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 ゲランの調書をリビングでパラパラと捲る。

 調書の良し悪しは私にはわからないが、事実との相違点は特になかった。

 ただ、その中に昔の写真が載っている。


 前にユリに見せたことがある、集合写真のようなものだ。

 あの時はガイの前の恋人であるミモザの話しかしなかった。

 でもその写真にはゲランも写っている。

 あの日は偶々この写真を見つけて忌々しく眺めていた。


 そして、今日も。

 今日の喧嘩にゲランが関わっているわけじゃない。

 でも元を正せばコイツが悪い。

 

 シフトが私に触れなくなったのは、多分14歳の時のガイとの喧嘩が原因だと思う。

 私はあの時、ガイと一緒に瓦礫に突っ込んだ。

 そこから、シフトは今まで私に指一本触ってこない。

 私はシフトではないから、本当の所はわからないけど、それは罪悪感と恐怖の産物でしかないように思える。


 だから、『結婚しよ』は、罪滅しにしか聞こえない。

 

 でもそんなシフトにあぐらをかいていたのも、事実ではある。


 私はゲランに襲われてから、自分が性的な対象として見られる事が怖いし、気持ち悪い。

 だから、シフトの罪悪感と恐怖を都合良く利用している。

 指一本触れてこないと、知っているから。

 どんなに『好きだ』『愛してる』『結婚しよ』と迫られても、平気な顔ができた。


 なのに。

 最近は、触れてこないのが淋しい。

 その上、他の人間が触るのは許せない。


 駄犬扱いして、所有物だからと、そう思えた。

 飼い主以外に尻尾を振っていたらムカつくし、触られるのも許せない。

 

 でも、それは、ただの上書きだ。


 シフトは、私と同い年の、成人した男。


 自分でそう再認識したら、私の今までの所有欲は、ただの嫉妬にしか思えない。


 「……マジか…」


 腹が立つし、大いに不服ではあるけれど。

 でも納得できてしまう。

 これは、嫉妬。

 そして、嫉妬するくらい、私はシフトが好き。


 「…あああああー……」


 思わず頭を抱えてしまう。


 あんな、厄介で面倒臭くて重い、狂気のヤンデレストーカーなのに…!

 

