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 それはまるで降り積もる雪のように、静かに淡々と自分の中に積もっていく。

 その感情を何と呼ぶのか、それは頭で理解できても、心は理解していなかった。

 それが、今ストンと腹の中に落ちる。

 これは、嫉妬。

 降り積もった嫉妬は、静かに重く、足を床に貼り付けていた。









 騎士団に足を踏み入れたのは、これで2度目だ。

 ゲランの事件の調書作成に伴い、騎士団のシフトの所に行く必要が出てきた。

 取調室とか、そういう部屋があると思うけれど、私が呼ばれるのはシフトのいる騎士団団長の部屋だ。

 強姦未遂もあるし、事情を知っている人間だけに話す方がいいから文句はないけれど。


 無駄に広い部屋にノックもせずに入ったのは、良くなかった。


 部屋には何故か、シフトではなく、代わりにきらびやかなドレスローブを身に纏った可憐な少女がいた。

 

 いや、違和感が凄いな。

 騎士団団長の部屋は広いけど、華美ではない。そのちょっと武骨ともいえる部屋に華やかなドレスの少女。

 うん、合わない。

 まじまじと彼女を見つめてもう一度思ってから、見た顔だと思う。

 

 「あー…なんだっけ?サ……?サル?」


 「サラよ!」


 「あっ、ごめん」


 流石に可愛い女の子相手にサルはなかった。

 失言だった。

 だから素直に謝ったのに、サラは不満そうに睨んできた。

 そんな怒らなくても。ちょっと言い間違えただけなのに。


 「…白魔女様、こちらにはどういったご用事ですの?」


 にっこりとサラは笑う。

 なんでコイツに用事を話す必要があるのかわからない。


 「シフトは?」


 キョロキョロと辺りを見回すが、姿が見当たらなかった。

 人を呼んでおいて。何をしてるんだ、あの駄犬は。


 「シフトならまだ会議中ですわ」


 「ふぅん…じゃ、お前はなんでいるんだ?」


 騎士団団員じゃないのに。

 私のように呼ばれて来たようには見えない。

 なんだか自分の部屋を掃除でもするような態度に見える。

 侯爵令嬢が本当に掃除するかは知らないけど。


 「…シフトが会議中の間に部屋を片付けてあげようと思いましたの」


 サラはさも良いことをした、という顔をしている。


 「意味がわからん。不法侵入じゃん」


 「…は?」


 「だって家主のいない間に部屋に入って片付けって…ただの不法侵入だし、騎士団の書類は勝手に触ったらダメだろ?」


 「…私は、シフトのためを思って」


 「関係なくね?そういうの、お節介っていうんだぞ?」


 多分、コイツはまだ子供だからな。

 見た所、ユリと同じかそれくらいだし。

 私の方が年上だろうし、きちんと注意してやった方が親切だと思う。


 「なっ…」


 「大体、もしここで何か問題が起こったら、まず1番に疑われるのってお前になるんだぞ?」


 「………はぁ!?」


 ギョッとしてサラは私を見てくる。

 なんなんだ、そんな事もわからない程馬鹿なのか?


 「私は侯爵令嬢です。私が疑われるなんて事、あり得ませんわ」


 「なんで?侯爵令嬢かどうかなんか関係なくね?」


 侯爵令嬢は悪事をしないと思っているのか。

 それとも、悪事をしても見逃されると信じているのか。

 権力と身分があるから自分だけは特別だとそう思っているのが丸わかりだ。

 

 まるで魔術師のようだと思う。

 自分達だけが特別で優遇されるのが当然だと勘違いしている。

 

 確かにそういう一面もあるかもしれない。

 でもこの場合、ここで何か起こっても疑われない、なんて事あるのだろうか。

 私は権力にはとんと興味がないから本当の所はわからない。

 わからないけど、サラの言う通りだとしたら、この国は終わってる。

 魔力封じの腕輪を魔術管理部門、ひいては騎士団に卸していいものか、考え直すレベルだ。


 サラは私の言葉に一度黙ると、顎に手を添えて考え始めた。

 うん、立ち止まって考える事は良いことだ。

 大人しく黙っていると、サラは訝しげに私を見てきた。


 「……白魔女様の言う事は尤もです。でも、その理論だと、白魔女様がノックもせずにドアを開けて入ってくるのだって、同じではありませんの?」


 「…………確かに!そうだな!じゃ、疑われても嫌だし外に出てるか」


 成る程、当然だと思ってるから入って行けるんだな。

 ドアに向かって踵を返して、それから首だけでサラを振り返る。


 「自分の事を棚に上げて、偉そうに悪かった」


 やっぱりちゃんと謝った方がいい気がして首だけでなく身体ごと振り向いてペコリと頭を下げる。

 サラは変な顔をして首を横に振った。


 「……いえ。私も勝手に入るのは良くなかったですし」


 サラも部屋から出るつもりなのか、一歩歩き出す。

 2人で部屋のドアに向けて歩き出して、すぐにドアが開いた。

 ドアから入ってきたのは当然ながらシフトで、私とサラを見てピタッとかたまった。


 「……は?」


 なんなんだその意味不明みたいな顔は。

 

 「遅いぞ。お前が呼んだんだろうが」


 「えぇ……いや、そうだけど…」


 ジロジロとサラと見比べてくる。

 

