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 王宮の一室にある魔術管理部門の扉の前で、ゲランの父親と私の父が向き合う。

 ゲランの父親は小太りのオジサンで、ちょっとおでこの生え際が薄い。

 対する父は、まだ若々しく、精悍として、背筋も伸びている。

 身内贔屓するわけじゃないけど、客観的に見ても、父の方が格好良く立派に見える。


 「…本日はご足労いただきありがとうございます」


 にこりと、父は笑う。

 握手を求めるように手を差し出すと、向こうもその手を握り返した。


 「いえいえ、こちらこそ。両家にとって良い話し合いにしましょう」


 にこにこと笑い合う父親同士の後ろから、ゲランがにこやかに近付いてきた。


 「ネジ。久しぶりだね。…漸く迎えに来れたよ」


 その気取った態度と、全く悪気のない顔。

 

 嫌悪と憎悪が一瞬で膨れ上がる。

 あの時あんなに怖かった男は、父の横にいると、本当に小物に見える。

 それは自分の不甲斐無さに辟易すると同時に、この男の矮小さと図々しさに反吐が出るものだった。


 すっとゲランの手が私に向かって伸びてくる。親しさをアピールしたかっただろう手は、振り払う前に行き場を失った。

 父がゲランが触れる前に私の肩を抱いて引き寄せる。

 そのまま魔術管理部門の戸を開けて中へと押し込んだ。


 「さぁ、こちらへどうぞ」


 父は私に席を示して、戸を押さえている。

 そそくさと、魔術管理部門で待ち構えていた母の横に座ると、母は無言でゲランを睨んでいた。








 今日はあの話し合いという名の過去の暴露大会から一週間後。

 その1週間は目まぐるしく過ぎていった。

 父はガイに言った通り、速攻で魔力封じの腕輪を特許申請し、それを速攻で特許認定した。それに伴い魔術無効化液も特許認定してある。通常一月以上かかるはずのものを、役所への圧力をかけて3日で通した。

 父曰く『法務省専売特許許可局の局長と知り合いだから、ちょっと融通を利かせてもらったんだ』とのことだった。

 流石、特許法の作成者なだけあるな、とは思った。


 その一方で、ゲラン達アパタイト家に、『婚約に伴い魔力封じの腕輪の譲渡について話し合いたい』という手紙を一家の長である父名義で送った。当然、アパタイト家からは承諾の連絡が届き、今日の運びとなった。


 母は魔術管理部門へ完全なる職権乱用で、今日の話し合いを録画、別室でのモニタリングの為の魔術道具を作らせ、同時にゲラン側だけが他の人間と通信ができない特別な空間をコンテ主体で作り上げた。この空間の凄いところは、ゲラン側だけが通信できないのに、自分達魔術管理部門は通信できるという、なんとも理不尽で超絶複雑高度なものだということだ。

 流石、変人狂人だが実力揃いの魔術管理部門だと思った。


 その間にシフトは、いつでも踏み込めるように国家機密窃盗未遂罪を追及する書類を書き上げた。

 流石、純度1000%の殺意だな、と思った。


 そして、私は、いつも通り魔力封じの腕輪へ血判を押し続けた。

 

 ぶっちゃけ、政府の役人でもなければ、権力者でもない私にできることなんてない。

 やれる事がないなら仕事をする方が建設的だ。同じ理由でガイとユリも今まで通り、淡々と腕輪に魔術陣を彫っていた。


 今日のこのアパタイト家との話し合いは、基本的には家同士の話し合いだ。魔力封じの腕輪があるから魔術管理部門の部屋で行うことになったけれど、在籍者は両家しかいない。

 別室には騎士団の代表としてシフト、それから全く関係ない騎士団の部下が3名だけだ。

 

 ホクロの位置や強姦未遂を追及するから、別室にいる人間は極力少なくしてもらった。

 それは私がお願いするより先に、シフトと父が話し合って決定してくれて、私としては有り難かった。

 協力してくれた魔術管理部門とガイとユリには申し訳なかったけれど、皆文句を言う事なく、頷いてくれた。



 

