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「……おかしくないか?」
王城の一画の廊下の、柱の裏に隠れて思わず呟いてしまう。
私の横でガイが廊下を盗み見る。
太い立派な柱の横は壁で、そこからまた別の廊下が続いている。
ここは所謂十字路のような形になっている。
その壁にもたれ掛かるようにして隠れている私と、それはもう楽しそうに柱から向こうの廊下を眺めているガイ。ガイはもう完全に野次馬だ。
昨日、ガイは私の代わりに騎士団に書類を持って行ってくれると言った。
それはシフトに会いたくない私には有難かった。
なのに、なんで今柱の向こうにシフトとサラがいるのか…。
声は細切れに聞こえてくる。
王城なだけあって高級そうな高い天井に声が反響しているんだと思う。
私は騎士団ではなく、魔術管理部門に向かう途中だったのに。
会わずに済むはずだとそう認識していたのが甘かった。
なんで廊下で話してるんだ。
この間みたいに騎士団の団長室で話せよ!
不法侵入とか言わなきゃ良かった…。
「おー……修羅場じゃん」
完全に楽しんでる。
チラチラ覗きながらガイはちょいちょいと私の服を引く。
「ちょ、見てみ?すげぇな。あざとい!」
別に見たくない。
なのにガイはわざわざ私の頭を掴んで見せてきた。
廊下の向こうでシフトにサラが抱きついている。
ムカつく。
また抱きつかれてるし。
なんで毎回抱きつかれてんの、アイツ。
あれで騎士団の団長かよ。
「…お?眉間に皺寄ってるじゃん」
「煩い」
ぐりぐりと眉間を押してくるガイの手を叩き落とす。ジロリと睨むとガイはニヤニヤしながらまた廊下へと顔を向けた。
つい、つられて見てしまう。
覗き込んだせいでさっきより声がはっきり聞こえてしまう。
「…シフト!私、来月デビュタントなの!…エスコート、して…?」
デビュタントということは、来月サラは18歳になるのだろう。
成人を祝うデビュタントなんてない私達平民とは違って、シフトもサラも貴族。
それも侯爵令嬢と侯爵令息だ。
会話がハイソ過ぎる。
「…サラ、デビュタントのエスコートは父親か兄弟、もしくは婚約者だよ?」
「わかってる!……だから、私と婚約しない?分家で、はとこのシフトなら両親も頷くと思うの!お願い!」
「え…?なんで?」
真顔で返すシフトに、思わず呆れてしまう。
隣のガイは肩を震わせ始めた。
「なんでって…」
サラはショックを受けた顔をしたあと、一度言葉を詰まらせる。
それから意を決したように口を開いた。
「…好きなの。はとこだからとか、侯爵家とか、そういうのは関係なく。だから、私のエスコートをして欲しい」
「え…」
驚いたシフトの声がする。
ここから離れたい。
そう思うのに、足は床に貼り付いたように動かない。
「おお…」
ガイが物凄く楽しそうに声を上げる。
それから、『げっ』と声を上げた。
「やべぇ!来る!お前、先行け!」
ドン、とガイに押されて足が動く。
動いたら走り出していた。
まるで悪魔から逃げるように。
大人になってからこんなに走ったことはなかった。
カツカツと、廊下に足音が響く。
ネジは一目散に走り出して反対の廊下の角を曲がって行った。
シフトがネジに気付いたかどうかは知らないけど、ここにいる俺にはバッチリ気づいているし、逃げる必要も感じないからそのまま待っておく。
向こうの廊下には華やかな少女。
彼女は動き出したシフトを視線だけで追いかけている。
「よ、色男」
近付いてきたから、片手を上げてみせる。
シフトは思いっきり舌打ちしてきた。
侯爵令息が聞いて呆れるな。
「覗き?流石、趣味が悪いね」
「いやぁ、それほどでも。なかなか面白い見世物だった」
「あっそ」
冷ややかにシフトは俺を睨んでくる。
「俺なんかに構うより、あの可愛い子ちゃんのとこに戻ったら?」
顎で廊下を示すとシフトはにこりと笑った。
「勿論そうするけど。覗きは良くないよね?ガイも早く行けば?」
「いやー、行くって言ってもねぇ…。俺、お前にお届け物があるんだよね」
「…は?」
心底嫌そうにシフトは低い声を出す。
この様子ではネジが居たのは気づいてないかもしれない。
「ネジからお使い頼まれてんだよね。…はい、コレ。お代はお前んちの高級なワインとかでいいよ?」
「なんで俺が払うの?」
