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「…それで?何が欲しいんだ?」
機嫌悪くシフトはガイを睨む。
ガイは母が頷くのを確認すると、雰囲気を一変させて、明るく笑った。
「心配しなくても、そんなに無茶な要求しないって」
「えぇ…?ほんとにぃ?あんたのことだから、魔力封じの腕輪、横流ししろとか言わない?」
「言わない言わない」
ハハハとガイは軽く笑う。
さっきまでのバチバチの喧嘩状態から、よくこんな簡単に切り替えられると感心してしまう。
「っていうか、くれるなら貰うけど」
「あげるわけないでしょ、馬鹿」
はぁー……と深く長いため息をついて母は頭を抱えてしまう。
「ほんと最悪…。あんた、まだ22でしょ?どうやったらこんな図太くなれんのよ…」
「ハハハ。揉まれに揉まれまくってきたから」
「国相手にこんだけ脅迫できんなら無駄じゃなかったわね…」
心底嫌そうに呆れて果ててから、母はもう一度息を吐き出す。
それから気持ちを切り替えるように頭を振ると、コツコツと机を指で叩いた。
何かを思案して、口を開く。
「ユリの安全確保は?」
「ヤダなぁ。それはユリの権利じゃん。ユリだけタダ働きするのは違うだろ?」
ユリだって手伝ってるんだから、確かに一理あるかもしれないけど。
ユリは急に名前を出されて、びくっと肩を揺らした。
「あの…あたし、別に…」
「ダメ。うちの従業員だから、タダ働きは許さない」
「えぇぇ…」
困惑するユリとは別に、母は舌打ちする。
「じゃ、私達の魔術研究の知識と成果にでもする?」
なかなかに破格の対価だと思う。
でもガイは悠然と首を横に振った。
「要らねぇな。…俺達はレジスタンスだってわかってる?魔力なんかねぇのに、そんなん貰って何が嬉しいんだよ」
「チッ。本当に食えない男になっちゃって」
母は忌々しそうにガイを睨めつける。
ガイは嬉々としてそれを眺めてから、急にマヤを指差した。
「そんなんより、俺、マヤに作って欲しいのがあるんだよなー」
「ん!?俺か!?」
マヤはさっきまでガイと上司と騎士団団長だけの話だったのに、急に指差されてユリのようにギョッとした顔をした。
白けた顔で腕輪を作っていたのに、今度は訝しげにガイを見返した。
「俺に何作れっての?」
「お前もきっと乗り気になると思うんだよね。…魔力が血に宿るんなら、ネジの血を混ぜ込んだ一過性の魔術無効化の液体とか作れると思わない?」
「……え、めっちゃ面白そう!」
「だろ?俺、これができるなら、それで手打ちにするんだけどなぁ?」
ニヤリとガイは母に向かって笑う。
「………最っ悪!」
「別に他に俺が頷く対価があるならそれでもいいけど?」
人の足元見てる。
マジでコイツ、悪徳商人だな。
「………ないわよ!もう!わかったわよ!それでいいわ!」
「お、交渉成立じゃん。…マヤ、それ、この腕輪を卸すまでに完成させてね?マヤのその液体ができない限り、卸さないからね?」
「超特急で作りなさいよ、マヤ!」
ガイと母から責めるように急かされて、マヤは一瞬顔を顰めたものの、好奇心の方が勝るらしい。
興味津々に私を見てきた。
「白魔女の血を練り込んだ魔術液……超滾る」
「言い方が気持ち悪い」
冷ややかに睨むと、マヤはニンマリと笑った。
「これで合法的にお前の研究ができる!」
「………全然嬉しくないのに、興味ある…」
マヤに研究されるのは癪だが、白魔女の血自体には私も興味があるのだから困ったものだ。
憮然として言うと、殺気の籠もった視線が
突き刺さってくる。
無言でガイと母のやり取りを見ていたシフトが、無表情でこちらを見てくる。オーラが見えるなら絶対黒。それもどす黒いやつ。
「……ネジの血が入った魔術液…」
ぼそりと呟いただけなのに、声に籠もった怨念が、周囲に渦を巻くようだ。
