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 貴族令嬢のいる前で、あんな事したのは軽率だった。

 あの一連の出来事は瞬く間に広まった。


 『騎士団団長が、白魔女を溺愛している』

 『なのに、白魔女は騎士団団長を駄犬扱いしている』

 『騎士団団長の耳を折って連れていった』


 そんな噂が飛び交う。

 ……いや、折れるわけなくね?

 騎士団団長っていうか、普通に男の耳が折れる程の馬鹿力なんて持ってねぇし。


 でも嘘ばかりでもない。

 微妙に否定できないその噂を、シフトは嬉々として肯定しているらしい。

 

 あの日シフトは終始にこにこご機嫌で私を家まで送り届け、そして次の日からの予定をガイとユリに伝えた。

 ガイは、非常に不満そうではあるものの、ユリが頷いたから仕方なく一緒に来ることにしたらしい。

 思っていた以上に、ユリの事が大事で堪らないらしい。




 そして、今。

 魔術管理部門のあのだだっ広い草原で、ガイとユリはメインと一緒に魔術陣を描いている。

 そこに、手伝いもしないのにデリカが座って、うっとりしながらガイの腕を触っている。


 「ああ…この筋肉質な腕…いいね…惚れ惚れするなぁ…」


 「ハハハ。やべーな」


 ガイは乾いた笑いを浮かべてはいるものの、邪魔にならなければ、別にいいらしい。

 ガイは魔術陣を腕輪に彫りながら、ユリへと視線を移す。


 「ユリ、それ取って」


 「これ?はい」


 「さんきゅー」


 淡々とした姿は恋人同士ではなく、完全に同僚だ。

 それを横目に、魔術陣を彫った腕輪に血判を押す。

 魔力を込めるのは、これが一番手っ取り早い気がする。

 魔力は血に宿るから。私の白魔女の血判はもうそれだけで核の魔力になる。

 デリカは魔力そのものを研究しているから、できあがった魔力封じの腕輪を面白そうに手に取って眺めている。

 片手でガイの腕を撫で回しながら。


 「ちょっと、やめてくれる?変態」


 擽ったかったのか、ガイは嫌そうにデリカの手をつねる。


 「おや。気に障ったかな?ごめんよ?」

 

 「おー。じゃ、撫でんな?」


 ハハハ、とガイは笑う。その目は笑ってないけど。

 

 「それはちょっと…。解剖しない代わりに触って確かめたいんだ」


 にこりとデリカは笑う。

 デリカは中性的な美青年の見た目だ。もう結構年もいってる筈だけど。母もデリカも年を取らない魔法でも使ってるのかと思うほど、若々しい。別に魔法でもなんでもなく、ただの若作りだけど。


 「マジかー…。やべー上にキモいな」


 「ガイは顔もいいね。僕、美しいものが好きなんだ。それを解剖してる時が一番興奮する…」

 

 「怖い怖い」


 ドン引きしながらガイは乾いた笑いを浮かべる。本気で怖いのではなく、単純に気持ち悪いと思っていそうだ。


 「はぁ…。死んだら解剖していい?」


 「それはユリに聞いて」


 突然水を向けられて、ユリはドン引きながらも顔をデリカに向けた。


 「あ、恋人なんだっけ?そっかー…じゃ、ユリちゃんも一緒に解剖してあげるね」


 「それはダメ」


 完全なる善意で言ってる所が狂人だ。

 ガイの拒否にデリカは残念そうな顔をする。


 「ユリちゃんも顔が良いのに…。解剖できないのか…。ねぇ、じゃ、ガイの死体くれる?」


 めげねぇな。

 最早コントみたいな発言に冷ややかな視線を向けてしまう。


 「ダメです。…っていうか、仕事しなくていいんですか!?暇なら手伝って下さい!」


 「え?なんで?」


 「はぁー!?寧ろ私がやってる方がおかしいんですよ!?私、魔術管理部門の職員じゃないし!私は白魔女反対派の両親から生まれてるのに!魔力封じの腕輪を作ってるなんて、どう考えてもおかしいでしょ!?」


