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 一番最初にネジを見た時、天使がいると思った。

 紙のように白い肌、光に透ける波打つ白髪、苺のように艷やかな瞳。

 その儚げで可愛らしい見た目と裏腹に、ネジは横暴で理不尽で、そして大魔王だった。



 ネジに初めて会ったのは、10歳。

 15歳で騎士団に入るまで、ずっと一緒に過ごした。

 ネジは最初から変わらない。

 初めて会った俺に、ネジは言った。


 『私が姉弟子だからな!お前は私の弟弟子なんだから、言う事聞くんだぞ?』


 同い年の女の子から開口一番に言われて、反発しない小僧がいるわけない。

 





 ネジは出自にとんと興味がなかった。

 クレメンス侯爵家は裕福だった。

 地位も権力もあり、当然おもねる人々ばかりだった。

 それが当然で育ってきて、弟子とはいえ、平民の師匠の家に居候すると決まった時、内心本当にうんざりした。

 なぜクレメンス侯爵家の次男である俺が。

 平民に師事しなくてはならないのか。

 その不満は、師匠には既に見抜かれていただろう。

 師匠はあろうことか、修行と称して、俺とネジの二人を初対面のその日、山に置き去りにした。

 今思い出しても、酷いと思う。

 魔力があるだけで使えない小僧と、知識はあるけど、魔力がない小娘を、熊も出る山に置き去りは、ない。

 修行っていうか、お仕置きだと思う。

 でもネジは平然としていた。

 そのあまりに普通の様子に、慣れてるのかと思った。

 なのに、ネジはあっけらかんと言ったのだ。


 「私、ここから家までの道、知らないんだよなぁ…」


 それ、詰んでないか?

 帰れないってことじゃね?

 なんでそんな平然としてるんだ、コイツ…?


 「えっと……それ、冗談?だよね?」


 「違うが?」


 まーじーかーーー!!!

 いや、もっと焦れよ!なんなんだ、コイツ!?


 「まぁどうにかなるだろ。ほら、行くぞ」


 ネジは当然のように俺の服を掴んで歩き出した。それは袖をちょっと引っ張るとかの可愛いやつではなくて、肩口を掴んで無理矢理引っ張る、不良がカツアゲするためにどこかに引っ張っていく、その姿そのものだった。


 「行くって……どこに…?」


 「は?山の天辺で突っ立ってたってなんにもならないだろ?下るしかねぇじゃん」


 「それは…確かにそうだけど…」


 一番上にいるんだから下に向かうのはわかる。でもどのルートを通るとか、考えるべきじゃないんだろうか…。

 そんな戸惑いを他所にネジはズンズン進んで行った。

 そして、ネジは突然、ピタリと止まった。

 耳を澄まし、キョロキョロと辺りを見回す。

 そして、角度を90度変えてまた進みだした。


 「……どうしたの?」


 その不思議な動きに首を傾げると、馬鹿にした目で見られた。


 「お前、もっと考えながら歩け」


 「えっ………」


 その不遜な態度。

 馬鹿だと言わんばかりの、冷ややかな視線。

 浴びたことのないその、媚でも羨望でも敵意でもない、自分より下の相手に呆れ返る視線に、絶句してしまう。

 なぜ同い年の女の子に、こんな目で見られなくてはならないのか。

 それは、俺がネジを敵視する理由になった。


 

 ネジが見つけたのは滝だった。

 ゴウゴウとした音が遠くからでも聞こえたのだろう。

 ネジは滝を見つけ、それが川になっている事を確認し、川に沿って歩き出した。

 川は麓まで流れる。

 結果、俺とネジは麓に辿り着き、そこから師匠の元へと、その日のうちに帰りつけた。

 でも、俺とネジは、というか俺は、その日にネジの事を好きにはなれなかった。










 そんな出会いをして、仲良くできる訳がない。

 ネジは淡々としていたけれど、随所に俺を馬鹿にする気配があったし、俺もこの横暴な姉弟子を好きにはなれなかった。

 表向きは、激しくいがみ合う関係ではなかったけれど、内実は、冷ややかで互いに干渉をし合わない関係ができあがった。

 そんな関係を3ヶ月。

 師匠は『やることだけやってればいい、後はお好きにどうぞ』のスタンスだったから、特に仲良くすることを強制もされなくて困らなかったし。

 それが変わったのは師匠に言われて始めて2人でお使いに行った時からだ。

 師匠とネジは、俺を弟子に迎えるにあたって、クレメンス侯爵家の領地に引っ越して来た。だから、師匠もネジも、まだこの街に馴染んでいなかったのだ。


 街の外れに突然やってきた親子。

 それもどうやら魔女らしい。

 しかも子供は、なんと白魔女だそうだ。


 その街の人間のひそひそとした声は、師匠とネジを畏怖の存在にした。

 人はよく知らないものを恐れ、迫害する。

 普段は師匠という大人がいるから遠慮していたその恐怖は、幼い子供が2人だけという弱者に対する油断で、急速に膨れ上がって牙を向いた。


 「この街から出ていけ!」

 

