CASE 09:コール・オブ・デューティー
ジョージが通された部屋は、明るく、空と雲の壁紙が貼られていた。
ぬいぐるみやおもちゃ、絵本が棚に並んでいる。
少なくとも、一般的な元軍人が好む部屋ではない。
「で、キミ、いくつ?」
目の前の太った警察官が、事務的に聞いた。
デレクと名乗っていた。
本来の担当ではなさそうだ。
「24」
ジョージは短く答えた。
「アジア人ってさ、黒人や白人より若く見えること、よくあるだろ。
それに、“万が一”を潰しておかないと、こっちの手続きが面倒になる」
一拍置いて、視線だけを上げる。
「……で、本当のところは?」
「24です」
「ふぅん。ID偽造の可能性も一応あるからな。今、照合してる」
ペンが紙を走る。
「で、そのアザ、どうしたの?」
「今朝、木から落ちた時に顔を打ちました」
「なんで木に登ったの? 獲らなきゃならないフルーツでもあった?
……いや、責めてるんじゃないんだ。キミらの“ルーツ”じゃ、それが日常なのかと思ってね」
「いえ。フルーツはありませんでしたが、猫はいました」
「はいはい、猫ね」
デレクは手をひらひらさせる。
その系統の話にもうウンザリしているらしい。
「移民?」
「アメリカ国籍です」
「いつから?」
「……アメリカ人です」
ジョージは間を置いて同じ答えを繰り返した。
「24なら、仕事しているの?」
「今は無職です」
「前は?」
「軍です」
デレクは少し吹き出した。
「あのね軍はね、キミみたいなおチビちゃんが、簡単に務まる世界じゃないの」
「よく言われました」
「俺も軍人だったけどさ。ゲームで見るような世界じゃない。派手なことやってりゃ評価されるわけでもない」
デレクは小さく肩をすくめる。
「だから、そういう話はすぐ分かる」
ジョージは答えない。
それをデレクは勘違いした。
「じゃあ聞くけどブルー・オン・ブルーってどういう意味?」
「味方が味方を殺します」
「フレンドリーファイアとどう違うの?」
「フレンドリーファイアは誤認です。敵と判断した、という処理が可能です。
……ブルー・オン・ブルーは故意です。味方と認識した状態で射殺した場合に使います」
「どっちも事故だろ?」
「……“記録上は”そうなります」
デレクは鼻で笑った。
「はいはい、|コール・オブ・デューティー《戦争ゲーム》ね。“味方撃ちON”とかにしてるタイプか?」
デレクは、「ま、念の為に調べておくか」と呟き、メッセージアプリを開き、短く指示を出す。
「……で?」
デレクは、手元の安っぽいボールペンをデスクの上で転がした。
「どこの部隊だって?」
「言えません」
短い返答だった。
それを聞いた瞬間、デレクは待っていましたと言わんばかりに、鼻から息を抜いた。
「『言えません』か。いい響きだな。映画のヒーローみたいで、実にそれっぽい」
デレクは肩をすくめる。
「でもな、キミ。軍ってのは組織だ。
本当に隠すべき立場の人間は、そもそも“軍にいた”なんて話を、警察官の前でしない」
一拍置いて、身を乗り出す。
意地の悪い教師が、生徒を諭すような口調だった。
「つまりだ。キミは『言えない』んじゃない。キミには――『言える経歴がない』」
ペンが、机の上で止まる。
「どうせ、どこかで聞きかじった特殊部隊の名前を出して、突っ込まれるのが怖くなっただけだろ?」
ジョージは答えない。
「正直に言えよ。……『第13・アニメオタク大隊』とかか?」
自分の冗談に、デレクは小さく肩を揺らした。
その瞬間――
ドアが、叩き壊す勢いで開いた。
同僚の警官が駆け込む。
手には、数枚のプリントアウト。
「……ヤバいことになった」
声音が、さっきまでとは違う。
デレクは舌打ちしかけて、手を止めた。
「まずは、これだ」
机の上に置かれた書類。
写真と氏名。
――ヴィンセント・モロー。
元陸軍兵士。
しかし、経歴欄の半分近くが、太い黒線で塗り潰されている。
「……ああ」
デレクは無意識に、さっき見た大柄な体格を思い出した。
あの体つき。あの落ち着き。
「まあ、あの体格なら……な」
納得と同時に、別の感情が胸をかすめる。
「……こんなデータ、初めて見たが」
同僚は、頷きも否定もしなかった。
「問題は、次だ」
もう一枚、重ねられる。
――ジョージ・ウガジン。
こちらも、元陸軍兵士。
先ほどのヴィンセントのデータが、「隠し事の多い軍人」のものだとするなら、こちらは違う。
デレクの視線が、止まった。
経歴欄。
所属。
任務履歴。
評価。
備考。
ほとんどが、黒。
白い部分を探す方が難しい。
最初から、この世に存在してはいけない人間の記録だった。
国家が総力を挙げて、一人の青年の素性を塗り潰している。
「……は?」
声が、抜けた。同僚が、低く言う。
「照合、二度かけた。エラーじゃねぇ」
その瞬間。
別の警官が、ほとんど駆け込むように部屋に入ってきた。
「今、連絡が入りました」
息が上がっている。
「国防総省からです」
部屋の空気が、凍りつく。
「直接的な言い方じゃありませんでしたが……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「『――確認は十分か』、と。
『――これ以上の“技術的ミス”は、期待しない』、と……
つまり、その……『それ以上は、触るな』、という意味合いでした」
デレクの喉が、ひきつった音を立てる。
視線の先。ジョージは、子ども用の椅子に座ったまま、空と雲の壁紙をぼんやりと眺めている。
やがて、ゆっくりとこちらを見る。
その瞳の奥には、光がなかった。
沈黙に耐えきれず、デレクが口を開いた。
「えっと……コール・オブ・デューティー、やったことは?」
「酔います」
一語だった。