「そんなブチギレなくても。別に血じゃなくてもいいけどな。俺はとにかく、魔術を一時的にでも無効化する液体があればいい」
「血で血を洗う抗争でもする気か?」
冷ややかに問う声は、騎士団団長として、これからを危惧してのことだろう。
「まさか。一過性の液体だけでそんな事できるわけねぇじゃん。一時凌ぎだろ?」
「レジスタンスがそれを持つ事自体が危険性を孕んでる」
「へぇ。じゃ、騎士団が大手を振って検挙できるようになるんじゃね?」
まるでそんな事できないと、頭から決めつける様子がよくわかる。
めっちゃ煽るじゃん。
コイツ、やべーな。
シフトは額に青筋を立てて、ガイを睨む。
ガイは躱すようにヘラヘラとした笑顔を見せた。
「何度も言うけど、俺、レジスタンスなわけよ。魔術管理部門に入り浸るのがどんだけ綱渡りかわかる?これくらいの成果ないと俺も立つ瀬がないんだよなぁ」
「それはガイの問題だろ」
「まぁな。別に同情しろって言ってるわけじゃねぇし。でも俺にも立場があるからな。遠慮なんてしてらんないわけ」
にっこりとガイは笑う。
それから、立て続けにシフトに要求を続ける。
「魔術管理部門からは白魔女の魔術液。…で?騎士団は何くれんの?」
「強欲だな」
「当然の権利だろ?なんでお前らだけ何にも無しで済むと思ってんの?」
忌々しげにシフトは舌打ちをする。
「ガイのことだから、欲しいものは決まってるんだろ?」
「流石。話が早くて助かるなー」
にこにこと機嫌良く笑って、ガイは机の上に無造作に置いてあった印章を手に取る。
「この魔術液、許可制でいいよ」
「……何企んでる?」
せっかくもぎ取った魔術液をわざわざ許可制にする必要はない。
商会の商品として堂々と売る事ができるし、その方が汎用性も高い筈だ。
それをわざわざ許可制とは、シフトと母が眉を跳ね上げるのもわかる。
「なんだよ?じゃ、そのまま売る?俺はそれでもいいけど。親切で言ってやってんじゃん」
絶対親切じゃない。
裏があるに決まってる。
「…わかった。じゃあそれは許可制だ」
「ただし、許可するのは俺だからな?」
「…あ?」
「当たり前じゃん。魔術液を買い取りするのはホワイト商会なんだから、販売許可もこっち持ちだろ?…でも、俺は善良な一般人だからな?誰に販売したか、お前に毎月知らせてやるよ。善意で」
ガイはそれはもうにこにことご機嫌だ。
完全に煽ってる。
「無意味だな。個人で買う人間ならまだしも会社で買ったら意味ねぇじゃん」
会社で買えば、個人の特定はできない。
実質今までと変わらずレジスタンスが誰かはわからないのに、レジスタンス側は合法で魔術液を持てる。
思わずツッコむと、ガイはニヤリと笑ってシフトを見る。
「これは善意の提供だぞ。お前が要らないってんならそれでも構わないし」
足元見てるなぁ。
ほぼ無意味でも、シフトは貰うだろう。
それはレジスタンス以外の人間が、魔術液を持って危険を犯さないように注視する必要があるからだ。
「そうか。じゃ、有り難く貰おう」
「お、素直じゃん。…で、肝心のお前らへの対価なんだけど」
ガイはそこで言葉を区切ってもう一度印章を見る。
そこに底知れない悪巧みがあるとしか思えない。
「この魔術液、危ないだろ?だから、検問で開けちゃマズイよな?」
「回りくどい」
「この魔術液を運ぶ箱はパンドラボックス。つまり、検問スルーにしろ」
ぶっ込んできたなぁ…。
そんなの、その箱に何を入れてもわからない。実質騎士団の目の前で、悠々と武器や危険物の密輸ができるのと一緒だ。
「……ふざけんな。許可できるわけない」
騎士団としては当然だろう。
シフトの怒りも尤もだ。
「えー?じゃ、交渉不成立だな?ここまでやったのに。ネジ、残念だったな。魔力封じの腕輪は幻の産物だ」
「えぇぇー…」
こんだけやったのに?