 確かに。

 ユリ、最初は私に敵意剥き出しで攻撃してきたのに。しかも白魔女がいるから戦争が起きると思ってたのに。

 

 「世の中って不思議だよなぁ…」


 思わずしみじみ呟いてしまう。

 

 「ネジ、オッサン臭」


 茶化すようなガイの反応に、白けた視線を向けてしまう。


 「お前に言われたくない」


 「ハハハ。可愛くねぇー」


 「お前に可愛いと思われたい、って思ったことねぇし」


 全くない。一度もないな。

 冷ややかな視線を向けると、ガイはニヤリと笑った。


 「…ふーん…。じゃ、シフトならあるわけ?」


 「ない」


 「えー?ほんとにぃ?貴族令嬢に向かって宣戦布告したんだろー?」


 「………は?」


 何の話かわからない。

 不審に思いつつガイを見ると、ユリが横から口を出す。


 「あたしも聞いた。あんた、サラ・キングスレーとシフトを取り合ったんだって?」


 「はぁー!?」


 素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方ないと思う。追い打ちをかけるように、今まで静かに魔術陣を彫っていたメインも顔を上げて言う。


 「私も聞きました。騎士団長がサラ・キングスレー侯爵令嬢と話しただけで、怒って駄犬扱いしたって」


 「………へぇー…。ネジにも嫉妬心があるんだねぇ…」


 目を瞬かせて、心底驚いた顔をしてデリカがこっちを見てくる。

 それに、イラッとする。


 「違う。あれはそんなんじゃない」


 確かにあの時イラッとはしたけど。

 それは、嫉妬心なんかじゃない筈だ。


 「向こうがマウント取ってきたから、やり返しただけだし」


 「えー?いちいち?そんなマウント返しする?」


 「お前だって売られた喧嘩は全部買ってんだろ」


 茶化すようにニヤニヤしてくるガイに向かって冷ややかな視線を向ける。


 「まぁね。男の世界はマウント合戦だから」

  

 「…これだから猿山の猿は」


 舌打ち混じりに睨むと、ガイはにやりと笑う。


 「マジでそれ。どっちが上か、それが一番重要」


 「下らない」


 心の底からそう思う。

 上も下もあるわけないのに。

 その構造は魔術師とそれ以外の構造と何が違うのか。

 どの口でレジスタンス、平等を語るのか。


 「そう軽蔑すんなよ。…こればっかりは仕方ねぇんだって。男は皆バカだからさー」


 「都合の良い言い訳だな」


 ジロリとガイを睨む。ガイは全く答えた風もなく、面白そうに見返してきた。


 「お前だってマウント返ししただろ?同じ穴の狢だな?」


 「……チッ」


 「舌打ちデカ」


 ケラケラと笑うガイをもう一度睨んで、仕事に戻る。

 血判はまだまだ沢山必要そうだった。






 母が戻ってきたのは、ガイとユリが魔術管理部門で腕輪を作り出して3日目だった。

 すっかり慣れて、腕輪の生産も順調だ。

 母はその間、一度だけほんの数分立ち寄っただけで、後は書類仕事に会議、魔力テストをどのタイミングでやるか等の他の仕事を別部屋でマックとこなしていた。

 

 そして戻ってきた今、何故いるのか、シフトと連れ立って帰ってきた。それを見て、ガイがニンマリと笑う。

 その悪人じみた顔は、キツネが舌なめずりでもしているようだ。

 何を企んでいるのか知らないが、碌な事じゃないな。多分。


 「…あら。大人しくやってるじゃない」


 母はガイとユリを見て意外そうな顔をする。

 ガイはそれににこりと笑った。

 

