34
しんと静まり返った部屋の中は空気が重い。
これは完全にシフトと母のせいだろう。
その重苦しい空気を振り払うように、小さくため息をつく。
横にいるシフトはピクリと眉を跳ね上げたけれど、それは無視して口を開いた。
「ゲラン・アパタイトは、6年前、隣国の外交官の父親と一緒にこの国に来たんだ。年は私とシフトの一つ上で、その時16歳になる年だった」
淡々と言うと、父は私へと視線を向ける。
「ふむ。お前とは面識がある言い方だな?」
「うん。私と、シフト、それにガイは面識がある。…あの街、人との距離が近いだろ?子供同士の集まりなんかはよくあるんだ。私達も頻繁じゃないけど、行ったりしてた。ゲランもそこに顔を見せるようになったのは割と自然な事だったと思う」
チラリとガイを見ると同意するように頷く。
「仲が良かったのか?」
父の質問に首を振る。
「別に。悪くもなかったけど、良くもなかった。そもそもそんなに会話もしたことない」
子供同士の集まりとはいっても、そこにはグループがある。
思春期特有のそれらのグループは、それぞれの別個のように動いていた。
私とシフトはそもそも参加する機会が少なくて、行けば大体ガイが呼んでくれたから、その集団にいた。
ゲランは、別のグループだった。
「私はあんまりゲランの人となりを知らないんだ。多分シフトも。…ガイは?」
ガイは輪の中心にいたタイプだ。
私には、ガイがゲランと仲良くしている様子は記憶にないけれど、実際どうかはわからない。
ガイはうーん、と首を捻っている。
「俺もあんまり知らねぇんだよな。似たようなもんだよ。グループ違ったし、そっちに馴染んでたから気にかけるような事もなかったしな」
ゲランの人となりは、結局よくわからない。
なのに、シフトは怨念じみた声を出す。
「………あいつ、ネジの事見てた。舐め回すように遠くからジロジロ観察してた。殺しとけば良かった」
見ただけで?
過激派やべぇな。
ドン引きしてシフトを見ると、シフトは私じゃなく、父へと視線を向ける。
「ネジの事、厭らしい目で見てた。毎回じゃなくて、時々。睨んだらすぐに止めるけど、また見てた」
「全く記憶にないな」
「ネジ、鈍いもんね」
シフトも機嫌が悪い。
ジロリとこちらを睨んできた。
そのシフトに頷いて、父がまた口を開く。
「ふむ。じゃあ、第一の質問はこれで良しとしよう。ネジ、シフト、ガイ君とは面識があるが、仲は良くないし、人となりまではわからない。こういうことだな?」
「うん」
「…では、第二の質問に移ろう。何故ゲラン・アパタイトは今、婚約を申し込んできたんだ?もしネジに好意を持っているなら、普通なら隣国に帰る前に話が出るだろう?」
確かに。その通りだと思う。
私は恋愛はよくわからないが、もし好きな相手がいて、自分が遠くに行く事がわかっているのなら、その時に伝える方がいいだろう。
ましてや、婚約は家同士の話だ。
一度帰って手紙でやり取りするより直接会って話した方が早いに決まってる。
「ゲラン・アパタイトが想いを伝えられず、でも諦められなかったという可能性もあるが、大して仲良くない上に話したこともほぼないとなると、その可能性は低いな」
顎に手を当てて父は首を捻る。
その父へ冷ややかな視線を向けて母が答えた。
「魔力封じの腕輪に決まってるでしょ」
「ああ……成る程な。つまり、ネジの作った魔力封じの腕輪と魔術無効化液の搾取か」
「そう。でもそれだけじゃない。これはネジというか、白魔女の争奪戦の様相の、いわば氷山の一角」
魔力封じの腕輪は魔術師をただの人にする。
それは魔術師にとって禁忌であり、魔力がない人にとっての希望であり、国にとっての覇権争いでもある。
「国が関係しているかはまだ不明だろう?」
「ゲラン・アパタイトを放置している時点で黒。そいつがどんなヤツか知らないけど、これは魔術管理部門への挑発であり、国への宣戦布告。よって、私が戦争を始めてもいい」
「待て待て。全部推測だろう。変に理屈を捏ねるのはやめなさい」
「チッ」
そんなに戦争したいのか?
好戦的過ぎないか?
