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38 閑話

こちらはネジ母(オリビア)とネジ父(ホーン)の過去編となっております。読み飛ばしても問題ございません。


季節は夏。茹だるような蒸し暑さに、出会った頃をふと思い出した。

 これは、私、オリビアと、ネジの父であるホーンの、2人だけの思い出。



 真夏の暑さは昼だけでなく、夜まで尾を引いて、ジメジメと蒸し暑い。

 その夜の中を、公園の給水所を目指して歩く。

 昼間は子供達で溢れているであろう公園も、夜はめっきり人が少なく、すれ違うのは犬の散歩をしていたおじさんだけだった。

 遠巻きにこっちを見て、そそくさと去っていく。

 それはそう。

 だって私が引きずっているのは鉄パイプだから。

 完全にヤバい奴。

 でもこれは、私が持ってきたわけじゃない。

 さっき因縁つけてきた連中が持ってたやつで、別にこれで殴っても、殴られたりもしてない。その前に魔術で潰せるし。

 だからこの鉄パイプを放置しても良かったけど、道の真ん中にあるより公園の茂みにでも置いた方が邪魔にならないと思っただけ。

 完全に親切。で、喉も乾いたから給水所に向かってる。


 そんな私を、さっき因縁つけた連中が探して追いかけてきたらしい。

 

 「待てこのアマァ!」

 「あ?」


 イラッとしたのは仕方ない。

 こんな可愛い私に向かって『このアマ』ってなに?どういうこと?どこに目をつけてんの?

 

 「魔術師だかなんだか知らないが、よくも…」

 「うっせぇ!」


 さっきは氷魔法だった。雹のように全身に当てて気絶したと思ったのに。

 見た目通り頑丈らしい。

 面倒なので今度は火魔法にしよう。

 

 「燃やす」


 ゴッという音と同時に私を追ってきた男達の背中に火がつく。


 「ぎゃあああ!」

 「煩い」


 男の野太い悲鳴なんか全然同情を誘わない。

 もう少し火力を強めようとした時。


 私の身体は水浸しになった。


 「…………は?」


 じゃあじゃあと音がする。

 大きな水音の方に顔を向けると、給水所の蛇口に取り付けたであろうホースから水が飛び出ていた。

 見ず知らずの男の人がホースを片手に興味深そうにこっちを見ていた。










 彼の名前はホーン。

 近くの大学で法学を教えている先生。

 あの日はたまたま、遅くまで仕事をしていて、帰りにあの公園に寄ったらしい。

 そこで、私を見た。

 正確には、私と因縁をつけてきた男達と、それから放火を。

 火から解放された男達は逃げるように去っていったけれど、私はホーンを睨みつけていた。

 

 「突然なに?」

 「なにって……消火活動だが?」

 「あ?」


 なんだこのトンチキ野郎は。

 ホーンのさも当然といった顔に、私は苛々を隠せなかった。








 その出会いから3日。

 何故か、最近はホーンと出会うことが多い。

 決まって夜。

 一人でフラフラしてて、出会うばかりだ。

 その度に、『もう子供は寝る時間だろう』とか、『子供が来るような場所じゃない』とか、『子供が一人でフラフラするんじゃない』とか、そんなお小言ばかりを言ってきた。


 「あ、今日もいるじゃん」

 「……うわ…」


 顔が嫌そう。

 今日は繁華街のど真ん中。

 飲み屋の喧騒の中での邂逅は、笑顔一つもなかった。


 「ねぇ、なんで毎回いるの?つけてんの?」

 「そんなに暇じゃない。そっちこそ、またこんな夜にフラフラして。早く帰れ」

 「んー?やだ!」


 なんで私がホーンの言う事を聞かなきゃならないんだ。

 そんな義理も義務もない。


 「っていうか、お酒飲むの?付き合ってあげようか?」

 「馬鹿か。子供のクセにイキがるな」

 「あ?」


 心底嫌そうな顔にイラッとする。

 