 ゲランとゲランの両親が席に座る。

 それを見て父も最後に席に座った。

 父は机の上にある魔術道具を母に手渡す。

 魔力のない父には起動できないから、母が代わりに起動した。母が頷くと、父も頷いて、口を開いた。


 「魔力封じの腕輪は国としても重要なものです。後から言った言わないの水掛論になるのは面倒ですから、この魔術道具で録画しても宜しいですか?」


 「勿論です。お気遣いありがとうございます」


 ゲランの父親は、素直に頷く。

 息子の強姦未遂を知っているのかどうか、いまいちわからなかった。


 「この度は、不肖の娘へ婚約の申込をいただきまして、ありがとうございました」


 「いやいや。こちらこそ、このように美しいお嬢さんと婚約できて、息子も喜んでおります」


 ハハハ、とゲランの父親は嬉しそうに笑う。

 正確にはまだ婚約していないけど。

 勝手に婚約したことになっていて寒気がする程気持ち悪い。


 「ハハハ。まだ婚約届は出ていませんから、これからですね。書類の作成も一苦労ですよね」


 「全くその通りですね!面倒ですが、息子の門出ですから、早々にお作りしますよ」


 「そうですか。流石、外交官なだけあって仕事が早いですね」


 絶対に父が作った方が早い。

 法学者だから。その道のプロだし。

 

 そしてあんなにキレてたのに、この態度。

 思わず感心してしまうタヌキっぷりだ。


 「…しかし、婚約を締結する前に一つ確認しておきたいことがありまして」


 「おや?なんでしょう?」


 この父親、ゲランのしたことを本当に知らないように見える。

 キョトンとした顔は、悪い事をした覚えがないようにしか見えない。

 これがわざとなら、外交官として伊達じゃないと感心してしまう。


 「…ゲラン君は、娘とは恋人であり、同意の上で肉体関係を結んだ、と主張していますよね?」


 父はゲランへと顔を向ける。

 ゲランは私をチラリと見て、にこりと笑った。


 「その通りです。以前父についてきた時に恋人になったのですが、すぐに迎えに来れず申し訳ありませんでした」


 いけしゃあしゃあと言い切る。

 その醜悪さに、舌打ちが漏れないように奥歯を噛み締めた。

 ゲランにはそれが、悔しさで奥歯を噛み締めたように見えたのだろう。

 いい気になって言い募ってくる。


 「ネジは昔から綺麗で、一目見た時から僕はネジを運命の人だと感じたんです。ネジも僕を受け入れてくれた時は、本当に天にも昇る気持ちでした」


 気持ち悪い。

 普通に言ってる事も気持ち悪いし、粘つく視線も反吐が出る。

 視線を逸らすのに、ゲランが私を舐め回すように見てきたのが分かる。

 それは、私が本当の事を話す筈がないと、高を括っているようにしかみえない。

 治外法権で守られている自分と、事実を話せば傷物になるだろう私の足元を見ている。


 思わず舌打ちしそうになる私より先に母が舌打ちをした。

 そして、舌打ちがデカい。

 ゲランの両親が、驚いて母を見た。


 「妻がすみません。娘の事で少しナイーブになっているんです」


 少しナイーブ…?

 ブチギレ限界値突破じゃなくて?

 ちょっと無理があると思ったけれど、ゲランの両親は呆気にとられつつも頷いた。

 

 「…は、はぁ…。まぁ、大事なお嬢さんですからな」


 チョロ。それでいいのか?


