39 閑話
こちらはネジ母とネジ父の過去編となっております。読み飛ばしても問題ございません。
私はホーンの家も連絡先も知らない。
知っているのは、勤め先だけ。
だから、私がホーンに会いたいなら、それは大学に行くしかなかった。
大学に行く。それは1年後とかそんな気長に待ってられる意味じゃない。
会いたいから会いに行く。
場所が大学だった。それだけ。
でも広い大学で一人きりでホーンを見つけるのは大変だろう。
両親が乗り込んでいったから、呼び出したりしたら、また迷惑をかけるかもしれない。
私はホーンが好きだから会いたいけど、迷惑をかけたいわけでもない。
結果、ホーンからの伝言を伝えに来たデリカと、ホーンの研究室までついてきた。
デリカは『連れてって』と頼んだら『いいよ!』と二つ返事だった。
軽い。助かるからいいけど。
コンコン、と軽くデリカが戸を叩く。
中からは『どうぞ』という、ホーンの声が聞こえた。
だから、扉を開ける。
恐る恐るなんて開ける気は更々ない。
バァンと、音を立てて開けて、部屋の奥の机に座っていたホーンへとツカツカと歩み寄る。
バンッと机に手をつくと、机の上に置かれていたコーヒーが揺れてほんの少しこぼれた。
「好き!結婚して!今すぐ!」
「あっは!ヤバ!」
真後ろでデリカの爆笑が聞こえてくる。
それをジロリと睨んでドアを指差した。
「案内ご苦労様!帰れ!」
ひーひー言いながらデリカは大爆笑している。ムカついたから机の上の本をデリカにぶん投げた。
コーヒーじゃないだけ温情だと思う。
「ヤッバ!先生、この子、めっちゃ面白いね!ねぇ、要らないなら俺にちょうだい!」
「あんたなんか死んでもごめんよ!」
デリカの手が伸びてくる。
それを叩き落としてデリカに向かって中指を立てる。
デリカはお腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハ!面白い!いいよ!最高にキテるね!?」
「うっせぇ、馬鹿!」
振り上げた足は、特大のため息と共にペチンと叩かれた。
「女の子が足を上げるものじゃない」
「保護者ぶらないで」
はー…ともう一度深いため息をついて、ホーンは机の側の椅子を示した。
「色々聞きたいことは多いが、まずは、そこにかけなさい」
それからデリカへと顔を向ける。
「デリカ。案内ご苦労。もう行きなさい」
「いいけど……ねぇ、俺のお願いは?この子くれる?」
「やらないよ。ほら、授業が始まるから行った行った」
シッシッと手を振ってホーンはデリカを扉に追い立てる。
デリカは残念そうに笑いながら最後に私に手を振ってきた。
ムカつくから手は振り返さない。
それでも機嫌良さそうにデリカは部屋から追い出されていった。
疲れたように再びため息をつくホーンの背中に飛びつく。
ホーンは油断していたのか、ちょっとよろけたけれど、ドアにぶつかることもなく、背中にいる私を首だけで振り向いた。
「私のこと好き?」
「君、それ以外に言う事ないのか?」
呆れた視線が返ってくる。
「私のこと、デリカに『やらない』って言った。………好き?結婚してくれる?」
ギュッとホーンの服を握る。
ホーンは小さなため息をついて頭を抱えてしまう。
「………迷惑?好きでいるのもダメ?」
両親が大学まで押しかけて、謹慎までさせられて。
ホーンは何も悪い事はしていない。
むしろ私やチンピラ連中に夜な夜な本を与えて面倒を見てくれていただけなのに。
私はホーンが好きなだけなのに。
「顔も見たくないくらい、嫌いになった?」
だから急に『深夜読書会は終了。解散。』なんだろうか。
淋しくて、心細くて、でもこれ以上は踏み込めない。
『嫌い、顔も見たくない、迷惑』そう言われるなら、もうこれ以上追いかけられない。