 「こーんな絶世の美少女が一緒に席に着いてあげるって言ってんのよ?有難がるならともかく、なに迷惑です、みたいな顔してんの?」


 ジロリとホーンを睨むと、ホーンは深々とため息をついてきた。

 腹立つ。


 「君は確かに可愛い顔をしている。だからこそ、ちゃんと家に帰りなさい。……帰れない理由でも?」


 心配を含んだ気遣う様子で私を見てくる。


 「ない!でも退屈なんだもん」

 「本でも読め」


 さっきまでの気遣う様子を一瞬で引っ込めて、ホーンは冷ややかだ。


 「本、面白くない」

 「君は本の楽しみ方を知らないな。人生損してる」


 ふふん、と上から目線で笑われる。

 なにその顔。ムカつく。


 「………じゃ、教えて。私が楽しい本持ってきてよ」

 「持ってきて下さい、だろ?」

 「…ほんっと、ムカつく!」


 べぇ、と舌を出して踵を返すと、後ろからホーンの声がした。


 「寄り道せず帰れよ」

 「うっさい、ばーか!」


 






 私がホーンと会ったのはその4日後だった。

 別に会う約束なんてしてない。偶々会うだけの関係に過ぎない。

 なのに、ホーンは私に数冊の本を手渡してきた。


 「……なにこれ?」

 「君が本を持ってきてほしいと言ったんだろう?」

 「…ふ、毎回持ってたんだ?」


 この真面目そうでお堅そうな先生が毎回私の為に読みもしない本を持ち歩いてる、そう思うと無性に面白くて、なんだか嬉しかった。


 「約束したからな」


 ほら、と私に本を押し付けてくる。

 新品の紙袋に入ったそれは、購入品に見えた。


 「わざわざ買った?」


 にやりと笑うと、ホーンは渋々頷いた。


 「私は本は借りる派なんだ。家に君が読むような本はないし、図書館で借りるわけにもいかないからな」

 「ふーん……見ていい?」

 「どうぞ」


 今日は初めて会った公園で再び会った。

 だから、その辺のベンチに座って袋を開けようとした私をホーンは手を引いて止める。


 「待ちなさい」


 スッと鞄からハンカチを出してそれをベンチに敷いてくれる。

 その紳士的な行動は、暗い夜の公園には全くそぐわない。


 「んふっ………紳士じゃん…」

 

 思わず肩を震わせてしまうと、ホーンは呆れた顔を向けてくる。


 「君みたいな子供でも一応女性だからな。私が紳士で良かったな?」

 「ドヤ顔すんな」


 笑いが止まらない。ゲラゲラ笑って、でも有り難くそのハンカチの上に座る。

 ホーンは私の横に腰をおろした。


 ペリペリと紙袋を開けると、中に入っていた本に、思わず顔を顰めてしまう。


 「…………馬鹿にしてんの?」 

 「まさか。本の楽しさがわかるように、絵の多いものを選んだつもりだが?」

 「絵本じゃねぇか!」


 表紙を眺めてひっくり返す。

 当然ながら絵本。なのに。


 「なんでこんな分厚いわけ?」


 私の親指くらいの高さがある。

 意味がわからない。


 「しかけ絵本だから」

 「しかけ絵本……?てなに?」

 「知らないのか?そりゃいい。開けたらきっと面白いぞ」


 そんな馬鹿な。

 そう思いつつ、本を開く。

 途端に中から絵が飛び出してきた。

 