 最初に投げかけられた声は、一つから、あっという間に巨大な民意になる。


 「恐ろしい魔女め!」

 「お前達が災厄を呼ぶんだ!」

 「私達に関わらないでおくれ!」


 自分勝手な主張を10歳の子供に向ける。

 その醜悪で、恐ろしい敵意。


 それを目の当たりにして、足が竦む。

 びくりと肩を揺らした俺を目掛けて、石が飛んでくる。

 クレメンス侯爵家にいた時には考えられない事だった。

 当たる。そう思ったけれど、石は俺を庇うように前に出たネジの額に当たった。

 白い髪と肌に、赤がのる。

 鮮やかな赤は、タラタラと溢れ、ネジの顎から滴り落ちた。


 その赤と白のコントラストに、周囲が静まり返る。


 「…大の大人が子供2人に向かって…」


 ぼそりとネジは呟く。

 その声はいつもの淡々とした声じゃない。

 腹の底から怒りと憎悪が込み上げている。

 まだ10歳の子供なのに。

 その威圧感に、思わず周囲がたじろぐ。


 「見ろ!私の血は何色だ!お前らと同じ赤だろうが!」


 その一目瞭然の、証拠。

 それはネジが人間であることの証。

 

 「私はお前らと同じ人間だ!わかったら、散れ!見世物じゃねぇぇぇ!!!」


 ブチギレたネジを見たのは、この時が初めてだった。








 その日から俺はネジに対して態度を改めた。

 というか、もう、大好きになった。

 ネジは『だって私は姉弟子だからな!』と俺を庇った理由を話してくれた。

 そのあっけらかんとした笑顔は、正しくヒーローそのものだった。

 だから横暴で理不尽で大魔王でも、ネジは格好良くて一番強い、俺のヒーローだった。

 

 それが違うと分かったのは、14歳の時だった。


 その頃にはネジ達親子と、俺は、この街に馴染み、もう昔のように恐ろしい存在ではなく、街の外れに住むこの街の子供という位置づけだった。

 それはネジのあの咆哮が、人々の目を覚まさせ、そして師匠の人柄が、街の人々の信頼を勝ち取ったからだと思う。

 そして、俺も師匠に鍛えられ、大分魔術師らしいこともできるようになっていた。

 でもそれは同時に、俺を傲慢にさせていた。


 街に住む少年少女達は、皆、距離が近い。

 良く言えば懐っこく、悪く言えば馴れ馴れしい。

 俺はネジが大好きだから、ネジが他の男と仲良くするのが気に入らない。

 今なら多少譲歩できるそれも、14歳では無理だった。

 

 発端は些細な事だった。

 相手は2つ上の少年で、わりと仲が良いほうだった。

 ちょっとしたじゃれ合いのような口喧嘩から、年頃の少年らしく、簡単に手が出始める。

 その当たりどころが悪かったのか、次第にそれは本気の喧嘩になっていく。

 相手がネジによく構うのも、本当は気に入らなかった。その鬱憤を晴らすように、気づけば手と足が出る殴り合いの喧嘩に発展していた。


 その頃の俺はまだまだ細く、モヤシのようだった。

 相手は16歳で、その2歳の差は、そのまま力の差になっていた。


 だからつい。

 負けたくない、その一心で、魔術を使っていた。

 

 無詠唱で魔術を使えるようになったばかりだった。

 力の加減は大分出来てきていたけれど、咄嗟の瞬間には難しかった。

 言い訳はできても、結果は変わらない。


 その少年は俺の魔術で後方に吹き飛び、そしてその先に、ネジがいた。


 ネジは多分、そいつを庇おうと咄嗟に動いたわけじゃない。

 たまたまそこにいて、飛んでくる少年を見ていた。

 でも、ネジは避けなかった。


 16歳の少年を14歳の少女が受け止められるはずがない。

 魔力で吹き飛ばされて、立ち止まる事ができなかった少年は、ネジ諸共、近くの工事現場に叩きつけられた。


 「…ネジ!」


 砂埃が舞う中、急いで駆け寄ると、ネジは瓦礫と少年に挟まれていた。

 白く綺麗な髪は砂埃で汚れていて、小さな身体は痛そうに身じろぎした。

 前にいる少年を押し退けてネジの腕を掴んで立たせる。

 その首の裏側は、壁にぶつけた時に擦ったのか、傷だらけで血が出ていた。それだけの怪我で済んだのは、吹き飛ばした少年がネジに当たらないように踏ん張ったからだと思う。


 「お前……」


 地を這うような低い声だった。

 怒気を孕んだ声に、急いで頭を下げる。

 

 「ごめん!ごめんね!」


 「この、馬鹿!魔力を使うな!そんなの、フェアじゃないだろうが!!!」


 「えっ…」


 ここで公平を持ち出す辺り、本当にネジだと思う。

 危ないからとか、怪我するからとかじゃない。喧嘩をするなとも言わない。

 ただネジは、一方だけが魔力を使ったことに怒っている。

 その自分の怪我さえどうでもいいとでも言いたげな態度。

 それは強く、そして同時に危険な気がした。


 ネジはヒーローみたいだけど、決してヒーローじゃなかった。

 

 そこにいるのは、瓦礫に埋もれて怪我をしている、か弱い少女だった。




 あの時の衝撃を、俺は今でも忘れられない。

 だから、こんなにネジを好きなのに、指先一つ、触れる事ができない。

 未だにストーカーのように、外からしかネジを守れない。

 そんな俺の罪悪感と、恐怖からくるその頑なな姿を、ネジはきっと知っている。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます! 本作はすでに**【全話執筆完結済み】**です! 明日からも気ままに更新していきますので、安心してお付き合いください。 もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「ネジがんばれ!」と思っていただけましたら、 画面下にある**【★】(星)**や**【作品フォロー】**を押して応援していただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!

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