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 魔術管理部門は、王宮にある。

 王族のいる奥の宮ではなく、執務を行う外の宮の一部が魔術管理部門だ。


 跳ね橋を兼ねた王宮の門には騎士団が門番をしている。

 そこに普段なら居るはずがないだろう騎士団団長が居たら、それはもう大騒ぎだ。

 

 門には麗しの騎士団団長を一目見ようと群がる貴族令嬢が数人。その護衛の私兵が数人。それから、普通に用事で通っているだろう庶民が数人。

 賑やかな喧騒は門に背を預けているシフトに向けられている。


 うん、見た目は良いもんな。

 黙ってればイケメンだし、騎士団団長だし、良い男枠に入れるんだよなー…。

 

 遠くからシフトを眺めて、門番の騎士に、通行証を見せる。

 壮年のオジサンはチラリと私を見て、一度頷いた。


 「はい。通行証を確認したので通って大丈夫ですよ」


 にこやかな笑顔は人好きのする雰囲気だ。

 ペコリと頭を下げて門をくぐる。

 

 シフトは多分、私を待っていたと思う。

 でも私は待てなんて言ってないし、特に用事もないのでそのまま通り過ぎるつもりだった。


 まぁ、勿論、あのストーカーが私を見逃す筈ないのだけど。


 「…ネジ!遅かったね!」


 貴族令嬢もその私兵も野次馬も全て無視していたのに、急に破顔一笑でこちらに駆け寄ってくる。

 それまでにこりともしなかった騎士団団長が、態度を急変させてきたら、それは皆驚くだろう。

 門番の騎士もギョッとしてこちらを見つめている。


 「師匠の所に行くんだろ?俺も行く!」


 忠犬よろしく当然のように真横を歩くシフトを呆れて見返すと、シフトは嬉しそうに笑っている。


 「ネジと一緒に王宮を歩くなんて嬉しい」


 「……?王宮だと何か違うのか?」


 王宮でも村でも変わりなくないか?

 人が歩くのは地面しかないんだし。


 「全然違うよ!ネジは俺のものだって皆に見せつけられるからね!」


 「お前のものじゃないが?」


 王宮でも変わりなく、ぶっ飛んでんな。


 「ネジ、魔術管理部門の人間って、本当にヤバい奴らばっかりなんだよ?ネジがとって食われやしないか心配で心配で…」


 「魔術管理部門の職員もお前には言われたくないだろうよ」


 呆れて見返すと、シフトは嬉しそうに笑った。

 ここ、嬉しそうにする所じゃないと思う。

 

 「俺が守ってあげるからね」


 「………お前、私の話聞いてる?」


 どの流れで守る話になった?

 なんなんだ。王宮は戦場か。

 でも私のその呆れはシフトには1ミリも届かない。

 シフトはそれはもうニコニコで宣言通り、魔術管理部門までついてきた。

 コイツの仕事と責任感はどうなっているのか、関係ないけど、心配になってくる。





 魔術管理部門は、王宮の一室にある。

 そのいかにも王宮のものといった重厚な扉をノックすると、ギィーと重そうな音を立てて扉が開く。

 扉を開けた人物は、私とシフトを見てペコペコと頭を下げた。


 「あ、あ、あ…」


 いや、どもりすぎじゃないか?

 オドオド、キョロキョロして扉の前でビクビクしている。

 …なんで開けたんだ。そんな感じなら椅子にでも座っていればいいと思う。


 「あう…うう…」


 「…………ここ、魔術管理部門だよな…?」


 なんとなく不安になってシフトに顔を向ける。シフトは扉を開けた人物を虫けらでも見るように眺めてから、私に向かってにっこりと笑って頷く。

 温度差で風邪引きそう。


 「そうだよ。師匠は…中にいるのかな?」


 目の前の人物を無視してシフトは少ししか開いていない扉を無理矢理押し広げる。

 いや…それもどうなんだ。

 強盗かよ。


 「師匠ー!いますかー!」


 「あ、あ、あ…」


 シフトの騎士団で鍛えたであろうデカい声に、扉の前に立つ人物がまたもや変な声を出す。

 この人物は、フードを目深に被っていて、男か女かすらわからない。

 『あ』とか、『う』とかしか言ってないから声の感じもよくわからなかった。

 猫背で黒いフード付きのローブ姿は物語に出てくる老婆の魔女のようでもあり、賢者のようでもある。

 チラリと顔を向けると、フードの中の目と目が合う。

 その瞬間、ローブごと、後に飛び退った。


 「ひ、ひぇ…」


 そんなにビビらなくても良くないか?