 「2人ともなんで居るわけ?」


 「入ってきたら居た」


 「えっ…!?」


 サラにギョッとされた。

 なんなんだ、事実を述べただけじゃないか。


 「なんで?」


 訝しげに眉を寄せるシフトに向けて口を開く。


 「ここを掃除してたらしいぞ。サラは親切でやってるんだから、怒るなよ?」


 決して悪さをしようとしていた訳じゃない。

 そう伝えたつもりなのに、サラにジロリと睨まれた。

 意味がわからない。私だって親切で言ってやってるのに。


 「……サラ。今後は勝手に入らないように」


 はー…とシフトはため息をつく。

 それから私にも不満げな顔をする。


 「ネジもね」


 「そうだな。短慮だった。気をつける」


 「うん。……じゃ、ネジは残ってて。俺はサラを送ってくるから。部屋に居ていいから出ないでね?」


 「へーい。行ってら」


 ひらひらとシフトとサラに向かって手を振る。

 サラは最後に私を睨んでからドアから出て行った。

 仲良くなれそうだったのに。なんでそんなに怒ってるのかわからない。






 シフトが帰ってきたのはそれからすぐだった。

 することもないから、部屋の中の椅子に適当に座って部屋の中を見回す。

 私と違ってきちんとしているヤツだから、部屋は綺麗にしてある。サラが掃除したようにはあまり見えなかった。

 それは、騎士団に入る前の、私の家で一緒に暮らした部屋の中と似た雰囲気があるからだと思う。

 言葉にするのは難しいけれど、シフトが自分で配置を決めてそこに置いた、という気配がある。それを誰かが無遠慮に触った感じもしない。

 『片付けてあげようと思って』と言っていたから、実際には触っていない可能性も高いな、と一人で考えていると、カチャリとドアが開いた。

 入ってきたのは当然ながらシフトだった。


 「お、おかえり」


 椅子から首だけで振り向く。

 シフトは小さくため息をついてから、私を通り越して自分の机の椅子に座った。


 「…ふーん……こうして見ると、ちゃんと騎士団の団長に見えるな」


 私はシフトの姉弟子だからな。

 同い年だけど。精神的にも私の方が年上だと思ってるし。

 ちょっとからかいを含めた視線を送ると、シフトは冷ややかに私を見返してきた。

 

 なんか、機嫌が悪いなぁ。


 「…ネジ。これ、ゲランの調書。読んで相違点があるなら教えて」


 机の上からすぐに書類の束を出して私に向けてくる。

 その為に来たのだから、文句はない。

 大人しく椅子から立ち上がってシフトの机の前まで行くと、書類を受け取った。

 

 そうして、ピタリと固まってしまう。


 黒地の高そうな生地に長い金色が張り付いている。

 金髪。

 私の髪とは違う。白ではなく、光の加減で金色に見えるという色でもない。

 濃い金色は、ちょうど、胸についている。

 先程の、サラと同じ髪色。

 それは、丁度抱き合った時についた位置に見える。

 同時に鼻が、サラの香水の匂いを嗅ぎ取ってしまう。

 

 前にシフトがサラを抱きとめた場面が脳に鮮やかに蘇ってくる。


 その時の苛立ちがぶり返してきたように、眉が跳ね上がるのが、自分でもよくわかる。

 

 シフトが私以外の女と触れ合うのは許せない。

 

 急に湧き上がったその感情は、でもすぐに、ペットが他の人間に尻尾を振るのが許せない、その感情に上書きされる。


 見たくない感情に蓋をするように、口からは冷ややかな声が出る。


 「……髪、ついてる」


 ひょいと、シフトの差し出している書類を無視して胸の辺りについている金髪へ手を伸ばす。

 それを目の前に持ち上げて、ジロリとシフトを睨む。


 「ゴミ」


 「え…?」


 「ゴミだろ?だから、ゴミ箱どこ?」


 ジッとシフトを睨むと、シフトは机の下にあったゴミ箱を持ち上げた。


 「……はい」


 素直に出すその中に、髪を捨てる。

 ほんの少しだけ溜飲が下がるだけで、まだムカつく。


 「誰彼構わず尻尾を振るな、駄犬」


 「振ってないよ。ちょっと転びそうになったから支えただけだよ」


 絶対わざとだし。

 信じてるのか、コイツ…。


 「…前々から思ってたんだけど、お前とサラってなんなの?恋人?」


 冷ややかにシフトを睨むと、シフトもこちらを睨んできた。


 まぁ、もともと機嫌悪かったしな。

 火に油を注いだとは思う。


 「そんなわけないじゃん。俺が毎回毎回、あんなに『好き』『愛してる』『結婚しよ』ってネジに言ってるのに?ネジこそ俺の事なんだと思ってんの?」


 怒ってる。

 それはわかる。

 でも私はここで怯むような可愛らしい性格はしていない。


 「駄犬」


 「馬鹿なの?犬じゃないし。人間だからね?」


 「知ってるが?」


 どこからどう見たって本物の犬に見えるわけない。

 シフトは人間だし、私と同い年の、成人した男だ。


 「……ネジさぁ、いつまで逃げてるつもり?」


 「あ?」


 「駄犬扱いして、俺の気持ちをちゃんと考えてないよね?好きだって言ってんのに。なんでちゃんと答え出さないの?」


 む、か、つ、く。

 自分の事を棚に上げすぎじゃないか?


 「お前こそ、私に指一本触れられないんだろ?」


 ピクリとシフトの眉が跳ね上がる。

 

 「そんなんで『好き』だの『愛してる』だの言われても信憑性ねぇし。返事を伝えなきゃいけない程、本気には見えねぇな」


 「あ?」


 ゲランの件で、調書を書きに来ただけだったのに。

 そんな事をしている状況ではない。

 

 シフトの持っている紙の束を引っ掴んで、シフトを睨む。


 「これ、精査して明日持ってくるから」


 「………わかった」


 お互いにジロリと睨み合う。

 私も頑固だけど、シフトも頑固だ。

 お互い引く気はない、それがわかっている。

 

 「帰る」


 前にここに来た時はシフトは門の外までついてきた。

 でも今回はそんな気はないらしい。

 背中を向けた私の後ろからは、足音は聞こえなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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