10
「……逆…?」
ぽつりとユリが呟く。
何を言っているのか、本当に言葉が通じない化け物を見るような顔で私を見てくる。
何度も言うが、その化け物を見るような顔、止めてもらいたいんだがな。
「お前達の魔力は0を1にする力だ。だから何もない所から火や水を出せたりする。ここまではいいだろ?」
それは非常に分かりやすい。
まるで手品かと思うような不思議な現象だ。
だから魔力を持たない人間はそれを恐れる。
「でも私、というか白魔女の魔力は逆なんだ。つまり、1を0にする」
無から有を出すのではなく。
有を無にする。
だからこそ、魔力を喰らうと言われてきたのだ。
「魔術陣に反応しないのは当たり前なんだ。あれは無から有を出す為の陣だから。どんなにやったって0から0だよ」
普通の魔術師が0を1にする足し算の魔力だとしたら、白魔女は1を0にする引き算の魔力だ。
「…ネジ、それは確かなのか?」
「魔力は目に見えるわけじゃないから、確かとは言いにくいな。でも99%当たってると思う」
そうじゃなきゃ、説明がつかない。
じっとユリの腕輪を見る。
私が作った、魔力封じの腕輪。
「だから魔力自体はある。ただ普通にやったって出てこない。これは自分以外の魔力があって始めて発動するんだ」
そして、自分の為には使えない。
私の暮らしを便利にしたり、困った時に使えたりするものじゃない。
魔力を使う他者がいて、始めて意味のあるものになる。
魔力封じの腕輪は、正しくその理論で動いている。
「……ば、化け物!そんな…そんなの、ありえない!」
ユリは顔面から血の気が引いている。
本当に奇怪で恐ろしい、未知の物体を見る顔だ。
多分、これが世界で一番最初に白魔女を見た魔術師の顔だったんだと思う。
その恐怖は、冷静さを奪う。
落ち着いて考えればわかったであろう魔力は、そうやって隠蔽されてきた。
「あんた達白魔女が、そんな…そんな力あるから!1を0にするなんて、あっちゃいけないはずでしょ!?」
「なんでだ?」
「……は?」
「なんであってはいけないんだ?」
「それは…」
「自分達の能力を脅かすからだろう?」
きっと、過去の魔術師達もそう思っていたのだ。
理屈はわからなくても自分達の敵になる。
だから『卑しい』と蔑んで迫害してきた。
それがどんなに傲慢か、少しは考えた事があるのだろうか。
ユリはそれ以上反論できないのか、ぐっと奥歯を噛み締めている。
「ネジ、それで?」
「ん?」
「まだ俺の監視をすり抜けた方法を聞いてない」
しつこいな。
まだ根に持ってんのか。
「…わかってるわかってる。ちゃんと説明するよ」
白魔女の魔力が逆ベクトルだというのは、なかなかに重大な大発見だと思うのだが、シフトにはそれより自分の監視をすり抜けた方法の方が気になるらしい。
それは科学的な興味じゃなくて、自分が知らない所で知らない私がいる事が許せない、ストーカー特有の粘着質な独占欲が見える。
普通に気持ち悪い。
「お前の監視は、基本映像で見てるよな?」
「うん」
「でも風呂場にはつけてないだろ?あそこは音だけだよな?」
「え?見てもいいなら見るけど?」
「ダメに決まってんだろ。馬鹿」
真顔で何言ってんだ、コイツは。
ドン引きしている私の横で、私達の会話が耳に届いていただろうユリが驚愕に目を見開く。
「……え?ちょっと待って!突然何言ってんの!?っていうか…アンタ監視してんの!?しかも風呂場まで!?なんで!?」
わかる。それな。
「煩いな。俺はネジが心配なんだ。本当は片時も離れたくないけど、そうもいかないだろ。だから監視映像で我慢してるんだ」
「なに譲歩してますみたいな顔してんの!?犯罪じゃないの!……アンタ、大丈夫なの!?」
ユリはさっきまでの白魔女の本質に打ちひしがれていた姿はどこへやら、今度は私に同情と心配の混ざった視線を向けてくる。
うん、やっぱ根は良い子だな。
「まぁもう慣れたし」
「そんなん慣れちゃダメでしょぉぉぉ!?」