 「オバサンとシフト、なんで2人で来てんの?」


 …マックが聞いたら発狂しそうだな。

 今日は丁度休みらしい。

 母を崇拝しているマックは常々『部長と結婚したい。2番手の間男でもいい』と公言している。娘の私の前でも言う辺り、かなり節操がない。


 「たまたまよ。っていうか、シフトがいるのがおかしいのよ。帰ったら?」


 冷ややかに母はシフトを見る。

 その剣呑な視線に、機嫌の悪さを感じる。

 でもシフトは別に気にならないらしい。


 「ネジが一緒なら帰る」


 「却下。仕事中」


 コイツもブレねぇな。

 シフトは魔術管理部門で腕輪を作ることに未だに納得していないらしい。

 草原に机と椅子を出して作業をしているのは、ガイとユリ、それに私と今日はマヤだ。

 魔術管理部門の職員はそれぞれ自分の研究と仕事があるから、毎日交代で一人ずつ腕輪の作成に参加している。

 マヤはメインにちょっかいをかけるのが好きなだけで、メインがいなければ比較的淡々と作業している。

 さっきまでガイはマヤが作った豚になる薬を興味深そうに聞きながら、手を動かしていた。

 

 ガイはちょいちょいと2人を手招きした。


 「…なぁなぁ、ちょっと話があんだけど?」


 「えぇ…ロクな事じゃないわね?」


 嫌そうに母は顔を顰める。

 絶対そう。

 私が母の立場でも顔顰めてる。


 「いや、お前も何他人事みたいな顔してんの?」


 ハハハ、とガイは笑いながら私の持っていた腕輪を取り上げた。


 「なんで?母さんとシフトだけじゃ不満だってか?」


 「当たり前じゃん」


 「げぇ」


 このにこやかな顔。

 絶対面倒に違いない。


 「俺、回りくどいの嫌いなんだよね。単刀直入に言うんだけど、オバサンとシフト、俺に何くれる?」


 「………は?」


 全く意味がわからない。

 なんで母とシフトの2人がガイに何かを与えないといけないんだ。

 何言ってんだ、コイツ。


 「……ちょっと意味がわからないわね。何故私が、あんたに何かあげる必要があるわけ?」


 母はこめかみを押さえてため息をつく。

 わかる。

 シフトは冷ややかな視線をガイに向けている。


 「ガイ、もしかして魔力封じの腕輪を作る事への対価を請求してる?」


 「あー…成る程」


 そうだよな。ガイがタダで働く筈ないよな。

 そうは思ったけれど。


 「いや、待て待て待て。お前、私と独占販売契約しただろ!?」


 「したな」


 ニンマリとガイは笑う。

 その悪徳商人の不敵な笑いに、ドン引かずにはいられない。


 「……え、ちょっと待って。独占販売契約ってなに?」


 母がピタリと動きを止める。

 ジロリとこちらを見てきた。


 「ガイ、ホワイト商会の社長なんだって。だからそこに一旦卸してそこから魔術管理部門と騎士団に卸す契約」


 「したの!?」


 「うん。特許申請するの面倒って話したらやってやる代わりに独占権寄こせって言われたから。…卸す所は魔術管理部門しかない、って契約書にもちゃんと明記してあるぞ?」


 「えぇぇー……バカ…」


 母は頭を抱えてしまう。

 それからジロリと私を睨んできた。


 「もう!あんたのせいでこのバカの話を突っぱねる事もできないじゃないの!このバカ娘!」


 「えぇ……そんな事言ったって、腕輪はガイのとこから卸してるんだし、共同開発事業でもあるじゃん」


 「そうそう。これ、立派なビジネス契約だし。…オバサンもシフトも、俺が卸さない限り魔力封じの腕輪、使えないな?」


 「えぇ…?じゃ、お前は何のために腕輪作ってるんだよ?」


 卸す所は魔術管理部門しかない。

 それなのに、卸さない、と何故強気に言えるのかわからない。


 「ネジ、もうちょっと世の中学んだ方がいいんじゃね?特にこういう権力闘争とか。もうちょっと興味持てよ」


 「全く興味がわかないが?」


 「知ってる。だから俺みたいのに上手く踊らされるんだよ」


 心底馬鹿にした顔でガイはせせら笑う。

 それは非常にムカつくが、母とシフトの様子から見ても反論できなさそうだ。


 「卸さないと、俺の所には金は入ってこない。でも別にそんなの、俺は痛くも痒くもないんだよ」


 「……?じゃ、ボランティアなのか?」


 「お前、俺がボランティアするような殊勝な人間に見えんの?」


 「全く見えないな」


 「だろ?だからそれに代わる対価を寄こせって言ってんじゃん」


 「ふぅん…」


 それならわかる。

 