 白魔女は確かに魔術師から見たら異質だし、嫌悪の対象でもあるけれど。

 

 「………別に取って食いやしないのに…」


 ぼそりと呟くと、その声が聞こえたのか、ローブの人物はぶんぶんと手を振った。


 「あ、あ、あ…あの、違う、違う。その…し、白魔女、おら、初めて見ただ…。あの、あんまりにも綺麗だっけもんで…」


 「…悪意じゃないのか?」


 「あ、悪意だなんて、とんでもねぇ…!あんまり綺麗だっけもんで、つい見惚れちまっただよ!その…あんた、別嬪さんだだねぇ…」


 っていうか、方言凄くね?

 内容より方言が気になって仕方ないんだが。


 「…は?何言ってんの?ネジは綺麗だけど、俺のだから。……ネジ、こんな陰気そうなヤツより師匠探しに行こ?」


 冷ややかにローブの人物を睨んで、シフトは腰を屈めて私と視線を合わせる。下から上目遣いしてくる辺り、自分の顔の使い方をよくわかってる。


 「お前な…。探すより聞いた方が早いだろ。…なぁ、母さん…でわかるのかな?えーと…魔術管理部門の部長はどこにいるか知らないか?」


 シフトは私とローブの人物の間に割り込んで来ていたから、ローブの人物はシフトで隠されていた。

 それを横にズレてローブの人物と視線を合わせる。 

 途端にシフトがまたローブの人物を隠すように位置をズラした。


 「…子供か」


 イラッとしたのは仕方ないと思う。


 「あ、ああの、あの…ぶ、部長は…」


 「早く」


 ジロリとシフトがローブの人物を睨む。

 声の感じからは男性のようだった。

 多分、彼はシフトの圧にビクビクしながら奥を指差した。


 「……あの、あそこ…」


 王宮の一室だけあって、広い部屋だ。

 奥にももう一つ部屋があるらしく、引き戸で閉められている。

 その奥の部屋に母はいるらしい。


 「そうか。ありがとう」


 ぺこりと頭を下げる。

 彼はぶんぶんと首を横に振った。


 「お、おら、あんたを案内するように言われてるだ。だもんで、一緒に行く…」


 シフトが怖いのか、ビクビクしながらチラチラとシフトを伺っている。

 まぁ…デカいしな。

 なんか威圧感もあるし。顔だけ良くてもこの態度じゃ、確かにビビるよな。


 「私もコイツも取って食ったりしないから安心していいぞ。…案内、よろしく頼む」


 「う、うう…」


 なんでお願いしたのに呻いてるんだ、コイツ。

 やっぱ聞いてた通り、変人しかいねぇな…。


 「……あ、あの、おら、コンテっていうだ。その、こちらこそ…宜しくお願いします…」

 

 「ああ、名乗ってなかったな。私は…」


 「聞いてるだ。あんた、部長の娘さんでネジさんだら?それで…こっちの、この人は騎士団の団長さんだら?」


 「そうだ。…話は通ってるんだな…」


 なら母が出てくれば一番簡単なのに。

 絶対面倒臭かったに違いない。

 コイツも母に押し付けられたのかな…可哀想に…。

 なんとなく同情した気分でコンテを見る。

 コンテは何度も頷いて、そろそろと動き出した。

 普通なら隣の引き戸を開けるのに案内なんていらないだろう。

 でもここは変人狂人の実力者揃いの魔術管理部門だ。

 部屋の一室で収まる筈がない。

 

 コンテは小さな声でブツブツと詠唱すると、引き戸が開き、そこに見えた景色は緑だった。


 草原と、遠くに湖が見える。

 木々はサワサワと優しい音を立てていて、一見すると本当に長閑で美しい景色だ。


 そこに、この爽やかな景色に似合わない悲鳴が響いた。


 「ぎゃあああ!バカ!バカ!バカ!!!何やってんの!?アホーーーー!!!」


 「ヒャハハハハ!これでお前は豚になる!」


 「やめなさいよ!このバカ!」


 ………子供の喧嘩か。

 なんなんだ、その子供同士の口喧嘩みたいな会話は。

 魔術管理部門の魔術師って、精鋭揃いじゃなかったか…?


