13
私の家に、そいつがやって来たのはまさに青天の霹靂だった。
これから大量に魔力封じの腕輪を作る。
それにあたって、改良と、少しの実験をしたかった。
だからバイトを募集した。
八百屋のじーさんにバイトを探してるとそう言ったらじーさんが知り合いに声をかけてくれると言っていたから。
てっきり、同じようなじーさんがくると思っていたのに。
なのにやってきたのは、私の2つ上。
14歳の時、一緒に瓦礫にぶつかった少年。
彼は名前を、ガイという。
これは、シフトが荒れるだろうなぁ…。
玄関から素直に入ってきたガイは油に滑って転び、仕上げに上からタライが降ってきて、ゴインと頭に当たっていた。
「よぉ。久しぶり」
ひらひらとガイに向かって手を振ると、ガイは物凄く嫌そうな顔をして私を見た。
「いや……久しぶり、じゃなくてさ。他になんか言う事ねぇの?」
「えー…?あ!お元気ですか?」
「違くね?ここは『すみません』と『大丈夫ですか?』、じゃね?」
「なんで?」
私の家はカラクリ屋敷だ。
この街の人間なら皆、知ってる。
当然ガイだって知ってるはずだろうに。
「ここは私の家だから、どんな改造してても私の勝手だし、お前が転んでタライにぶつかったのは、お前が勝手にやったことじゃね?」
つまり、私が謝る必要はない。
そう思ったけれど、ガイは益々嫌そうに口をへの字に曲げた。
人間の口ってそんな曲がるのか、面白い。
「お前、なんっにも成長してねぇな…」
しただろう。
身長も伸びたし、胸もあの頃より出てきたし、しっかり大人の女の体型になったはずだ。
「どこがだよ?成長してんだろ」
「全然。あの頃と変わらず生意気な暴君だよ」
「暴君だぁ?どこがだよ?私程、論理的なやつはいないぞ?」
「論理があっても常識と倫理と情緒がねぇんだよ」
………確かに、一理あるかも。
思わぬ反論にピタリと固まってしまう。
「ほら、反論できねぇじゃん」
「…………確かに、私は常識はないが。倫理と情緒くらい、ある。多分」
「そこは言い切れよ」
悲しいかな、言い切れない。
多分私の倫理と情緒は普通の人の半分以下、下手したらもっとないかもしれない。
それは薄々自分でも感じていた。
ガイは呆れたようにため息をつき、そして私に言った。
「まぁ、これからは俺が手取り足取り教えてやるよ。感謝しろ?」
「……言い方がスケベだな」
「可愛くねぇー…」
別にガイに可愛いと思ってもらいたいなんて言ってないんだが?
この気心知れた昔馴染みに、波乱の予感しかしなかった。
ガイとユリはすぐに馴染んだ。
それはもう、兄妹かと思うくらいに。
二人して私がいかに常識がなく、理不尽で、暴君か、そう愚痴りあっている。
失礼な話だ。
ガイが来たのはお昼過ぎ。今日は初日ということで、特に主だった仕事は指示していない。
結果、ユリと2人でダイニングテーブルを陣取り、仲良くお茶している。
何しに来たんだ、コイツ。
給料泥棒め。
そして、今。
玄関から入ってきたシフトはガイを見て、心底嫌そうにため息をついていた。
因みにシフトは今日、前にユリが当たったタライのカラクリを踏み抜いたが、やっぱり当たらなかった。
「…ねぇ、バイトってガイなの?クビにしたら?」
開口一番にクビにしろ、とは。
私に散々横暴とか理不尽とか言う割には、シフトもなかなかじゃないか?