「じゃ、お前との共同開発事業は無しにしたらいいじゃん」
「それは却下。共同開発事業なんだから、一方の言い分だけで契約破棄なんて、できるわけねぇじゃん。俺は今のとこ、この事業から降りる気ねぇし。お前も共同開発なんだから勝手に他に売ったり情報提供したり、ましてや他に乗り換えて腕輪とか作るなよ?」
ジロリとガイに睨まれる。
契約したのは私だし、ガイの言い分は間違ってない。
不満ではあるけれど、頷く以外の選択肢はない。
「さて。どうする?交渉不成立でいい?」
「…………わかった。そのパンドラボックス、許可する。ただし、条件はつける」
「ふぅん…どんな?」
面白そうにガイはシフトを見る。
「その魔術液の小瓶を、その腕輪が入っていた箱に入れること。多分、箱の大きさからして一杯に詰めたら大体20㌔前後の筈だ。許可する箱は21㌔以内。事前に重さを申請して1グラムでも相違があれば、パンドラボックスの特約は即刻無効。その場で検問する。魔術液しか入れないんだろ?重さが違ったら見ても問題ないよな?」
ジロリとシフトはガイを睨む。
ガイは暫く考えてから、首を横に振った。
「ちょっと厳しすぎじゃね?秤のクセもあるだろうし、そもそも騎士団の秤だって間違ってる事もあるかもしれないだろ?…1グラムの相違じゃなくて、前後1㌔。これでどう?」
「前後200グラム」
「ヤダよ。800」
「350」
「500」
「…………わかった。じゃあ前後500グラム。相違したら検問。反逆罪だな?」
「中身に違法があるならホワイト商会の問題だろ?俺個人は反逆罪じゃなくね?」
「ならホワイト商会は即刻解体だな」
バチバチだな。
成る程、これが権力闘争なのか。
母とガイの時も思ったけれど、誰がどんな利権を取るか、その重要性を考えた事がなかった私には、なかなか勉強になる。
「…ふぅん…。まぁ、お前の言う事も一理あるよな。でもさ、お前だけ条件つけるのもフェアじゃないと思うんだよね?」
コイツ、まだふっかける気かよ…。
図々しいのもここまで来るといっそ感心するな。
「500グラムの前後誤差、ミスったら商会解体…。随分な条件じゃん?これは魔術液を運ぶ荷馬車は最優先で簡易検問にしてもらわないと割に合わないよな?」
「あ?」
「何も全部の荷馬車を最優先簡易検問にしろとは言わねぇよ?…そうだな、白魔女の魔術液を乗せた荷馬車には目印として、王室御用達の紋章をつける。その荷馬車だけは最優先で、すぐに通れるように簡易検問にして?」
にっこりとガイは笑う。
っていうか、どさくさに紛れて『王室御用達』の看板も貰ってるじゃん。
マジですげぇ、ふっかけるな。
「王室御用達の紋章は管轄外だから無理」
「じゃ、クレメンス侯爵家御用達の紋章でいいよ」
ピキッとシフトのこめかみに青筋が立つ。
「これならできるよな?……パパに頼んでね、坊っちゃん?」
「マっジで、性格悪いね」
にこりとシフトは笑う。
人間って、怒りを通り越すと笑うんだな。
「そんなに大事に輸送したいならクレメンス侯爵家の私兵が護衛してあげるよ?」
「馬鹿なの?そんなの、ここに重要な物が入ってまーすって触れ回ってるのと一緒じゃん。普通の荷物と一緒に普通の荷馬車にしないと意味ないだろ?」
「普通の荷馬車ならクレメンス侯爵家御用達は要らないんじゃない?区別なら他の方法でもできるよね?」
「ハハハ。シフト、騎士団団長だろ?その御実家の御用達の荷馬車をわざわざ狙う極悪人なんているかな?」
最早お前がその極悪人だけどな。
自分の事、棚に上げすぎじゃないか。
「………わかった。じゃあその条件でいこう。これ以上はお互いもう異論も条件もなし。いいよね?」
「オッケー!いやー、楽しい話し合いだったな!」
それはもう満足そうにガイは笑う。
多分、ガイしか楽しくなかっただろう。
母は白けた顔でガイを見ているし、マヤもドン引いている。
ユリに至っては張りつめていた緊張が解けたのか、机に顔を埋めている始末だ。ぐったりとした様子は、恋人の暴挙に胃を痛める苦労人そのものだった。
「何にも楽しくなかったけどね?…本当に、全く、1ミリも楽しくないし、怒りしかないよ?」
ゆっくりとシフトは言い聞かせるようにガイを睨む。
ガイはそれをヘラヘラと笑って受け流す。
「ハハハ。そうカリカリすんなよ。坊っちゃん?」
煽ってる。
最後の最後まで、どんだけ煽るんだ、コイツ。
「ガイに坊っちゃんって言われると吐きそう。……ねぇ、ガイ、夜道に気をつけてね?」
「ご忠告ありがとう」
にっこりと笑ってガイは頷いた。
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