 悲鳴を上げているのは白衣を纏った三つ編みメガネの女の子で、その後を短髪のサングラスが追いかけ回している。


 完全に子供の喧嘩じゃん。

 あの、好きな子を虐める男子の構図にしか見えない。


 その奥に、母が見える。

 アカとは違う、他の竜が居て、母ともう一人の職員がその竜を観察しているようだ。

 一応、仕事はしている事に娘としてホッとしてしまう。

 竜はアカと違って黄土色だ。

 大きく、気怠げに、入って来た私とシフトを見る。

 つられて母ともう一人の職員もこちらを向き、追いかけっこをしていた二人も私達に気付いたらしい。


 「ネジ。遅かったじゃない」


 こちらに近づいてくる母は真っ赤なワンピース姿だ。

 緑の景色に赤のワンピースは映える。映えるけど、職場に着る服じゃないな。

 胸元の開いたセクシーなワンピースを着こなせるその度胸は凄いけど。


 「遅くないだろ?時間より早く着いてる」


 腕時計を見ると約束の時間より十分程早い。


 「時間ー?そんなの関係ないわ。私が遅いって言ったら遅いのよ」


 「………待ち合わせとか、約束の時間とかの概念ある?」


 「……?そんなもの要らないじゃない?私が待ってて、遅いと思ったんだから遅いの」


 世界の中心は己自身だってこと? 

 我が母ながら、ヤバすぎる理論だな…。


 「師匠、それ完全にやばい奴だよ」


 「…なんで?どこが?」


 「……え、本気で言ってんの?」


 「遅いというのは人の感覚よ?私が遅いと感じたから遅いと言う事の、なにがどうおかしいのよ?」


 「凄い屁理屈じゃん…」


 シフトが呆れて母を見返している。

 この何が恐ろしいかといえば、母が本気で不思議そうにしている所だ。

 理不尽。なのに、何故か許される。

 それがこれまでの母であり、そして今後もそれは変わらないだろう。


 「っていうか、シフト、なんで居るのよ?仕事どうなってんの?」


 「必要最低限は終わってるよ。ネジが魔術管理部門に行くなんて聞いて黙ってられない」


 「まー…毛嫌いしてくれちゃって」


 不満げに母はシフトを呆れて見返した。

 シフトもムッとして母を見つめている。

 背は勿論シフトの方が高いし、見た目だけなら強そうなのに、何故か母には勝てない気がしてならない。っていうか、多分、ここにいる誰も母に勝てない。

 圧倒的な女王様感は、堂に入り過ぎていて、最早それが当然にしか見えなかった。


 「そんなことより、持ってきた」


 ここで不毛な口論をいつまでもしていられる程、それぞれ暇ではないだろう。

 ピリついてきた母とシフトを取り持つつもりはないが、放置して私がここに来た意味をなかったことにするつもりもない。


 「…ほら」


 鞄から、魔力封じの腕輪を出す。

 途端に側にいたコンテが腕輪を奪い取った。

 ……さっきまでのオドオドビクビクはどこに行ったんだ…。


 コンテは『おおおー!』と今までで一番大きな声を出して腕輪を色んな位置から眺めている。

 光に翳してみたり、魔術陣を覗き込むように顔の前に持ってきたり、腕輪そのものを見るように遠くから眺めてみたりして、一気に忙しない動きだ。


 「あああ…!凄い!凄い!この反転した魔術陣…ばか面白い…!」


 「長老ばっかり見てズリーって!俺にも見してー!」


 「あ、あたしも見たい!」


 豚になる薬で騒いでいた二人も加わって、3人であーだこーだと話し合っている。

 それを呆気に取られて眺めてしまう。

 隣のシフトは嫌そうに顔を歪ませていた。


 「…だから、嫌なんだ。ネジ、もう帰ろうよ」


 「来たばっかりだぞ?」


 「だって、腕輪の見本は渡したんだし、もう用事ないじゃん。ね?帰ろ?もう行こうよ」


 「……駄々っ子じゃん…」


 帰ろう帰ろうって、3歳児かよ。

 