 「じゃ、お金は要らないのか」


 「馬鹿。いるよ。それはそれ、これはこれ。販売してんだから、金は貰う。でもそれとは別に、俺への対価もいるだろ?」


 「………強欲過ぎじゃね?お金も貰うのに?その上で独占販売なんだから他のメリットも寄こせって図々しくないか?」


 「だから、俺がこの腕輪を作ってる対価だろ?タダで働いて貰おうなんて、そっちの方がよっぽど図々しいだろ?」


 「でも共同開発事業って事はお前が作って売るのは当たり前だろ?」


 「うちは受注生産だから。国が作ってっていったから作る。でも作ってるのは俺自身なんだから、俺個人に対価がないのはおかしいだろ?」


 「すげぇ屁理屈じゃん…」


 びっくりする程、図々しいな。

 

 「……じゃ、お前は作らないで見てればいいじゃん」


 「別にそれでもいいけど。…でもオバサンとシフトは俺が野放しになるの、嫌だと思うなぁ」


 にやりとガイは笑う。

 よくわからなくてガイを見ると、さっき取り上げた腕輪の魔術陣を指差した。


 「この魔術陣って超レアだろ?俺は魔力封じの腕輪はここにしか卸さない契約はしたけど、この魔術陣を知ってるし、書ける。…わかる?」


 「全然わからんが?」


 「本当に権力を知らねぇな。いいか?白魔女の魔術陣。そんなレアなもの、他国だって欲しがるに決まってる」


 「は?使えないのに?」


 白魔女は多分、私しかいない。

 だからそれは私が魔力を込めないと無意味な筈だ。


 「それは今だけだろ?今後、お前が死んだら他の白魔女が出るかもしれない。その時、この魔術陣があれば、世界は意のままじゃね?」


 「遠い未来かもしれないのに?」


 「それでも欲しがるのが、権力者って奴らだよ。…後は単純に、お前を拉致監禁したらもっと早く済むしな」


 「…げぇ…」


 物騒な話に顔を顰めてしまう。

 そんな私とガイのやり取りを聞いていた母が、ゆっくりと席に着いた。

 それは交渉の座に着くのと同義に見えるのに、母は悠然と足を組んで、ガイに向かって手を払う。


 その瞬間に、ガイに向かって氷が飛ぶ。

 鋭利な切っ先のそれは、ガイの頬を擦ったのか、そこから血が滴った。


 「…私がお前を殺せばおしまいじゃない?」


 悠然とした笑顔で、言い聞かせるようにゆっくりと言う。

 それにガイはにこりと笑った。


 「でも殺してない」


 その瞬間の空気の凍り付きよう。

 殺気を放つ母とシフトを、ガイは余裕の笑みで見ている。


 くいくいと、ユリが袖を引っ張ってきた。


 「ね、ねぇ…ちょっと…大丈夫なの…?」


 「そんなの、私にわかるわけねぇじゃん」


 「えぇ……」


 ユリは心配そうにガイを見つめている。

 自分がどう出るべきか考えているようでもある。


 「…オバサン、俺がレジスタンスだって知ってるんだろ?俺が死んだら、レジスタンスが動く。他国にこの魔術陣が届くのは時間の問題だな?」


 「その前にレジスタンスを止めればいい」


 シフトの言葉を、ガイは鼻で笑う。


 「止められるのか?レジスタンスの全員のメンバー、居場所、隠れ家、通信方法、その他諸々…。騎士団は全部把握できてんの?」


 それはきっとできていないだろう。

 だから、騎士団は何かが起こってからしかいつも動けない。


 「因みに言っとくと、ユリに危害を加えても一緒だぞ?俺はやると言ったらやるからな?」


 にっこりとガイは笑う。

 それを忌々しげに睨んで、シフトも席に座った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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