母の膝をポンポンと叩いて宥めて、父はため息をつく。
完全に猛獣使い。
「ふむ。では何故今、婚約の申込があったかはお前の作った魔力封じの腕輪と魔術無効化液のせいだと推測されるな?……つまり、特許をのんびりしている場合ではないな。すぐに作って受理してもらうか」
「あのー…すみません。特許が許可されれば魔力封じの腕輪と魔術無効化液って他で作れないんスよね?それならネジを他国が欲しがる理由も、冷たく聞こえるかもしれないけど、俺らが婚約を止める必要もなくないスか?」
マヤが手を上げて父に尋ねる。
それに答えたのはガイだった。
「いや、ダメだな。特許があっても、白魔女のレア能力があれば別のものが作れるし、こっちだって材料がなきゃ作れねぇじゃん。これから売り捌くのに、こんなちょっとじゃ大損だし。まだまだネジには血の提供してもらわねぇと困る」
本人を目の前にして散々な言いようだと思う。
完全にモノ扱いだ。
販売元のガイと魔術無効化液の制作者マヤの立場からすれば質問も返答も尤もだと思うけど。
「私は魔術師ではないからよくわからないんだが、その腕輪と無効化液を作るのにネジの血が必要なのか?それは大丈夫なのか?」
父は訝しげにガイとマヤを見る。
私は2人の代わりに口を開いた。
「別に血じゃなくてもいいんだ。必要なのは白魔女の魔力だから。でも魔力は血に宿るって言われてるだろ?だから血判にしたんだ。大量生産するならポンポン押せて便利だから」
「そんな判子みたいな…」
「血判って血の判子じゃん」
「そういう事を言ってるんじゃない。心配してるんだ。全く…倒れるなよ?」
父は眉を上げて私に念押ししてくる。
血判し過ぎて死ぬ奴なんかいないだろうけど、倒れるのもダサいから今までも気をつけてはいる。
大人しく頷くと、父はポンと私の頭を撫でた。
「では次の質問だな。……何故肉体関係があるかどうか聞かれてるんだ?」
ピリッと空気が一層重くなる。
シフトと母から特大の殺気が溢れ出ている。
「えーと……私も直接聞いてないんだけど…」
なんなら今日聞いたばっかりだけど。
チラリとガイを見ると、ガイは嫌そうに私を見返して、それから口を開いた。
「ゲランがネジと肉体関係があるって触れ回ってる。だから、婚約する。って堂々と宣言してる」
「あ?殺す」
横から殺意が溢れ出ている。
その殺意、私に向けないでほしい。
「……ほぉー…」
父からも珍しく苛ついた気配がする。
母はチラリと父を見て、それから私を見た。
「で?結局どうなわけ?」
冷ややかに睨まれて、嫌だなぁと思う。
シフトも母も殺気立っているし、ガイを始め他のメンバーも注視しているし、冷静ではあるけど、父もピリピリし始めた。
こういうの、四面楚歌っていうんじゃないだろうか。
一同の注目の視線が痛い。
でも黙っているわけにもいかない。
仕方なく、ため息をついてから、口を開いた。
「…結論から言って、肉体関係はない」
最後までいってないし。
あれは私にとって、思い出したくない嫌悪と敗北と恐怖の記憶だけど。
詳しく話したくないけど、どこまで聞かれるものか…。
「ふむ。では、何故ゲラン・アパタイトは肉体関係があると公言しているんだ?全くの嘘なのか?」
「ゲランはネジのへその横と胸にホクロがあるって言ってるけど?なんで知ってんの?」
父についでガイが聞いてくる。
ホクロの時点で横のシフトの殺気がヤバい。
「ホクロ?…確かにあるな」
父はまじまじと私を見てくる。
視線から逃れるように顔をうつ向ける。
全員の視線が届くのがわかる。
「その、最後までいってないんだけど…ちょっと…胸触られた」
「殺す」
間髪入れずに聞こえたのは母の声だ。
同時にガタリとシフトと母が立ち上がる。
ストッパーになると思っていたガイは全然そんな気配すらない。
「こら。2人ともまだ座っていなさい。最初に話が終わるまで席を立たないと約束しただろう」
父は淡々としているが、声が怒ってる。
それに答えるように真横のシフトから淡々とした声がする。
「師匠は約束したけど、俺はしてない」
…そうだっけ?確かに母だけに注目してて、シフトはうんともすんとも言ってなかった気がする…。
シフトを見ると、パチリと目が合った。
普段ならにこにこしながら絶対に話しかけてくるのに、今は私から視線を反らした。
「シフト。落ち着きなさい。まずは状況確認からだ」
「状況確認?過去の出来事に状況確認なんてできない。そんな無意味な事をするより殺した方が早い」
「私怨でか?騎士団団長が聞いて呆れるな」
父が鼻で笑う。
ピリピリとした殺気が、父とシフトの間に流れている。
父はため息をついてから、同じようにこちらを睨んでいる母とシフトを順番に見た。
「私が今の話を聞いて腹が立っていないと思うか?大事な愛娘だ。私だって殺してやりたい。が、私怨はダメだ。それはみすみすネジを他国に取られる理由になる」
私怨で殺せばこれ幸いと、隣国は無茶な要求をしてくるだろう。
最悪、魔力封じの腕輪も魔術無効化液も、特許を取り下げる事になるかもしれない。
私の白魔女の価値も、多分跳ね上がる。
そうしたら、全面戦争だ。
「…シフト、座れ」
ちょいちょいとシフトの袖を引く。
シフトは私を見て、本当に嫌そうに舌打ちをしてから、また椅子に座った。
そんな嫌そうな顔しなくてもいいと思う。
「ネジ、その時の状況を説明できるか?」
シフトが座ったのを確認してから、父が尋ねてくる。
その声に、申し訳なさと、気遣う気配が混ざっている。
「うん。……でも、5年前なんだ。忘れてる事もあると思う」
今でも時々夢に見る。
だけど、その前後は、あんまり記憶にない。
「構わない。話せる所だけでいい」
とんとんと、父は背中を叩いてくれる。
それに励まされるように、口を開いた。
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