17
ユリがいなくなったのは、夕方のことだ。
シフトの仕事が終わって毎度の如く、ネジへの愛を伝えに来た時に、ユリが現れなかった。
夕方の支度はまだしていない。
洗濯物も干しっぱなしで、誰もユリの姿を見ていない。
これはおかしいと、そう全員が気付いたであろう時に、外から俺を呼ぶ声がした。
「ガイ!ガイ!」
窓の外にはアカと名付けられた赤竜の姿が見える。
その向こうに見知った顔がチラつく。
レジスタンスの仲間だ。
『魔術師とそれ以外の人々を対等に』そのスローガンの元に集まった人間は、歳月を重ねる毎に芋づる式に増えていった。
それ自体は悪い事じゃない。
魔術師だからと、泣き寝入りしてきた歴史が、見えない差別を作ってきたのだから、それに反旗を翻すのは必要だと思う。
でも人が増えれば派閥ができる。
ゆっくり時間をかけてでも穏便に和解したい穏健派と、多少手荒でも急速に解決したい過激派。それは次第に内部抗争じみてきた。
その危ういレジスタンスを、騎士団が注視しないはずがない。
シフトが俺をネジに近付けたくなかったのは、俺がレジスタンスの一員だからというのが大きいだろう。
レジスタンスの一員だからといって逮捕することはできない。
それは思想の一つで、仲間内で話す事を禁じる法律はない。
だから注視はしても、手が出せないのだ。
外から呼ぶ声に気付いたのか、シフトもそちらに視線を向ける。
確認するように俺を見たからこくりと頷いた。
「知り合いだよ。警戒しなくてもいいって」
言葉の裏に、『レジスタンスの一員だけど、穏健派。ここに敵意で来てるわけじゃない』その意味を込める。
シフトにはきちんと伝わっただろう。
ネジは多分わかっていない。昔から興味のないことにはとんと気を配らないから、俺がレジスタンスであることも気づいていないと思う。
「入ってこいよ。玄関からだとカラクリだらけだから窓から入った方がいいぞ」
こういう時はこのカラクリ屋敷が面倒臭い。
防犯対策にはうってつけでも、いざという時にすぐ脱出できるのか、甚だ疑問だ。
「え…いや、でも…赤竜…」
「食わないから大丈夫だって」
怖いよな。わかる。
俺も最初見た時マジでビビった。
普通の家には赤竜なんていないし、名前をつけてペットにしてる、その発想が狂ってる。
でも実際、アカは大人しい。
餌はシフトが用意した普通の肉と野菜を食べる。それで満足なのか、特に家畜も襲わないし、人にも危害を加えない。
ちょいちょいと窓から手招きすると、おっかなびっくり近寄って来て、急いで中に入ってきた。
「こえぇ……」
「まぁまぁ。…で、どうした?」
ポンポンと肩を叩いて落ち着かせてから尋ねる。
「あ!そうだ!ガイ、大変なんだ!カートが、あの魔術師の女の子を連れてっちゃったんだよ!」
あの魔術師の女の子とは、ユリのことだろう。
ピクリとシフトの眉が上がった。
「…同意の上じゃないよな?」
騎士団として、これ以上ないチャンスだろう。それはわかる。
でもカートの事もよく知っている俺からすれば、ここで言うなと思わずにはいられない。
カートは一線を越えた。
それは紛れもない事実だし、庇うことはできない。
でも焦って一線を越える理由が、カートにもある。それがわかる分、カートの行動に深い失望を隠せない。
カートは、魔術師のせいで実の妹を亡くしている。
それが、カートが魔術師を憎む理由になっているし、第二の妹を出さない為に早急に解決したい過激派になった事も理解できる。
でも巻き込まれたユリには、関係のない話なのだ。
ユリは魔術師ではあるけれど、普通の女の子でもある。
特に今は魔力封じの腕輪もあるし、本当にそこら辺にいる少女そのものだ。
大嫌いな婚約者にぶたれそうになって、怖くて目を瞑る、ただの女の子。
それを拉致監禁したら、騎士団だって動ける。
仲間内の内輪揉めでは、もう収まらない。
「ガイ。これはれっきとした犯罪だからな」
「わかってる」
情けは与えられない。
「そんな牽制しなくても、庇ったりしねぇよ」
それはカートだって望んでいないだろう。
優しそうな見た目だけど、中身は情に厚く直情傾向な男だ。変に庇って仲間に迷惑を掛けるのは、本意ではないだろう。
「ただ、俺も行く。レジスタンスの一員として見届ける権利があるはずだ」
「一般人は連れていけない」
「だから、レジスタンスだっつってんだろ」
今まで直接、シフトに宣言したことはなかった。きっと気づいていただろうけど、シフトも聞いてこなかったし、俺も言わなかった。
言ったところで、お互いどうしようもなかった。法に触れない限り、シフトは俺を捕まえられないし、俺は基本的には一般人だし。
「俺はレジスタンス兼一般人の捜査協力者。勝手に動かれるよりマシだろ?」
これ以上拒否するなら好きに動く。
言外のその脅しを、シフトはちゃんと理解できる。
そして、俺が勝手に動くのと、側で監視できる場合とを比較すれば、後者の方が絶対にいいはずだ。
物凄く不満げに、不承不承といった様子で頷いた。
その納得がいかないけれど、承諾する姿は、騎士団に入る前の子供の時の顔と変わらなかった。その事に、不謹慎だけど、つい笑ってしまった。
「…のんびり笑ってていいのか?」
男同士のやりとりを黙ってみていたネジが呆れたように俺を見る。
その顔はいつも通りの不遜で常識知らずな大魔王そのものだったけれど、その目にユリへの心配がのっている。
ネジも、常識知らずで倫理と情緒がおかしい所はあるけれど、根は良い奴だ。
ユリに魔力封じの腕輪を嵌めた事を後悔しているようにも見えた。
「私は一般人だから行けないんだろう?」
シフトがネジを連れていくわけがない。
それをネジもわかっている。わかっていても、聞くくらいには、きっとユリへ心を砕いている。
「そうだね。ネジは本当にただの一般人だから。悪いけど連れては行けない」
シフトはちゃんと、一線を引ける。
普段どんなにネジに狂っていても、その職務に責任とプライドを持っている。
5年前とは全く違う。一人の男として、逞しくなったなぁ、と感心してしまう。
「ネジ、風呂沸かしといてよ。そんで、ユリが帰ってきたら一緒に入ってやって」
ユリはきっと心細い思いをしているだろうから。
普段なら一緒に入るのなんて拒否するだろうに、ネジは素直に頷いた。
「わかった」
「おー。じゃ、ちょっと行ってくるから。戸締まりしとけよー」
なるべく明るく伝えると、ネジは呆れたように見返してから大人しく頷いた。
普段からこれくらい素直なら、もうちょっと可愛げがあるのに。
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