 「そんな帰りたいならアンタだけ帰りなさいよ。…ネジ、説明してあげて」


 コンテ達からひょいと腕輪を取り上げて、母はそれを光に翳す。それから、ふっと、掌に息を吹きかける。

 掌からは光でできたような蝶が飛びたし、ふわふわと舞っていく。

 あれは、母が使う伝令の蝶だ。

 多分、他の職員を呼ぶつもりだろう。


 「集まる前に、紹介してあげる。左から、コンテ、メイン、マヤ、それからあっちにいるのがショーよ」

 

 三つ編みメガネ女子はメイン、短髪サングラスはマヤ、竜の側にいるのはショー、というらしい。

 メインとショーはペコリと頭を下げてくれたので、こちらもお辞儀する。マヤはサングラスをズラしてしげしげと私を観察してきた。


 「ひゅー!本当に白い!なぁなぁ、触っていい!?」


 「いいわけない。止めろ。見るな。寄るな」


 私を隠すようにシフトが前に出る。

 別にベタベタ触られたいわけでもないが、シフトが言うのも違うと思う。

 

 「っていうか、なんで騎士団の団長さんがいんの?ここ、魔術管理部門ですけどぉー?」


 「知ってる。ネジをお前らみたいなトンチキ野郎共に一人で会わせられない」


 「はぁーん!?誰が、トンチキ野郎じゃ。騎士団なんか脳味噌まで筋肉のアホンダラじゃろがい」


 「……あ?」


 なるほど。

 これが、魔術管理部門と騎士団の険悪なのか。

 ピキッと青筋が立っている2人をつい面白いと思ってしまう。

 

 「あー、煩い煩い!あっちでやりなさい」


 シッシッと母がシフトとマヤの間に入って手を振る。

 シフトとマヤは母を無視して『脳筋』とか『陰キャ』とか『暴力団』とか子供の喧嘩のような言い合いをしている。

 それを間に入って聞いている母が、大人しいはずがない。

 

 「…あんまりやってると吹き飛ばすわよ?」


 にっこりと笑う姿は妖艶なのに。

 その脅しが全く冗談じゃない。

 不承不承、二人は口を噤む。


 「……おーい!お待たせー!」


 向こうから聞こえた声に全員の視線が集まる。

 3人がこちらに向かってきていた。

 この3人は私も知っている。

 魔術管理部門の最古参、ダーダラと、マック、それにデリカだ。

 母と一緒に家に来たりしていたから、私にとっても、シフトにとっても、年の離れた兄のようでもある。


 「ネジ!大きくなったなぁ!」


 のほほんとした笑顔を見せるダーダラは大男で、熊だ。比喩ではなく。所謂、獣人というやつらしい。この国にはほぼいないが、獣人だらけの国もある。ダーダラは他国から母が引き抜いてきた魔術師だ。

 

 「おや、本当に綺麗になったねぇ」


 こちらはデリカだ。

 デリカは金髪碧眼の優男だが、中身が一番ヤバい。狂ってる。


 「はぁ…。本当に…その身体、捌いて中身まで調べ尽くしたい…」


 「キモい」


 うっとりとした恍惚の表情がヤバい。

 冷ややかな視線を向けると、それにすら恍惚の表情を向けてくる。

 口をへの字に曲げると、シフトがデリカから隠すように前に立った。

 

 「デリカ。ネジをそんな目で見ないで」


 「妬いてるの?心配しなくてもシフトも綺麗だよ。…解剖したいなぁ…」


 「嫌だよ」


 にべもなく断る姿は昔となんら変わらない。

 デリカは白魔女とか魔術師とか全く関係なく、ただ単に解剖が好きなだけの狂人だ。特に綺麗なものが好きらしい。性別関係なく。

 マックはマックで母にうっとりとした崇拝の視線を向けている。


 「ああ…部長…!いつ見ても綺麗だ…!」


 人の母親に欲情しないでほしい。

 あんなんでも人妻なんだがな。

 

 そんな変わらない3人を見て、シフトは心底嫌そうにため息をついていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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