怖くて、ホーンの視線から逃れるように顔をうつ向ける。
ホーンがじっとこちらを見てくるのがわかるけど、いつものように、見返すことはできなかった。
「……随分としおらしい」
静かに呟く声には、少しの皮肉と、好奇心が滲んでいる。
自分でも、自分がこんな風になるとは思ってはいなかった。
好きなものは好き、それだけで良かったし、迷惑になるなら簡単に引ける。そう思ってた。
でも実際は未練タラタラだし、好きな気持ちをなかったことにすることは無理そうだった。
余りにも子供過ぎて、自分が嫌になる。
「……好き」
なのに、口からは空気を読んだ、諦めの言葉なんか出てこない。
まるでこの言葉しか知らない人間みたいだ。
こんな子供で、ホーンに好きになって貰うのは無理な気がしてきた。
「全く……そういうのは、顔を見て言うんだ」
ホーンはゆっくりとこちらに身体を向ける。
服を掴んでいた指を丁寧に剥がされた。
それは、拒絶にしか見えなかった。
「無邪気に『好き好き』言うのも可愛かったがな。……泣きそうな顔も悪くない」
ゆっくりとホーンの手が頬に伸びてくる。
「随分と色っぽくなった。…目を見て、私がその気になるように、ちゃんと言ってごらん」
上から目線がムカつくのに。
ホーンは私から目を逸らさない。
静かな眼差しに、微かに男の欲が見える。
言いなりになるようで腹立たしいのに。
まるで甘い毒のように、視線と声が頭を支配する。
魔術師でもないのに。
でも言う通りにしたら、この男が手に入る。
そう思わせる、大人の男の手腕がある。
だから、頬に伸びているホーンの手に、自分の手を添える。
甘えるようにホーンの手に頬を擦り付けて、それからゆったりと首を傾げてみせた。
「好きよ?」
涙の一つでも零せれば良かった。
こんな挑発するように強く見返すのではなく。
打ちひしがれて頼りなく不安そうに、まるで媚びるように庇護欲をそそれたら良かった。
でもできない。
それは私じゃない。
不屈で、反骨精神に満ちて、他人におもねらない。
そうありたいと願う私に、そんな女の子特有の『可愛がられたい、守られたい』態度なんて取れる筈がない。
ホーンはしげしげと私を見つめて、それから深い深いため息をついた。
可愛げがなさ過ぎて、振られる気がする。
さっきまでの強烈な色気は、ため息と共に霧散したし。
「……17歳の色気じゃないな…」
呆れと感心が混ざった顔をして、それから、困ったように苦笑した。
「…まいった。私の負けだな」
「……勝負なんてしてないじゃん…」
「そうだな。勝負事にするには余りにも重い」
ホーンの言うことがよくわからない。
眉を寄せると、ホーンは苦笑してから私の腰を抱き寄せた。
急に近くなった距離に鼓動が速まる。
男の人の匂いと、煙草の匂いが混ざり合う、嗅ぎ慣れない匂いにびっくりする。
抱き寄せられた体温が温かくて、自分とは違う固い身体が、私が女であると如実に伝えてくる。
耳元でホーンが囁いた。
「好きだ。私と結婚する気はあるか?」
囁く声が甘い。
今までの遠慮とモラルと大人の仮面を全て投げ出した、一人の男としての声。
その声で囁かれて、一気に身体が熱くなる。
「…これはまた……可愛らしい反応だな」
腰を引き寄せた方とは違う手で熱くなった耳を触る。
固くて骨張った手は少しひんやりとしている。
どこか面白がる態度がムカつくのに、他人に、それも好きな人にこんな風にされた事なんてない。
経験がないから、どうしたらいいか分からず固まってしまう。
その間にも、ホーンは好きなように私の耳や髪、顔に触ってくる。
擽ったいし恥ずかしいのに。
まるで求められているようで、自分の中の女としての欲がむくむくと膨れ上がってくるのがわかる。
