11
私に向かってにっこりと笑うシフトは、ゆったりと椅子を引いて立ち上がる。
それから私の背後に回り、バンッと机に手を叩きつけた。
その大きい音に、私だけでなく、ユリもびくりと肩を揺らす。
怒ってるなぁ…。
そうなるだろうとは思っていたけれど、ちょっと予想以上だったかもしれない。
流石、騎士団団長なだけある。
圧も強いし、部屋の温度もバッチリ下がった。
その絶対に逃さないという執念は、最早怨念じみている。
「…ネジ。他に言う事ない?」
「ないな。私は何も悪い事はしてないからな」
むしろ、お前の独占欲を謝罪してほしいくらいだ。
どこの世界にストーカーされて喜ぶ人間がいるんだ。
「ふぅん…。そっかぁ。じゃ、もう2度と勝手な事できないように、その足、捻り取る?」
「………狂気だな」
目が笑ってない。
少しも冗談じゃなさそうだ。
これ、下手したら殺される可能性あるな。
「ちょっと!アンタ、何言ってんのよ!?物騒過ぎるでしょ!?」
止めればいいのに、ユリは向こう見ずにツッコんでくる。
案の定、シフトは本当に面倒臭そうにユリを見た。
「お前、いつまでいるつもり?早く帰れ」
「今はここがあたしの家だけど!?」
「…ウザ。ねぇ、ネジ。コイツいつまでいるの?外、放り出そうよ」
両手は机につけたまま、覆い被さるようにして、シフトは私の頭にグリグリと自分の頭を擦り付けてくる。
ちょっと痛い。
「魔力が使えないユリ一人じゃ生きていけないだろ」
「こんな役立たず、どうなってもいいよ。っていうか、ネジ以外本当にどうでもいい。ネジだけいればいいのに…」
ヤンデレ、ヤバいな。
お前、騎士団団長の責務とプライドをどこに落としてきたんだ…。
「はぁ……。やっぱり監視なんかじゃダメなんだね…」
落ち込んで憂いを帯びた声音は、知らない人間からしたら、繊細で憂鬱な儚さすら連想させるかもしれない。
でも内実が違う。
それは自分だけが支配してずっと見ていたいという、もっとおどろおどろしい狂気じみた独占欲だ。
「どうしたらネジを俺だけのものにできるのかな…。ねぇ、部屋に閉じ込めて誰にも会わさないようにすればいいの?」
「そんなの無意味だったろ?」
そこまで酷い監禁ではなかったけれど、24時間監視されていても、私は抜け出した。
それは、部屋に閉じ込められても出ていける一つの証明になるはずだ。
「…シフト。前にも言っただろう。私は守ってもらわなくても生きていける。だからそんな閉じ込めるなんて極論にするな」
「…世の中には危険がいっぱいだよ?俺はネジに傷1つつけたくないだけなのに…」
グリグリと更に頭を擦り付けてくる。
それは心細くなってしまった大型犬のようでもある。
安心させるように、ポンポンと頭を撫でる。
「だから極論過ぎるんだ。大体、生きてりゃ傷の1つ2つ、できて当たり前だろ」
「……傷をつけないように俺が全力で守ってあげるのに…」
「要らん」
余計なお世話だ。
そんな暇があるなら仕事しろ。
「ほら。もう話は終わりだ。私は仕事の続きがあるんだからな。お前も帰れ」
シッシッとシフトの前髪を横に払う。
シフトは不満げに覆い被さる形から起き上がった。
「ユリも。食器洗いと掃除が残ってんだろ?やれよ?」
「…………アンタの神経、おかしい」
ユリは不可解な物を見る目で私を見てくる。
まぁ神経が麻痺してるのは認める。
「こんな狂気じみたストーカーを野放しにしてるなんて……アンタ、いつか殺されるんじゃないの?」
「あるかもなぁ…」
別に殺されたいわけじゃないけど。
シフトは嫌そうに舌打ちしている。
「そんな馬鹿な事しない。…ネジ。ネジを殺すなら俺も一緒に死ぬからね?一人になんてしないから心配しなくていいよ」
「マジか。そっちかー…」
重い。殺さないんじゃないんだ。
無理心中の方なのかー…。
「シフト。私は死にたくないからな?覚えておけよ?」
いつか本当になりそうで怖い。
一応予防で噛んで含めるように伝えてみる。
「うん!じゃあ結婚しようね!」
「なんで?」
なんでそうなるんだ…?
本当にストーカーの理屈が意味不明過ぎる。
「だって俺、結婚してくれなかったら殺しちゃうかもしれないから。ネジ、だから俺と結婚しようね!ね?」
そんな子供の約束みたいなテンションでこられても。
ユリは文字通り、開いた口がふさがらないでいる。
呆れてものも言えないとは、こういう事を言うのだ。
「何度も言うが、私は結婚しない。そんなに結婚したいなら他を当たれ」
「何言ってんの?俺はネジだから結婚したいんだよ?ネジがいいし、ネジ以外要らないって何度も言ってるのに」
「…困ったもんだな」
お互いに一歩も引かないから。
私達のこの膠着状態は今後も続くだろう。
それが幸か不幸かは、私にはわからないけれど。
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