確かに。正論だ。
基本静観している母と、ストーカー本人が普通の顔をしているから感覚が麻痺してたけど、やっぱどう考えてもおかしいな。
うん、ユリが正解だわ。
「シフト、アンタねぇ!女の子の家を監視するとか、どんな変態なのよ!?騎士団団長が聞いて呆れるわよ!ただのストーカーじゃないの!」
「煩いな。これは愛だ」
「馬鹿なの!?愛で済むレベルを越えてただの狂気でしょうが!!」
それだ。マジでユリ、お前が一番正しい。
うんうん頷いていると、ユリは私にもキレてきた。
「なに頷いてんのよ!?アンタも、嫌ならどうにかしなさいよ!そのバカみたいにいい頭、ここで使わずいつ使うの!」
バカみたいにいい頭って、褒めてるんだろうか…。
「まぁ落ち着けって。ちゃんとすり抜けてたよ」
言った途端にジロリとシフトから睨まれる。
あーあ…言うつもりじゃなかったのに。
これ言うと、もっと監視酷くなりそうで嫌なんだよなぁ…。
「だから、それを早く説明して」
「せっつくなよ。…白魔女の魔力はさっき説明したな?つまり、お前の監視は魔術でやってんだから、私の作った魔術陣で相殺できる。ここまではいいだろ?」
白魔女は普通の魔術陣で魔術は発動しない。
でも白魔女である私が作った魔術陣なら発動できる。
それは私が白魔女の為に作った特別な陣だ。
「お前がつけた風呂場につけた魔術陣は音と気配を感知する。でも映像はない。だから、音と気配だけあればいいんだ」
「音と気配って…そんなの魔術じゃなきゃ出せないじゃない」
「お前、魔術に頼り過ぎだな。そんなもん、なくたってできる。鹿威しとおもちゃのアヒルで充分だろ」
「えっ………」
ピタリとシフトが固まってしまう。
その絶望ともいえる顔に、呆れを隠せない。
ちょっと考えたらわかるのに。
魔術に頼り過ぎは、ユリだけでなく、シフトもそうらしい。
「本物の鹿威しは音デカいけど、あれと同じ原理をコップで作ったんだよ。最初に水をチョロチョロ出してさ、コップに水が溜まるだろ?で、振り子状のコップがつっかえ棒に当たると水が湯船にバシャーン。で、アヒルがチャプチャプ動く。それは私が、湯船に浸かってチャプチャプしてるように聞こえたろ?」
振り子状のコップは軽くなればまた元の位置に戻る。そうすると、また水が溜まる。そして溢れる。この繰り返しだ。
魔力なんて一切要らない。
風呂場は物理で隠蔽できる。
「で、だ。ここからが私の魔力の出番だな。シフトは外にも人が出入りすると反応する魔術を仕掛けてるだろ?」
それは防犯になるから別にいい。
私だけじゃなく、別の人間が来たらわかるのはセキュリティとしては最高だろう。
でもこのままでは、シフトにバレずに外出することもできない。
「だからそこを通る一瞬だけ。この魔術陣でお前の魔術を0にしてた」
ぺらりと、机の上に置きっぱなしにしてあった紙を見せる。
一見すると普通の魔術陣だけど、よく見れば違う事がわかるだろう。
それはいわば反転している魔術陣なのだ。
因みに玄関からは出入りしていない。
玄関も魔術陣があるし、2度やったらバレそうだから、風呂場の窓から出入りしていた。
そして、敷地を抜ける一瞬だけ、魔術陣を使う。シフトの監視魔術全てを無効化してしまうと、流石にシフトも気付いただろうけど、一瞬なら多分、何度やっても騙せるはずだ。
この脱出方法、なかなかに上手くいっていた。
案の定、シフトは今まで気が付かなかった。
まぁ白魔女の魔力の本質がわかっていないと気が付くのは難しいだろうし。
「な?科学は魔術に勝てるだろ?」
今回は魔術も使ってはいるけれど。
でも基本は科学だ。
この風呂場の鹿威しとアヒルがなければ、シフトは私がいないことにもっと早く気付いただろう。
にっこりとシフトに向かって笑うと、シフトもにっこりと笑い返した。
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