もっと触ってほしい。
同時に私だってもっと触りたい。
恐る恐るホーンの顔に手を伸ばす。
いつもと違って少しだけ髭が伸びている。
ふっくらしていないのに、不思議と柔らかい頬を何度か撫でて、手を横に移動する。
明るい赤ではなく、それは言わば熟成されたワインのような深い赤。
唇は厚みがなくて、横に広い。
指先で確かめるように触ると、呆れたような視線が刺さる。
「君、本当に何にもわかってないな…」
「…?なにを?」
首を傾げると、ホーンが髪を撫でていた手で私の頭を抱える。
それから、唇が触れ合う。
「んっ…」
「……口開けて」
触れ合うキスは一瞬だけ。
言われるがままにほんの少し開いた口に、あっという間に舌が入り込んでくる。
「んんっ…」
蠢く舌に、全部の意識が持っていかれる。
逃げるように舌を動かすのに、何度も何度もホーンの舌に捕まって、絡み合う。
唇はあんなに薄かったのに。
勝手に動く舌は肉厚で、大きくて、力強い。
押し潰されるように口内を弄られて、怖い。
怖いのに、嬉しい。
気持ちいいのかはわからないのに、止めてほしいとは思えない。
ぼーっとする頭で、されるがままに大人しくするほかなかった。
「…大丈夫か?」
散々人の口で暴れ回ったくせに、ホーンは余裕綽々だ。
多分経験の差なんだろうけど。
「……もっと…」
急に離れた唇がじんじんと痺れている。
苦しくて離れたかった気持ちも確かにあるのに。
それよりももっと触れ合いたい。
その欲望の方が大きい。
甘えるように、また耳を撫で始めたホーンの手に自分の手を添える。
見つめてくるホーンを同じように見つめ返す。
微かにしか見つけられなかった欲望は、今や一目で分かる。
お互いに、お互いを求めている。
それは確かにあるのに。
ホーンは突然天を仰いで特大のため息をついた。
「…はー……」
それから頭を振って、甘い空気を霧散させてしまう。
「君は馬鹿なのか、無防備なのか…まさかとは思うが、わざとなのか…?」
「何が…?」
「いや……いい。私の受難はまだまだありそうだ…」
頭を抱えてしまうホーンが、何を言っているのかよくわからない。
わからないが、私のせいで困っているのなら、それもいい。
「ホーン、好きよ?その困ってる姿も好き」
にこっと笑うとホーンは呆れた視線を返してきた。
「そうか」
「うん。……ねぇ…私と結婚するよね?」
さっき、『私と結婚する気はあるか?』と聞いてきたのはホーンだ。
私は勿論ある。
そんなの、何度も何度も『結婚しよ』と言っていたのは私なんだから、ホーンだってわかっているはずだ。
「そうだな。いずれ、な」
「えっ!?今じゃないの!?なんで!?」
いずれ、にする意味がわからない。
ギョッとした私を見つめて、ホーンは私のおでこにデコピンしてきた。
「未成年とは結婚しない」
「えっ!?えぇー……」
漸く手に入ったと思ったのに。
「今はまだ恋人でいいだろう。……まぁ、今さら逃げられるとは思わないことだな」
ブーメランだし。
私だって漸く手に入れたこの男の人を、簡単に手放す気はない。
「そんな事言うくらいならさっさと結婚しよ?ね?」
「まだしない。…ちゃんと大人になってから。それまで待つ」
「えぇ………早く大人になりたい…」
こればっかりはどうしようもない。
年齢は一年毎しか進まないし、私の精神年齢は、ホーンのいう大人の年齢にいつ達するのか、未知の領域だ。
子供っぽいとは思いつつも、唇を尖らせてしまう。
ホーンはそんな私を見て、にこりと笑った。
「心配するな。私は気は長い方だからな」
私達が結婚して家族になるのは、そこから5年後だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!