 「お、おぉー…!」


 面白い!平面じゃなく、立体的。

 紙だけなのに立ち上がってくるのも、その仕掛けも、初めて見る私には意外過ぎて面白かった。

 内容は大したことない。

 絵本だから、『人に優しくしましょう』みたいな内容の、毒にも薬にもならないような文章。

 でも可愛い絵柄と飛び出してくる中身が面白くてついついページを捲ってしまう。

 内容より、しかけで飛び出してくる絵に興味津々で見ていると、ホーンがページの隅についている取手を引く。

 そこからまた絵が飛び出してくる。


 「えー!すご!面白い!」

 「うん。よくできてるだろ?」

 「うん!」


 素直に頷くとホーンはポンポンと頭を撫でてきた。

 完全に幼児扱い。

 ちょっと不満だけれど、このしかけ絵本を読み終わった私は次の本に手を伸ばす。

 こっちは童話のお姫様が出てくる話だ。


 「あー……私、この話嫌いなんだよね」

 「ふぅん…女の子は皆好きかと思ってた」

 「この話って、虐められても健気に頑張ったら素敵な王子様が迎えにきてくれる、って言ってるじゃん?意味不明じゃない?王子様が迎えに来る前にやれる事もっとあるし、虐められてんならやり返せばいいじゃん」

 「まぁ…君はそういうタイプだよな…」


 呆れた顔でまじまじとホーンは私を見てくる。それから、私から本を取り上げて表紙をめくった。


 「内容は知ってるんだ。絵だけで楽しんだらいい」

 「…こっちもしかけ絵本?」


 どう見てもそうは見えない。

 薄い本だし。


 「これは違う。でもページが華やかだろ?」


 開いてくれたページは赤やピンクや黄色、淡い水彩画のように美しく、キラキラ光るラメもついていた。

 しげしげと眺めて、それからホーンを見る。


 「……ふふふ……」

 「なんだ?」

 「この本、どんな顔で選んでたのか想像したら面白くて…」


 大の大人の男が、自分の為だけにこの煌びやかな本を選ぶ姿を想像するだけで、気分が上がった。

 ホーンはふ、と口角を上げた。


 「娘の誕生日です、という顔をして堂々と選んだぞ」

 「んふっ……バカじゃん…」


 ドヤ顔して本を選ぶ姿を想像すると笑いが止まらない。


 「まぁ、好きな話じゃなくて悪かったな。次はもっと強い女の子が出てくる本にするよ」


 次。

 自然と言ってくれたその言葉が嬉しい。


 「次は絵本じゃなくていいし。私、活字の本が読めない訳じゃないから」

 「ほぉー……。てっきり文字が読めないかと思ってたんだがな」

 「馬鹿にし過ぎ。読めるし。……でも面白い本を読んだ事ないんだよね」


 私は貧困層の生まれじゃない。

 むしろ逆。貴族でこそないものの、裕福な家で生まれ育った。

 だから、充分な教養は授けてもらったといえる。

 でも自由はなかった。

 決められた、服、食べ物、本、趣味、友達…。その全てが、完璧で、そして退屈。

 だから、飛び出した。


 つまらなくて退屈で、やってられない。

 そう思ったら衝動が抑えられなかった。

 

 突然飛び出して、髪を染めて剥き出しの服を着て口調も態度も悪くなった娘に、両親と兄弟は開いた口が塞がらなかった。

 でも世間体があるから勘当もできない。

 そんな両親の弱みにつけ込んで、私は今、やりたい放題だ。


 「活字が読めるなら選択肢がぐっと広がるな。……沢山読んでみたらいい。きっと気に入るものがある」

 「持ってきて」

 「はいはい」


 ジロリとホーンを睨むと、あやすようにまた頭を撫でられた。

 その子供扱いはムカつくものの、ホーンは私を否定してこない。

 それが物凄く、居心地がよかった。










 ホーンとのその変な読書の時間は、一月続いた。その日で読み切れる本もあれば、何日かかかるものもある。

 大体初めて会ったあの公園で、適当なベンチに座っていると、ホーンは現れた。

 数回あのチンピラみたいな連中にも会ったけれど、魔術でその度に吹っ飛ばした。

 そのうちに、なんだか仲良くなってきて、あのチンピラ連中も今や私と一緒にホーンの持ってくる本を読んでいる。

 その謎の空間は、でも不思議と居心地が良かった。


 「今日も大勢いるな…」


 ベンチで座っている私と、チンピラ連中を見てホーンは呆れた顔をする。

 その嫌そうな顔をしても、見捨てないホーンが、私は自然と好きになった。

 