シフトの言葉が聞こえたのか、ガイはやれやれといった様子で偉そうに机に頬杖をついた。
「お前らねぇ……なんで挨拶できないの?」
「挨拶してほしいならガイからすればいいじゃん」
シフトとガイは、14歳の時喧嘩はしていても、別に仲が悪いわけじゃなかった。
シフトが騎士団に入団が決まった時に、ガイ主体で送別会を開いてやるくらいには、友好関係があったはずだ。
騎士団に入ってからはシフトは全然帰って来なかったし、久々の再会にしては殺伐としているけれど。
「お前も変わんねぇなー…」
「変わった。あの頃みたいにヒョロガリじゃない」
「あぁ…うん。見た目だけは厳つくなったなぁ…」
わかる。あの頃は細くて可愛かった。
美少年だったのに。
今はムキムキで全然可愛げがない。
「っていうか、アンタにクビにする権限なんかないでしょ?雇ったのネジなんだから」
ガイと同じように頬杖をついてユリは紅茶を啜る。すっかり自分の家状態だ。
「それな。ユリりん、いいこと言うー!」
「いいわよ。あたし、アンタの事嫌いじゃないわ。常識あるもの」
「あー……ユリりん、一人で大変だったなぁ…」
2人して、うんうん頷いている。
よっぽど馬が合うらしい。
「なんなら、住み込みで働いたら?」
「は?」
ユリの一言にシフトが低い声を出す。
それに怯まず、ユリはシフトを睨んだ。
「何よ?アンタに口出す権利ないでしょ?大体ねぇ、ネジの事が心配心配って言う割にはやってる事がストーカーなの、本当に意味わかんない。そんなに心配ならなんでこの家出て行ったのよ?」
「それは騎士団に入団したからだろ?」
「バカね、ネジ。騎士団って通いで行けるのよ?」
「………そうなのか?」
知らなかった。
興味がないことは知らないし、あんまり覚えていない。
シフトを見ると、憮然としたまま頷いた。
「まぁまぁ。ユリりん、男にも色々あんだよ」
「なによ、急に。アンタどっちの味方なの?」
「そりゃー、シフトより可愛いユリりんの味方だけどさ。それとこれとは別なんだよ」
「意味わかんない」
ジロリとユリはガイを睨む。
ガイはヘラヘラ笑ってそれを躱すと、私と視線を合わせた。
「っていうか、ストーカーって何?お前、ストーカーされてんの?」
からかう気配はない。
どちらかと言えば心配して聞いてくれたんだと思う。
「そう。コイツにな」
シフトを顎で示すと、シフトはぶんぶんと首を横に振った。
「ストーカーじゃないよ。俺がしてるのは愛情表現だよ」
「お前のは愛情表現じゃなくてマーキングって言うんだ」
呆れて言い返すと、ガイは不思議そうに首を傾げた。それを見て、ユリがシフトを指差した。
「コイツがストーカーよ。ネジを24時間監視して、ほぼ毎日気持ち悪い手紙を書いて、街でネジと結婚するって吹聴してる。…狂気のヤンデレストーカー」
「え、ヤバ…」
「ヤバくない。ネジは俺と結婚するから、俺はストーカーじゃない。ね?結婚するよね?」
「しない」
ブレねぇな。
毎回このやり取りするの、正直面倒臭い。
っていうか、会う度断ってるのに。
なんで理解できないんだ…?
「断られてんじゃん」
ゲラゲラ笑いながらガイがシフトを指差す。
それはもう、気の置けない友人をからかう姿そのものだ。
「お前、いつもこんな事してんの?」
「そうよ。いつもネジに求婚して速攻断られてる。ボケ老人みたい」
「ちょ…待って。お腹痛い……」
シフトに聞いただろう質問はユリによって答えられた。ガイはボケ老人がツボに入ったのか、机に突っ伏して肩を震わせている。
ヒーヒー笑うその姿を見て、イラッとする。
「笑ってんなよ。私はこれでも困ってるんだ」
「ネジ、困ってるの?俺が解決してあげるよ?」
「お前にだよ」
なんだこのポンコツは。
シフトは何を言われているのかわからない顔をしている。
なんだその、『何言ってんだ、コイツ』感は。お前が出すな。
「俺と結婚したら全部丸く収まるのに…」
「お前が諦めたら丸く収まるんだよ」
今日も今日とて、平行線だ。
ゲラゲラ笑っていたガイは、3回深呼吸して気持ちを落ち着けたらしい。
にっこりとこちらを向いて笑った。
「よし。じゃあ一番年上の俺が一緒に住んでやるよ。シフトはネジが心配だからストーカーしてんだろ?そしたらこれで解決じゃね?」
「なんにも解決じゃない」
憮然としてガイを睨むシフトに、ガイは悪びれることなく続けた。
「ハハハ。心配すんな。俺、ネジには女として毛ほども興味ないって」
「私だってないが?」
なんなんだ、その告白してもいないのに振られた感は。
イラッとして言う私をガイは兄のようにケラケラと笑って眺めていた。
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