CASE 04:全知全能の神
ジョージはベッドに横になった。
新しい寝具の匂いが、なぜか落ち着かない。
上段では、すでにヴィンセントが寝息を立てている。
ジョージは右脇腹に手のひらを当て、そのまま包み込んだ。
意識は抵抗する間もなく、引きずられるように沈んでいく。
◇
乾いた砂埃の匂いが鼻をついた。
体は鉛のように重く、手には機関銃。
近くで続く断続的な銃声は、場違いなほど軽かった。
――ああ、まただ。
これが夢だと分かっていた。だがやらなければならない。
ジョージを機関銃を構え、敵がいるであろう方向に発砲した。
爆発音が響く。飛ばされ、耳鳴りがする。ガラスが割れ、破片が散り、足元には血溜まりが広がる。
だが、自分の血ではない。振り返った先に、見慣れた大きな体が横たわっていた。
◇
「アァーーーーーーー!!!!!」
爆ぜるような男の叫び声。
その声で、ジョージは目を開けた。
心臓が早鐘のように打ち、冷や汗が一気に吹き出す。
喉が塞がり、息が吸えない。
「大丈夫だ。危険はねぇ。酔っ払いだろう」
上から低く、落ち着いた声が落ちる。間髪を入れず、次の声が闇を裂く。建物に反響し、壁を伝って沈んでいく。
「我は!! 全知全能の神である!!!!」
一泊の間を置き、別方向からも荒い声が飛ぶ。
「うるせぇぞ! 神!! さっさと寝ろ!!」
それきり、声は途絶えた。ジョージは酸素を求めるように、深く呼吸をし、呟いた。
「……荒ぶっても、神は神か」
ヴィンセントがふっと吹き出す。
「荒ぶって騒音出して、叱られる神……最高じゃねぇか」
◇
ジョージとヴィンセントは、夜明け前には既に食事とシャワーを済ませていた。
早起きというより、軍人としての癖が、今もそのまま残っている。
他の住民が、眠そうに共有スペースを使い始める頃、2人はすでに部屋に戻り、何事もなかったようにゴミをまとめていた。
ふと、ジョージは顔を上げ、窓の外を伺った。
「どうした?」
「――今、鳴き声が聞こえなかったか。多分、猫だ」
ヴィンセントは手を止め、耳を澄ます。
「……いや、何も聞こえねぇな。この辺じゃ、野良猫も珍しくはない」
「そうじゃない。なんか――」
そこまで言って、ジョージは口を閉じた。
ゴミ袋を掴み、2人は階段を降りた。まだ完全に目の覚めきらない建物の中に、足音だけが静かに響く。
踊り場を抜けたところで、ばったり出くわした。
コーヒーマグを片手に、腹を軽く突き出した男が立っている。白いタンクトップに、くたびれたスウェットパンツ。
年齢も体型も、ドロレスとよく似ていた。
「おぉ!!」
男は2人を上から下まで眺め、にやりと笑う。前歯がない。
「お前らが噂の、屋根裏部屋のゲイカップルか!」
間髪入れず、ヴィンセントが首を振った。
「違う違う。ただのルームメイトだ」
「ははは、いいっていいって!」
男は陽気にヴィンセントの肩を強く叩いた。
「気にすんなよ。アメリカだぜ。自由の国だろ?それにここ、ニューアークだ。
人種のサラダボウルみてぇな街だしな。……ま、昔は“るつぼ”って呼んでたけどよ」
何がどう自由なのかは分からない。だが説明する気も失せる勢いだった。
「俺はトミー。ドロレスの夫だ」
そう名乗ってから、トミーは2人と握手をした。
視線を落とし、手元にあるゴミ袋を見て満足そうに頷いた。
「朝早ぇな。働き者だ」
「癖みたいなもんだ」
ヴィンセントが曖昧に返す。
トミーはひと口コーヒーを飲み、ふと思い出したように顔を上げた。
「そうそう、それより困ったことがあってな」
そう言うと、何の断りもなく踵を返し、外へ向かって歩き出す。
「ちょっと来てくれ」
「……今?」
「今だ」
断定だった。2人は顔を見合わせ、ゴミ袋を手にしたまま後を追った。