 好きになったから、猛アタックしている。


 「ホーン!」


 飛びついても、ホーンは逃げたりしない。

 でも抱きしめ返してもくれないけど。


 「今日も好き!結婚しよ!」

 「しないが?…ほら、今日も持ってきたから」

 「わーい!今日はどんなのがある?」


 紙袋の中には絵本と活字の本が沢山入っている。チンピラも増えたから買うのは中古にしたらしい。

 新品とは違って少しくたびれてはいるけれど、読めるし、文句は言わないでいる。


 「君はこれなんか好きそうだ。勇者が魔王を倒しに行く話だ」

 「ふーん…じゃあそれにする」


 にこっと笑って本を受け取って近くのベンチに座ったホーンの真横に座る。

 ピッタリくっついて頭を預けながら本をめくる。


 「毎回思うが、読みにくくないのか?」


 頭を預ける程近くにいるから、ホーンは私に呆れた顔をする。

 

 「全然。だって好きな人とくっついてたいんだもん。いや?」

 「……別に嫌じゃないが…」


 うーん、とホーンはこめかみを押さえている。どうしたものやら、対応に困っているようにも見える。


 「…君、誰彼構わずやるんじゃないぞ?男は皆馬鹿だからな?襲われるぞ?」

 「…?私、ホーン好きよ?だからホーンなら襲われてもいい」

 「そういう意味じゃない。馬鹿」


 はぁー……と深いため息をついてホーンは煙草を取り出す。

 ゆっくりと燻らす煙から目を背けて、私はまた本へと視線を戻した。 







 そんな日々は、ある日急に終わった。

 ホーンから貰った本は私の部屋の、本棚の一番奥にしまってあって、両親には見つからないようにしてあったのに。

 新しい家政婦が、部屋を掃除した時に、本棚の奥も触ったらしい。

 しかもそのまま戻せばいいのに、何故両親に言ったのかわからない。

 ちょっとした世間話の一環だったかもしれないけど。

 

 両親は私がよくわからない夢物語を読んでいる事は気に食わなかっただろう。

 それだけなら、朝食の小言で終わったのに。


 両親はその本がどこから来たのか、わざわざ調べ上げた。

 暇なのか?

 反抗期の娘の交友関係を洗い出し、チンピラとホーンと夜の読書会をしている事実を突き止めた。

 そして、私が日々、ホーンに愛を伝えている事も。


 両親は、10歳も年上の成人男性が娘を誑かしたと、ホーンの勤めている大学に乗り込んでいったらしい。

 完全に迷惑。

 しかも頭に血がのぼって大騒ぎしたから、煽りを食ってホーンまで3日間謹慎になったらしい。


 それを、謹慎明けの翌日、ホーンの大学の学生から聞いた。

 デリカと名乗る彼は、魔術師でありながら、大学で生物について学んでいるらしい。

 なんていうか、初見から変態そうな気配がする。

 デリカは私をしげしげと眺めてから言った。


 「ふーん…先生も隅に置けないなぁ…。君、美人だね。僕、美人の身体に興味があるんだ」

 「気持ち悪い。殺すわよ?」

 

 殺意と魔術を身に纏うと、デリカはすぐに謝ってきた。


 「おっと。ごめんね。性的な意味じゃないよ?生物的な意味で。……僕、綺麗なものが好きなんだ。それを解剖してる時が、一番興奮する…」

 「どっちにしても気持ち悪い」


 なんなんだ、コイツ…。

 思わず立った鳥肌を擦ると、デリカはニコニコして言った。


 「あ、ごめんね。つい。…で、本題なんだけど、先生から伝言でね。『深夜読書会は終了。解散』だって」

 「あ?」


 ピキッと額に青筋が立つのが分かった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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