 「ハハハ。そうなんです。私達にとっては本当に大事な一人娘でしてね。……その娘が言うには、どうやら過去、ゲラン君に未遂ですが強姦された、と主張していましてね」


 「………は?」


 言われた事が理解できないようにゲランの両親は私を見てくる。


 「何を馬鹿な…!そんな、事実無根な事を!ゲラン、お前はそんな事をしていないんだろう!?」


 「う、うん。勿論だよ」


 一気に激昂してきた父親にゲランは一瞬戸惑うも、取り繕うように笑ってみせた。

 それから、私を見てくる。


 「ネジ、僕達はあんなに何度も愛し合ったじゃないか。その証拠に僕は君のホクロの位置も知っているんだよ?」


 暗にホクロの位置を知っているから、無駄な抵抗は止めろ、と伝えてきているのがわかる。

 ジロリとゲランを睨む。


 「お前が無理やり馬乗りになって胸を触ってきたんだろ」


 「なっ…」


 事実を告げると、ゲランは一瞬で顔を真っ赤にして激昂する。

 直ぐに激昂するのは父親と同じだな。


 「そんな事ないだろ!僕達は同意の上で事に至ったんだ!」


 「まぁまぁ、落ち着いて。若い2人です。一時の間違いもあるかもしれない。事実を確認したいから、ゲラン君にも尋ねたいんだが、いいかな?」


 あくまで温厚そうに父はゲランに問いかける。ゲランが頷くと、椅子に座るように示した。


 「…勿論、僕は強姦などしていませんから。質問にお答えします」


 「ありがとう。…ではまず、ゲラン君と娘は恋人同士だったのかな?」


 「そうです。僕達は恋人同士で、だから、婚前ですが、ベッドを共にしました」


 「ふむ。それは一度だけかな?一度だけでは一時の過ちということでは?」


 「違います。何度もベッドを共にしました」


 本当に気持ち悪い。

 平然と嘘をつけるその口から、馬鹿にする声がする。


 「そうだよな、ネジ?」


 「全く違うが?」


 「なっ…!じゃあ、どうしてホクロの位置を知っているって言うんだ?おヘソの横と胸にあるなんて、裸で抱き合わないとわからないじゃないか!」


 「服を捲ったら見えるだろ」


 「服を捲るような状況、そういう事をする時しかないだろ!」


 捲し立てる声がデカい。

 大声で威嚇しているようにしか見えない。

 

 今、ここには両親がいる。隣にはシフトも待機している。


 それが、こんなにも心強い。


 「クソが」


 そう思ったらつい口から出てしまった。

 父は私の肩をポンポンと叩く。

 それは娘を嗜める父親に見えるだろう。


 「こらこら、ネジ。そんな言い方は良くない。ゲラン君、もう一度事実を確認したいんだが、娘とは恋人同士で、何度もベッドを共にした。これが君の主張だね?」


 「そうです」


 「ふむ。何度も、ということは当然ホクロの位置も正確に覚えている、ということだね?だからネジのおヘソの横と胸にあるホクロも覚えている。間違いはあるかな?」


 「ありません」


 「ふむ。では特徴的なホクロなら全て覚えているのかい?」


 「当然です。ネジは色が白いですからね。おヘソの横のホクロも、胸のホクロも色っぽく目立っていましたよ」


 「気持ち悪い」


 思わず声が出てしまう。

 自分が性的な対象として見られている嫌悪感に鳥肌が立つ。


 父はゲランの言葉を聞いて満足そうに笑った。


 「ふむ。確かにネジのおヘソの横と胸にはホクロがあるからね。君がネジのおヘソ、つまりお腹と、胸を見たのは確かだろう」


 「そ、そうでしょう!ですから、僕達は愛し合っていて、合意の上で肉体関係を結んだんです!」


 「…わかっているのは、君がネジのお腹と胸を見たことだけだね。私達としてはもう少し納得できる証明が欲しいんだ」


 父はにこりと笑ってゲランに向けて口を開く。


 「娘の身体に、他に特徴はないかな?あざや、傷、勿論特徴のあるホクロでもいい。何度も裸で抱き合ったんだろう?何か特徴のあるものを知っているのではないかな?」


 「えっ……」


 ビクリとゲランは肩を揺らす。

 そんなゲランに気づかないのか、ゲランの父親が捲し立てた。


 「ゲラン!こうやって言うんだ!何か特徴があるんだろう!?」


 「え、えっと…」


 知るわけない。

 ソファーに馬乗りになって腹と胸を見たのだから、背面側は知らない筈だ。

 尻と腰の間なんて何かの拍子にも見える位置じゃない。パンツで隠れるし。


 「ああ、勘違いしないで下さい。私達は本当にゲラン君と娘が愛し合っているのなら、婚約には反対していないんです。でも、5年前だから、もしかしたら少し記憶が曖昧かもしれない。だからよく思い出してほしいんだ。ネジのお尻と腰の間にはホクロがなかったかな?」


 「……は?」


 思わず父を見てしまう。

 ギョッとしたその顔に、ゲランは嬉しそうに頷いた。


 それは、この上ない味方を得たという歓喜の表情だった。

 強姦した相手の父親が自分の味方になる、常識ではあり得ないそれを、何故信用できるのかわからない。

 普通、疑心暗鬼にならないか?

