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翌日、宣言通り、シフトはまた現れた。
手に役所でもらった婚約届を持って。
それは意気揚々と、嬉しそうに。
昨日、玄関で追い返されたの、記憶にないのか?
マジで、脳みそどうなってんだ、コイツ。
「ネジ!約束通り持ってきたよ!」
何そのお使いちゃんとやりました!みたいな顔は。
頼んでないし、約束もしてないんだが…?
「約束してません。お引き取り下さい」
「そう言いながらもドア開けてるじゃん。ねぇ、入っていいよね?ね?」
「嫌だ。帰れ」
デジャブ!
昨日言った台詞、そのまま言ってる。
なのに、ストーカーはそんなの、まるで意に介さない。
「お邪魔しまーす!」
バァンとドアを無理矢理開けて、シフトは背を屈めてドアを潜った。
マジでヤバすぎる…。
こんなの、押し入り強盗と一緒では……?
「不法侵入で訴えるぞ」
「ええ?どこに?」
あっ、そうだった…。コイツ、騎士団団長だった…。いや、ヤバくないか?
一歩シフトは足を踏み出す。
ぎし、と床がなると同時に、玄関の天井から槍が降ってくる。
私の作ったカラクリ、上手くいってる!
普段人なんて来ないから、作っても発揮する場面がない。
だから今、ちゃんと成果が見れて嬉しい。
でもシフトは降ってきた槍を一瞥もせずに掴み取った。
え、そんなことできる?ねぇ、槍降ってきてるんだけど?のろのろ落ちてきてる訳じゃないんだけど?
なんなの?騎士団団長ってそういうものなの?
せっかく上手くいったカラクリが、シフトのせいで全く意味がないものに思えてきた。
「なんで取るんだ。大人しく当たれよ」
「いやだなぁ。俺、騎士団の団長なんだよ?これくらいできないとやっていけないじゃん。……ねぇ、これで俺が強くなったってわかってくれた?」
「私のカラクリがまだまだだって事がよくわかった」
褒めて欲しくて堪らない犬のような顔をするシフトを冷ややかに睨む。
シフトはにこやかに笑って歩き出した。
5年前まで住んでいた場所だ。
リビングも、台所も、トイレも、シフトはちゃんと覚えているだろう。
目指しているのはリビングらしい。
今通っている廊下の先がリビング。その手前に2階へと続く階段がある。
2階には個室が4つある。
その内一つは今も昔も変わらず私の部屋だ。他の3部屋は今は空室になっている。
シフトは当たり前のように階段を登り始めた。
「は?」
どこ向かってんの、コイツ?
リビングでなく?2階?何しに?
呆気に取られていると、シフトはくるりとこちらを振り向いた。
「ネジ?どうしたの?」
なんで不思議そうなのかわからない。
赤の他人が行く場所は2階じゃなくてリビングじゃないのか?
「お前、どこ向かってんの?」
「何言ってんの?今2階にあるのはネジの部屋だけじゃん」
「何言ってんのはこっちの台詞だよ。普通行かねぇわ!」
他人の部屋に招き入れられてもいないのに入る、その原理なに?
え、やっぱ押し入り強盗なの?
「ええ?そりゃ、赤の他人がネジの部屋に行くのはおかしいけど…」
「………その理屈、理解できてんの…?」
衝撃過ぎる。
え、それがわかってなんで行く!?
「…?だって俺は赤の他人じゃなくて、婚約者じゃん!」
「違うが?」
前提がおかしい。
婚約者でもなんでもない赤の他人だが?
でもストーカーの理屈はやはりおかしいらしい。
「何言ってんの?だって婚約届持ってきたんだよ?そんなのもう、実質婚約者と一緒じゃん!」
にこにことそれはもう喜色満面だ。
やっぱ、脳内回路がおかしい。
「…それは、婚約する予定の人間の話だろ?」
「婚約するでしょ?」
「しない」
私はただの一度も婚約するなんて言っていない。
全てコイツの、脳内の回路がおかしいせいだ。
「いいか。その婚約届はお前が勝手に持って来て、勝手に家に押し入って、勝手に婚約者だって名乗ってるだけなんだ。な?いい子だから、一旦落ち着こうな?」
「ネジ……!俺のこと心配してくれてるの…?………嬉しい!やっぱり俺の事が好きだよね!?」
「そんな事は一言も言っていない」
なんで?どうして?