「えー?ネジに請求していいの?何して貰おっかなー」
ピキッとシフトの額に青筋が立つ。
ひらひらと書類を動かすと、シフトがそれを奪い取る。
機嫌が悪い。面白い。
「お使いご苦労様。ワインに毒が入ってないかよく確認してね?」
「清廉潔白な騎士団団長様が?そんな小狡くて矮小でケチな事するの?…器、ちっさ」
「本っ当に、ムカつくよね」
にっこりと笑うシフトに、同じように笑って見せる。
「事実じゃん。トラウマでネジに触れなくて、ネジに突っ込まれてキレたんだろ?お前が意気地なしだから悪いんじゃね?」
ピタッとシフトの動きが止まる。
これは地雷を踏み抜いた感がある。
まぁ、止まってやる気はないけど。
「俺、親切だからさ?良いこと教えてやるよ」
「すっげぇムカつく」
「ねぇ、侯爵令息で騎士団団長の仮面、剥がれてるよ?」
騎士団に入る前のシフトは、ネジ達と暮らして平民同様の生活をしていた。
だから、出会った当初は気取った口調だったのに、あっという間に俺達と同じように口が悪くなった。
騎士団に入って貴族の元の口調に戻っていたのに、『すげぇ』なんて、あの頃のようだ。
「ウザ。で、なに?有益じゃなかったら殺す」
「ハハハ。殺す殺す言い過ぎじゃね?騎士団団長が聞いて呆れるな」
「クソが」
完全に仮面剥がれてるじゃん。
10代の子供の頃に戻ったような顔と剥き出しの激怒は、盛大な舌打ちにも表れている。
「まぁまぁ。落ち着けって。……さっきまでここに誰がいたと思う?」
「あ?」
「ハハハ。柄悪。ネジの前じゃ見せないくせに」
ネジの名前を出した途端にシフトの顔が固まる。
さっきまでの怒気も殺意も一瞬でなくなって、驚愕がありありとわかる。
ポーカーフェイスなのに珍しい。
この顔、ネジにも見せてやりたい。
こんな『浮気現場を見られた彼氏』みたいな大焦りと驚きと、不安がごちゃごちゃになったみたいな顔、好きな女じゃなかったらしないだろうに。
これで、『シフトは本当に自分の事を好きか』なんてよく思ったものだ。
「……ネジ、居たの?」
「バッチリ。お前とあの可愛い子ちゃんの抱擁も逆プロポーズもしっかり見てた」
Vサインをしてみせると、シフトはすぐにでも走り出そうとする。
それを壁に足をついて止める。
「邪魔」
冷ややかな声と視線には遠慮のない殺意がある。
「追いかけんの?あの子どうすんの?」
廊下の向こうを示すとシフトは忌々しげに舌打ちしてくる。
生意気だな…。
「ネジに会ってどうすんの?またお得意の『好き』『愛してる』『結婚しよ』って言うだけ?それって何も解決しなくね?」
ぐっとシフトが奥歯を噛み締めるのがわかる。
「ぶっちゃけ俺、もうお前らの会話飽きたんだよね?毎回毎回同じ話ばっかでさ」
毎度、『結婚しよ』『しない』でもう面倒臭い。そのうちくっつくかと思ったのに、いつまでものらりくらりと、進展もしない。
高みの見物には些か刺激が足りなくなってきた。
「お前、自分のトラウマくらい自分で解決しろよ。お前こそ逃げてんだろ」
ネジに『駄犬扱いして逃げてる』とはよく言ったものだと思う。
自分だってトラウマから逃げて、安全圏にいるだけのくせに。
俺から見ればネジもシフトも一緒。
お互いトラウマから逃げて、傷の舐め合いをしているだけだ。
「お前がそんなんだから、ネジが安心して自分の気持ちにも、お前の気持ちにも、頷けねぇんじゃね?」
「え…」
「俺って親切だろ?ワインもう一本追加してね?」
にっこりと笑ってもう一度廊下を顎で示す。
「あの可愛い子ちゃん、待ってるよ?俺も書類渡したし、帰ろっかな」
通せんぼしていた足を退けても、シフトは走り出さなかった。
一度向こうの廊下を見て、深いため息をつく。
「今日仕事終わり来る?俺とユリ、家空けといてやろうか?」
ニヤニヤしながら言うとシフトはジロリと睨んできた。
「…そっちこそ。一晩一緒に居て我慢できんの?理性がヤバいとかいって戻ってこないでね?」
「ハハハ。ブーメランだし。お互い頑張ろうな、坊っちゃん?」
「ほんと殺意湧く」
ハハハとお互い笑い合って、シフトはもう一度深いため息をつく。
それから俺に一瞥をくれてあの少女のいる廊下へと向きを変える。
男の背中を見ても楽しくもなんともないから、俺もさっさと踵を返した。
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