それ、みーせーてー?」


 子供の『あーそーぼ?』と同じ言い方なのに、目が笑ってない。

 ズンズンと近付いてきて、あっという間に手紙はガイに抜き去られた。


 「…誰これ?」


 「………お父さん」


 冷ややかな視線から逃げるように顔を背ける。

 ガイは嫌そうに眉を顰めた。


 「俺が読んだらまずい?」


 一応気を使ってはくれているんだと思う。

 でも手紙を返す気はあんまり無さそうだった。


 「読んでいいよ。…多分、あんまり良い手紙じゃないけど…」


 「ふぅん…」


 ガイは遠慮なく手紙の封を開ける。

 ソファーに座って、当然のようにあたしを隣に引き寄せる。

 片腕をあたしの肩に回して、3枚重ねの手紙を読み始める。

 読むスピードはあたしより速かった。


 何も言わずに手紙を読みながら、肩に落ちる髪をくるくると弄ぶ。


 3枚目の手紙を読み終えて、ガイは盛大に舌打ちした。


 「…なんか、ごめん…」


 別に謝る事はないとは思うけど。

 でも両親が余計な事を言っているとは思う。


 「ユリが謝る事じゃないけど。…どうすんの?」


 怒ってる。

 それは両親への怒りなのか、ロウへの怒りなのか、それともつけ入る隙があるあたしへの怒りなのか。

 頼りない自分が情けなくて、しゅんと肩を落とすと、ガイは冷ややかにあたしを見てきた。


 「まさかとは思うけど、親のいいなりになんの?俺じゃなくてロウと結婚する気?」


 「えっ、やだ!」


 ギョッとしてガイを見てしまう。

 思わずガイの服を掴んで、首を横に振る。


 「…両親が迷惑かけないようにするから!」


 完全にガイに縋ってしまう。

 悔しいけど、あたしはガイが好きだし、自分以外の外野のせいで別れるのは嫌だ。


 ガイは服を掴んだあたしに急にキスをする。


 「…え、なんで?」


 今そういう雰囲気じゃなくなかった?

 

 「顔近づけてくるから。つい」


 ガイは悪びれもしない。

 物凄く動物的な理由に呆れてしまう。


 「でも良かった。ユリが親より俺を選んでくれて嬉しい」


 「えっ…?」


 「え?そういう事じゃね?」


 重い。

 にこにこと笑っているけれど、反論を許さない圧がある。

 

 「ユリの事だから、両親は見捨てられない、とか言い出すかと思った。……お前んち、叩き潰していいよね?」


 「え……怖」


 目が笑ってない。怖い。

 ふー…と息を吐き出してガイは手紙へ視線を移す。


 「いやー…俺、孤児だからさ?あんまり親子の愛着とか信用してないんだよね?」


 孤児だとは初めて知った。

 でもなんか納得できる。


 「しかも、お前の親、大分ヤバくね?俺だってお前の両親が娘を凄い大事にしてる、とかならちゃんと挨拶するけどさ。…全然してなくね?」


 剛速球ストレート過ぎる…。

 ゲランの時の話し合いでも思ったけど、ガイってオブラートに包むとか、柔らかく伝えるとかいう概念がなさすぎると思う。

 普通言い淀んだり、気を遣ったりすると思う…。

 ガイらしいと言えばらしいけど、あまりに歯に衣着せぬ言い方過ぎて呆れてしまう。


 「っていうか、コイツらもゲランと一緒だな。結局魔力封じの腕輪が目的だろ?」


 それはそう。

 白魔女反対過激派の両親からしてみれば、魔力封じの腕輪なんて最悪の魔道具だ。

 

 「本っ当にネジのバカが変なモン作るから…」


 イラっとしながらガイは呟く。

 自分だってその魔力封じの腕輪で一儲けどころか、三儲けぐらいするのに。


 「…あのね、あたし、家に帰る」


 「はぁー?」


 物凄く嫌そう。

 それが嬉しくもあるけれど。


 「話してみないことには、両親の意図も真意もわかんないし。そもそもロウの慰謝料と違約金もいくらか知らないし」


 「えー?行くの?止めとけば?ユリ、監禁とかされそうじゃん」


 冷ややかにガイはあたしを見てくる。

 人の親をなんだと思ってるのか。

 流石に監禁まではされないだろう。


 「一度会って話す必要はあるでしょ?」


 「じゃ、こっち呼んで」

 

 流石だな、と思わず感心してしまう。

 普通、家に帰ると思うのに、わざわざ呼びつける辺りにガイの図々しさと遠慮のなさと、ふてぶてしさが表れている。


 「呼ぶって…どこに?」


 でも実際問題どこに呼ぶのか。

 ネジの家に居候しているけど、両親はネジに会ったらこれ幸いと拉致するか攻撃する可能性が高い。

 だからって、どこかのカフェで話す内容でもない。


 「ここでいいじゃん」


 ガイは床を指差す。

 ここって……ここ?


 「……ガイの家に呼ぶの…?」


 「そう」

 

 「来るかなぁ…?」


 いきなり娘の恋人の家に呼びつけられてホイホイ来るだろうか。

 そもそもガイの存在自体知っているのかいないのか…。ロウが話せば知っているだろうけど。


 「俺が代わりにその慰謝料と違約金、払ってやるって言えば来るんじゃね?」


 「えっ…」


 なんか怖い。

 ガイの親切って大体裏がある。

 警戒してガイを見ると、ガイはニンマリと笑った。


 「ロウに人身御供にされるより俺に買われた方が幸せだろ?」


 「じ…人身売買…!」


 思わずギョッとしてしまう。

 別にガイに酷い事をされるとは思っていないけど、言い方。


 「結婚して幸せな家庭を築こうね、ユリちゃん?」


 「ロマンチックじゃない!」


 思い描いていたプロポーズじゃない!

 バラの花束も夜景の綺麗なディナーも希望してなかったけど、でもこれはあんまりだと思う。

 

 「あたしの人生をお金で買うわけね?」


 ジロリとガイを睨んでしまう。

 ガイは全く悪気もなく頷いた。


 「そう。ユリの未来も青春も仕事もその身も」


 そこで一息入れて、ガイはにっこりと笑った。


 「合法的にぜーんぶ俺のもの」


 「お、重い!」


 「知ってる。でも結婚するよな?な?」


 圧が強い。

 有無を言わさないその顔を眺めて、呆れてしまう。

 でもこの強欲で図々しくて自己中心的なガイを、あたしは嫌いになれない。

 

 「………後悔しない?」


 まるで今決めたような提案だったから。

 ほんの少し不安に思って聞くと、ガイはカラカラと笑った。


 「しない。まぁ、ユリはするかもしれないけど。俺は多分逃さない」


 「ねぇ…プロポーズなのよね?殺害予告じゃないのよね?」


 「うん。ユリが逃げない限りは殺害予告にならないから大丈夫」


 何にも大丈夫じゃなくない?

 ドン引きしつつガイを見るも、ガイは少しも悪気がない。

 

 なんだかシフトみたいだな、と思いつつも、その激重な愛を嬉しいと思ってしまう。


 「……わかった。する」


 頷くと、ガイは嬉しそうににっこりと笑った。


 「ユリは賢くて助かる。…これから宜しくね、奥さん?」


 「こちらこそ!これからそのオブラートに包めない性格、矯正してやるわよ!」


 余裕綽々のガイにムカついてつい可愛くない事を言ってしまう。

 でもガイはケラケラと笑っただけだった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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