 思わず机に突っ伏してしまうと、玄関が開く音がした。


 机に頬を乗せたまま、玄関の方を見る。

 入ってきたのはガイだった。


 もう慣れたのか、今日は落とし穴のカラクリを踏んだのに、わざわざ一歩後ろに下がる事で避けていた。

 そこから、横歩きで穴を避けて通り、リビングにやってくる。

 最近はこの家に慣れたのか、ガイもユリも、カラクリに引っ掛かる事は無くなってきた。


 「……おかえり」


 「おー。…何してんの?」


 チラリと私を見てからリビングを通り越してキッチンに向かう。


 「コーヒー飲むけど、いる?」


 「うん」


 顔も上げずに言うと、ガイがキッチンで支度をしていく音が聞こえてきた。

 相変わらず器用で手際が良い。

 テキパキと動く音が暫く続いた後、ガイはコーヒーと、どこから出したのかクッキーまで持ってきた。


 「…何これ?」


 「肉屋のおばちゃんに貰った。食うだろ?」


 袋に入ったままのクッキーを一つ摘む。

 ザクザクとした食感のクッキーはチョコチップ入りだった。


 「ユリは?」


 「俺の家で寝てる」


 「寝てるぅ?…お前、この間まだ一線越えてないって母さんに言ってたじゃん」


 「エッチ。そういう寝てるじゃねぇし」


 ニヤニヤ笑いがムカつく。

 この夕方近い時間に寝てるなんて言われてお昼寝ですね、とは思わない。

 ジロリと睨むものの、ガイは気にした様子もなくコーヒーを手に取った。


 「疲れが出たんだろ。一緒にソファーにいたら寝た」


 「ふぅん…で、理性が保たなくて出てきたんだな?」


 「ハハハ。俺、お前のそういうとこキライ」


 別にガイに好かれなくてもいい。

 全然傷つかないな…。マジで。


 「………あのさ、お前ら、どこまでいってんの?」


 「なんなの、今日は?なんでそんな興味津々なの?」


 呆れた顔で乾いた笑いを浮かべながら、ガイはコーヒーを飲む。

 その間にちょっと考えたのか、じっと私を見てきた。


 「……シフト、ついに手ぇ出したの?」


 ごほ、とついむせてしまう。

 コーヒー飲んだばっかりだったのに。


 「お?マジ?……え、何されたの?」


 ニヤニヤとそれは楽しそうにガイは身を乗り出してきた。

 完全に野次馬根性だし、イラっとしたのは仕方ないと思う。


 「別に何にもされてない。………喧嘩したけど」


 「え?なんで?」


 「嬉しそうな顔だな。多少隠せ」


 「正直者だからさ。ごめんね?」


 「お前が正直者なら世の中の詐欺師なんか聖人君子レベルだよ」


 どの口で正直者だなんて言えるのか。

 呆れて口がへの字に曲がってしまう。

 ガイはケラケラと笑ってから、もう一度コーヒーを飲む。

 それを眺めて、一番気になる事を口にした。


 「ガイは、ユリに触りたいって思うよな?」


 茶化すつもりで聞いてはいない。

 これは結構真面目に聞いてる。

 それが伝わったのか、ガイはますます眉を顰めた。


 「マジでなんなの?」


 「…シフトって、私の事、本当に好きなのか…?」


 「…………は?…え?何言ってんの…?」


 まるで『明日の天気は魚です』と言われたみたいな、本当に理解できない顔と声でガイは私を見てくる。

 馬鹿にしている様子はなく、本当に意味がわからなさそうな顔だ。


 「だって触ってこないじゃん。お前はユリが好きだから触りたいし、触るだろ?それって愛情表現だろ?」


 「えぇ…」


 なんなんだ、そのドン引いた顔は。


 「アイツ、私には絶対触らないだろ?それなのに『好き』とか『愛してる』とか『結婚しよ』とか、おかしくないか?……私に怪我させた事への罪滅ぼしにしか聞こえなくないか…?」


 「えぇ…」


 ドン引いてる。


 「お前、マジで、びっくりするくらい情緒ねぇな…」


 「………論理的には間違ってない」


 「機械かよ。…人間の心の機微ってわかる?」


 心底呆れた顔でガイは私を見てくる。

 最早憐れみさえ含まれている気がする。


 「正直、よくわからん」


 だから、シフトとも喧嘩になったんだろうし。

 でも本当に、シフトが私を好きだというのは、家族愛でしかないんじゃないかと思ってしまう。

 大事には大事だけど、触れ合いたい訳じゃない。

 それは今までの私の感覚で、同時にシフトの感覚もそうだと思える。


 「えぇ…わかんねぇの…?シフト、可哀想…」


 同情をたっぷり含んだ声だ。

 ぶっちゃけどこが可哀想なのかもわからない。


 「…シフトに、指一本触れないんだから、好き好き言われても信憑性ないって言った」


 「うわぁ……」


 「シフトには、人の事駄犬扱いして逃げてるって言われた」


 「えぇ…」


 「でも私、自分が悪いと思えない」


 確かに駄犬扱いはしてるけど。

 そもそも本気の告白だと思えないんだから、逃げてるとも思えない。

 

 「お前らってびっくりするくらいズレてんな…」


 「………?ズレてる?」


 何が?

