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【※ご注意】本話には、強姦未遂を想起させる描写が含まれます。苦手な方は閲覧にご注意ください。
ソファーに馬乗りになった男の身体が重い。
片手で両腕をガッチリ掴まれてその遠慮のない力に手が抜けない。
下卑た笑いと、ギラつく視線に、怒りと恐怖がせり上がる。
離せ、と叫ぶ筈の声は、恐怖で歯の根が合わないカタカタとした音にしかならなかった。
それを、ねっとりとした顔で眺めてくる。
自分が絶対的な強者で、今この場で私をどうにでもできると、ギラついたその目が語っている。
自分の事しか考えていない、欲望に塗れたその視線。
怖い。その人としての純粋な恐怖は、全身を震わせる。
暴力や、魔獣に対する生存の恐怖とは違う。
これは、私の尊厳を破壊する。
その警鐘が鳴り響く。
男の薄い身体が近付いて、舌が首筋を舐める。
ザラリとしたその熱いものに、嫌悪と憎悪が膨れ上がる。
自由な片手は、服を捲り、他者が触れた事がない胸の膨らみへと伸びていった。
パチリと目を開けて飛び起きる。
暗い部屋の中は、自分の部屋だ。
張り付いた汗が気持ち悪い。
乾いた喉は水を求めているのに、蘇った記憶に、身体は動かなかった。
慰めるように、両腕で自分を抱きしめる。
ここは、私の部屋。
ここには、誰もいない。
あれは、過去の事。
言い聞かせるようにきつく目を閉じて、深く深く息をつく。
カーテンの隙間から見えた空には、月に微かに雲がかかっていた。
魔術管理部門へ通い出して10日。
変人狂人の魔窟では、大人しく猫を被っている事なんてできないだろう。
初日こそ大人しかったユリは、今や、魔術管理部門のオカンと化している。
「ちょっとー!!!ここに魔術液置いとかないで!!ショー!!!食べ終わった餌は捨てる!放置しない!!」
ガイの指定した私の血を混ぜ込んだ魔術液、通称魔術無効化液は、マヤを主体に魔術管理部門の職員総出で作っている。
女性のメインも含めて、徹夜しながら作っているからか、着替えの服や、食べカス、使った食器や、焚き火の跡なんかが、そのまま残っていて、すっかり野宿じみている。
それを見かねたユリが、仕事の合間に洗濯したり掃除したり、時々料理もしてくれる。
マジでオカン。
それも口うるさいタイプのオカンだ。
「……チッ」
「舌打ちしない!ショーが出したんでしょうが!」
ショーは魔術管理部門にいる竜、名前をオウドというけれど、その餌の残りを不満げに眺めた。
ショーはあまり口数は多くない。
嫌そうにユリを睨むけれど、渋々餌を片付け始めた。
同じように魔術液を片付けだしたマヤは恨めしげにユリを見る。
「ねぇ、ママ。あんたの旦那の要求、マジキツいんだけど」
「誰がママよ!あとまだ旦那じゃないから!」
「へぇー…まだ、なんだ?」
ニヤニヤと人を食った顔は流石、この魔窟にいるだけある。
「うるさい!バカ!」
年相応の可愛らしい反応に気を良くしたのか、マヤはここぞとばかりに煽っていく。
「ねぇ、結婚式には呼んでくれる?楽しみにしてるからさー」
「…………あんたこそ、メインと早くどうにかなったら?」
ユリも強くなったなぁ。
言い負かされるだけでは終わらなくなった。
「自分が上手くいかないからって、やっかまないでよね?」
「ああん?」
ピキッとこめかみに青筋を立てるマヤから、『ふんっ』と顔を背けて、ユリは私の前に座る。
腕輪に魔術陣を彫りながら、チラリとこちらを見てきた。
「…ねぇ、あんた、結婚するの?」
「………は?」
突然何を言い出したんだ、コイツ。
まるでシフトみたいだ。
なんなんだ、年頃の娘って皆こんななのか?
愛とか恋とか結婚とか……。
そんなに男に頼って生きたいのか…?
「…お前、そんな結婚したいの?」
「なんであたしなのよ。あんたの話をしてんでしょ」
「意味わかんねぇ。しねぇし」
どいつもこいつも結婚結婚って煩い。
相変わらずシフトは顔を見れば『結婚しよ?』だの『ずっと一緒にいようね?』だの『いつ挙式する?』だのと、狂いまくった脅迫まがいの質問ばかりしてくる。
その度『しない』の一点張りの答えなのに、よく飽きないなと感心してしまう。
「……そうよね…。しないわよねぇ…」
ユリはうんうんと頷く。
マジでなんなんだ。
わかってんなら聞くな。
「なんで?お前、ガイと結婚の話でも出てんの?」
「えっ…」
「え?マジ?出てんの?」
ピタリと固まってしまったユリを驚いて見つめる。
さっきの『まだ』は願望を込めただけのものじゃないんだろうか。思わず身を乗り出してしまう。
「え、いや…出てない…」
「…なんなんだ、その思わせぶりな感じは」
気まずそうな顔のユリへ顔を顰めてしまう。
聞いてほしいのかそうじゃないのか、はっきりしてほしい。
「あたしの事じゃなくて。……あのさ、噂で聞いたんだけど」
どこか声を潜めるようにしてユリは私に顔を近付ける。
「…ゲラン・アパタイトって、知ってる?」
ゲラン・アパタイトは5年前、この国に居た。
隣国の、外交官の息子。
父親がこの国に駐在することになって、その赴任の2年間、一緒に駐在していた。
私達の住む街は王都の隣にある。
外交官とその家族が駐在している、この国の家からは近くも遠くもない距離だった。
だから、ゲランは時々私達が集まる子供同士の交流に参加していた。
最初の1年はガイとシフトもいた年だった。
2年間の赴任の、最後の年は、シフトもガイもいなかった。
シフトは騎士団に無事入団して、その独身寮で暮らすようになった。
ガイは18歳の誕生日すら待てなかったのか、シフトが入団してから数ヶ月後には、この街を飛び出して行った。
私は、ゲランと同じように、時々子供同士の集会に顔を出していた。
今思えば、それは、本当に隙だらけで、危機感のない、絶好の的だったと思う。
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