私の言ってる事、絶対間違ってないし、丁寧に説明してるのに。
なぜ伝わらない………?
「仮に。いいか、仮に、だぞ。もし私達が婚約者だったとしても、未婚の女性の部屋に勝手に入っていいのか?騎士道精神にもとらないのか?」
「騎士道精神って…だって俺、騎士団の団長だよ?つまり、俺がルール、騎士道精神も俺がルールじゃない?」
「違うと思う」
騎士道精神ってそういう事じゃなくね?
いや、騎士道精神自体、知らんけど。
っていうか…その俺がルールって何……?
おかしくね…?
「いや、わかった。わかってないけど、わかった。じゃあ騎士道精神はもういい。でも部屋は入れない」
騎士道精神でも止まらないストーカー団長ってマジでヤバい。
「部屋には下着が部屋干ししてある。お前、見に行っていいと思ってんのか?」
これでどうだ!
私の渾身の引き留める台詞は、けれど、シフトには魅力的らしい。
「えっ…!見たい」
「キモい!」
「くっ………わかった。今回は、諦める」
いや、次なんてないが?
今回はってなに?どういう思考回路なんだよ。
でも、とりあえず、シフトは諦めたようだから、黙っている事にする。
「よし。じゃあ帰れ」
「帰らない。リビングで書類書くまで絶対に帰らないよ?」
「………悪質訪問販売……!」
居座る気満々のシフトにドン引きつつ、階段を降りる。
シフトも大人しく階段を降りてきた。
仕方なく、リビングのダイニングテーブルに座る。
シフトはまるでそこが当然とでもいうように、私の隣に座った。
確かに、昔からシフトの席はそこだった。
でもあの頃はこんな威圧感なかったのに…。
「身体だけはデカくなって…」
ついぼそりと呟いてしまう。
あのか弱い美少年はどこに行ったのか。
なんだか、騎士になって、身体も心も図太く、それはもう自己中心的になって帰ってきたとしか思えない。
それが本人にとっていいかどうかは知らないが、少なくとも今の私にとってはあまり歓迎できる変化ではなかった。
「ネジ、ハイ。ここに名前と、拇印ね!」
シフトは婚約届にしっかり自分の名前と拇印を押印してあった。
ポケットから出した高そうなペンと、朱肉をこちらに渡してくる。
それを見て、書類に視線を移して、それからまたシフトを見た。
シフトは穏やかな顔をしている。
その優しげなお兄さん然とした笑顔に違和感しかない。
「………なぁ、なんで突然婚約なんだ?」
シフトはストーカーだ。
それはこの5年間、ずっとそうだった。
最初は控えめなただのラブレターが、いつの間にか濃くて、重くて、何通も届くようになったし、魔術の監視だって最初は少しだったのが、日を追うごとに時間が伸び、監視の範囲が増えていったけれど、シフトはこの家には決して来なかった。
それは遠くから、全力で私を守ろうとしているようにも思える形だった。
なのに。
昨日突然現れて、急に婚約だの結婚だの言い出した。
まるで何かに急かされるようなその急展開に、疑問を持たない方がおかしい。
じっとシフトを見つめると、シフトはにっこりと笑った。
「流石、ネジ。やっぱり賢いね」
「はぐらかすな。言え」
シフトが困っているのなら、助けになりたい。それは、5年間一緒に暮らし、家族として生活した基盤があるからだ。
愛、それも家族愛とか親愛とかの方だけれど、それ自体はある。でもこの感情は恋じゃない。私はシフトを一人の男として見たことはないから。
シフトはじっと私を見つめ、そして淡々と言った。
「……白魔女狩りが始まる」
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