 ガイの言う事がわからない。

 ガイはじっと私を見つめて、馬鹿にしたように笑う。


 「お前、すげぇ大事にされてんのにな」


 「家族としてだろ?」


 「馬鹿じゃん。ちげぇし。一人の女としてめっちゃくちゃ大事にされてる」


 全然わからん。

 そもそも触ってこないのに性的な対象として見られているという理論がわからない。

 ピンとこない私を本当に呆れて眺めてから、ガイはコーヒーを飲む。


 「人の事はわかるのにな。なんでシフトだけ別枠だと思ってんの?」


 なんの話かわからなくてガイを見る。

 ガイは嫌そうに口をへの字に曲げた。


 「俺がここに来たのは理性が保たないってわかるのにな?」


 「え」


 「俺はユリの事大事にしたいから、寝込みを襲ったりしないわけ。それは触ってない、だろ?でもそれは、当たり前だけど、好きじゃないって事じゃない」


 ガイの言う事はわかる。

 わかるけど、それがシフトにも当てはまるかは別問題だと思う。


 「男が好きな女に触らない事がどんなにきつくてしんどいか……マジで殺意湧くレベルの日とかあるからな?」


 「物騒だな…」


 殺意湧くの?

 そんなレベルでしんどいの?


 「…そんな思いしてんのに、我慢してんの…?」


 なんていうか……身体に悪そう。

 思わずドン引いてしまう。

 ガイは冷ややかに私を睨んできた。


 「…正直、もういいか、って思う日もある」


 「あるのかよ」


 あんだけカッコつけて言ってたのに。

 

 「ある。健康な男なら普通だろ。……でも俺はユリが大事だから。自分の欲望を優先して傷つけたいとは思ってない」


 はー…とガイは特大のため息を出す。


 「お前もユリも男の我慢にあぐらをかいてる。すっげぇムカつくけど、こればっかりは仕方ないとも思ってる」


 「ふぅん…」


 「他人事みたいな顔すんな。シフトだって一緒だからな?アイツだけ性欲がない聖人君子だとでも思ってんのかよ」


 「性欲…。なんかお前が言うと凄い生々しいな…」


 実際今、理性が保たないからユリから離れている訳だし。

 ちょっと引いてしまうのは仕方ないと思う。


 「本っ当に可愛くねぇな」


 物凄くイラっとしながらガイは言う。

 それから私の手元にある紙の束を眺めて、うーん…と唸る。


 「でもお前がそう思うのも、わかんない話じゃない。ゲランみたいに力ずくで自分のモノにしようとするようなクズの経験がある分、好きなら無理やりでも触ってくる、ってトラウマになってんだよ」


 「…そうなのか…?」


 「お前の話だよ。なんでピンとこないんだよ」


 顔にありありと『鈍い』と書いてある。

 

 「思い出したくないだろうから、あんま責めるつもりもないけどさ。でもシフトの気持ちも汲んでやれば?」


 推し黙ってしまう私を見てガイはもう一度コーヒーを飲む。


 「シフトが触んないのは、当然お前が大事だからだけど、シフトだってお前に怪我させた事がトラウマなんだよ。自分のトラウマは棚に上げてシフトだけ責めるのはズルくね?」


 「うっ……今のが一番、切れ味鋭かった…」


 「お前、公平とかフェアとか好きだもんな。俺には全然理解できねぇけど」


 ガイは公平ともフェアとも対極だろう。

 公平より優遇、フェアよりメリット。

 その私とは対極とも言える好みは、でも時として有り難い。


 「まぁ、色々言ったけどさ。優しい俺がその書類、騎士団に、ひいてはシフトに渡してやろうか?」


 ゲランの調書なのは明らかだし、出所が騎士団だというのは説明しなくても頭の良いガイならすぐわかるだろう。

 ただ、にっこりと笑う笑顔が絶対親切ではない。


 「……本音は?」


 「ネジと喧嘩して凹んでるシフトが見たいから」


 性格悪いな。

 完全に煽る気満々じゃないか。

 にこにこしているガイを見て、シフトが余計キレるだろうな、とは思う。


 思うけど。

 自分の気持ちに折り合いも、白黒もつけられない私には、ガイの提案は渡りに船だった。


 「……ん」


 だから素直に書類をガイに差し出す。

 ガイはニンマリと笑った。


 「お代は?」


 「シフトから貰え」


 「えー?じゃ、たっぷり弾んで貰おうかな」


 にっこりと笑うガイを見て、なんだかシフトが可哀想な気がしてきた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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