 でもゲランは追い詰められて窮地に立たされているせいなのか、もともと馬鹿なのか、それは嬉しそうに口を開いた。


 「あ、そう!そうですね!ありました!少し記憶が曖昧だったのですが、今はっきりと思い出しました!」


 「そうか。はっきりと思い出してくれたんだね?」


 「はい!目立っていて、とても綺麗でした!」


 ホクロが綺麗っておかしくないか?

 マジで何言ってんだ、コイツ。

 気持ち悪くて思わず父の背中に近づく。

 父はポンポンと私の背中を叩いた。


 「ふむ。…では、それはどんなホクロだったかな?」


 「……は?」


 「はっきりと思い出したんだろう?大きいホクロだったかな?それとも小さい?色は黒かな?少し色素の薄い茶色?お尻と腰の間とは言うけど、どの位置かな?」


 「え、ええと…それは…」


 ぎくりとしてゲランは私を見てくる。

 それをギロリと睨み返した。


 「心配しなくても、私は娘のそのホクロを見せる為に服を脱がせるような事はしないよ。だから、娘のことは気にせず言ってくれていい」


 「え、ええ…その…」


 私の服を脱がせない、つまりそれは両親だけが頷くかどうかだ。

 それは正式な場では信憑性に欠けるものだろう。

 それに気づいているのか知らないが、ゲランは意を決したように口を開いた。


 「その、ホクロは黒くて大きかったと思います」


 「はっきりと思い出したのだから、それは確実に言えるはずだね?」


 「う………そ、そうですね」


 「ふむ。ではどの位置?」


 「あの、この辺です」


 ゲランは適当な位置を指差す。

 コイツ、往生際が悪いな。

 全然位置違うし。


 ユリに言われて初めて、鏡を使ってホクロを見たが、確かに結構目立っていた。

 大きくはないけれど、色は黒い。

 

 「ふむ。…他に特徴はないかな?もし知っている情報があるなら沢山出してもらった方が、お互いの為だと思うんだ」


 「え、そう、ですね…その、他には何もないと思います」


 知らないから言えないだけのくせに。


 「そうか。では、ネジのホクロはお尻と腰の間のこの辺りにあって、黒くて大きいホクロが一つ。これで間違いないかな?」


 にこやかに父が尋ねていく。ゲランは慌てて父から視線をそらした。


 「…はい」


 ごくりと、ゲランは唾を飲み込む。


 「…確実に思い出したと言ってくれてたし、後からやっぱり思い違いだったなんて言えないな?」


 「え…」


 急に父は雰囲気を変える。

 それまでは温厚で優しく、ゲランにも寄り添うような声だったのに、今は冷ややかな視線と声だ。


 「ネジのそのホクロは君の指した位置ではない」


 「え…あ、その、位置を勘違いしていたんだと」


 「はっきりと思い出した、と言っていたが?目立って綺麗、とも言っていたな?それはつまり、暗くてよく見えなかった、ということでもない」


 「…あ…」


 ゲランの顔は青を通り越して最早白い。

 震えだした息子を見て、ゲランの父親が口を開いた。


 「な、なんなんだ!黙って聞いていれば、まるで誘導尋問のようじゃないか!」


 「誘導尋問?これは尋問ではなく、ただの質問だが?」


 「何を…!大体あんた達だけが娘のホクロを知っているんじゃ、何が正しいか、公に証明できないだろう!」


 「そう。今のままじゃ、公に証明はできない。でもそのホクロは生まれつきのものです。私達は今の年頃の娘に服を脱がせる気は更々ないですが、赤ん坊の頃の写真がありましてね」


 にこりと父は笑う。

 悪魔みたいだな、と感心してしまう。

 父はポケットから1枚の写真を取り出した。


 「私達は娘が可愛くて、赤ん坊の頃の写真は特に沢山ありまして。これはその中の1枚なんですが、よく撮れているでしょう?」


 すっと、机の上に写真が乗る。

 小さな頃の私だ。

 オムツを取り替えているシーンを思い出に撮ったらしい。

 

 「この頃、活発でしてね。オムツを替えたいのに、直ぐに逃げてしまう赤ん坊だったんですよ」


 写真は、お尻を向けてちょっと顔を撮影者に向けている。

 お尻が丸見えでちょっといい気分ではないけれど、まぁよくある赤ん坊の写真ではある。

 その、お尻と腰の間に、よく目立つホクロがある。

 ホクロは、2つ横並びになっていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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