①『淀殿主催・百人一首大会〜しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は〜』
大坂城では、年始の行事が一通り過ぎ、姫君や侍女たちはやっと落ち着くことができていた。そんなとき、大坂城姫君の侍女たちが茶々・通称淀殿の元へ集められた。
「ここに集まった侍女たちで、かるた大会を開催する。それぞれの姫の名を背負って戦ってもらう。心しておくのじゃぞ」
愉快そうに茶々はそう言った。茶々の隣には甲斐姫、それから茶々付きの上級侍女たちだ。絶対、暇つぶしだ。桜音たち侍女は、「そんなあ」「突然すぎるわ」と口々に呟いた。隣のお千代も「え~」と言っている。すると、茶々がパンっと大きな音を立てて扇を閉じた。
「当日まで秘めておこうと思ったんじゃがな……詠み手は水じゃ。優勝すれば、水の目に留まるかもしれんなあ、ほほほ」
その言葉で場の空気が変わった。
なんだって。桜音は、そんな話は水から聞いていない。
しかし、桜音の気持ちは誰も知るはずもなく、侍女の皆は一気に盛り上がりを見せた。
「水様が詠み手なんて!頑張るしかないわ!」
「私も!恋の札なら得意だもの、絶対に負けないわ」
侍女たちは大盛り上がりで、我こそと声を上げ出した。
「ほほほ、この勝負、恋をしていない者には不利かもしれんのう」
な、なんですってぇ。
前にいる茶々や甲斐姫、上級侍女たちは楽しそうに笑っている。桜音は、茶々の気まぐれと思われる発表のあと、千姫の部屋に戻った。
部屋に戻れば、水が千姫の話し相手をしてくれていた。
「おかえりなさい、桜音殿、お千代殿。では千姫さま、私はこれで」
「良いじゃない、このまま居てくれて良いのですよ」
「そうですよ水さま、ちょっと話があるのですが」
部屋を出ようとする水を、桜音が低い声を出して制すれば、お千代も一緒に「そうですよ」と水を責めるように言った。千姫は可憐に首を傾げて、水は「え?」と怯えるように身を縮こませた。
「かるた大会?」
「お義母さまったら、突然どうしたのかしら」
桜音とお千代で、茶々の余興について二人に説明した。千姫はもちろん催しについて知らず、詠み手らしい水も知らないようだった。
「水さまが詠み手と聞きましたよ」
桜音は水を半ば睨むように言った。水は「本当に知らないです」と続ける。
「それで、なぜ桜音殿はそんなに怒っているんです?」
水はそう言って桜音の顔をみる。純粋な水に桜音はため息をついた。二人のやりとりに、千姫とお千代は笑った。
「まったく水は鈍いわね」
「本当です。水様、桜音ちゃんは、ただヤキモチを焼いているだけでーー」
「お千代ちゃんは黙っててっ」
桜音はお千代にピシャリと言い放った。水が詠み手で侍女の皆がその気になったことに腹を立てている。それよりも、桜音はもっと大きな悩みがある。
「……私……かるた苦手なんです……」
桜音が沈んでそう言えば、千姫が手を叩いた。
「一度、ここで模擬大会をやってみましょう」
さっそく、千姫付きの数人の侍女を集め、かるたをやってみた。お千代が一番多くの札を取ることができたが、桜音は一枚も取れずに終わってしまった。ガックリと落ち込む桜音に、水がトドメを刺した。
「いやはや、まさか桜音殿がここまでかるたが苦手だったとは……」
「どうしましょう、これはお千代にかけるしかないのかしら」
お千代はニヤニヤしながら桜音に言う。
「桜音ちゃんったら、水様の声に聞き惚れて札を見ていないんじゃないのお?」
「なっ!そんなわけないでしょっ」
桜音はバッと顔をあげて反発する。聞き惚れていないと言えば嘘にはなるが、自分だってそうだろうと心の中で叫んだ。そもそも、序盤は皆が水の声に聞き入って、誰も札を取らなかった。桜音はその隙になんとか札を探したが、早速お手つきをしてしまったのだ。
桜音とお千代を中心に皆が盛り上がっている中、千姫は水の顔をチラッと見た。水の視線の先には桜音がいる。まったく、この二人はーー。
「しのぶれど……ね」
「その歌がどうかされましたましたか?」
声に出てしまったようだ。千姫はクスクス笑って、水の質問を誤魔化した。
「そうだわ。水はかるたの心得はあるの?」
「まあ……一応、忍びの修行の一環で、教養として一通りやりました」
これは面白くなりそう、と千姫は思った。
その夜、千姫は桜音と水が揃ったときに声を掛けた。
「水、少し桜音のかるたを見てあげなさい」
水はまんざらでもなさそうだが、桜音は首を横に振って全力で遠慮した。
「そんな!皆でやることなのに……私だけなんて……」
「何を言っているの。水、桜音は何回お手付きしてました?」
「6回ですね」
「その上、一枚も取れなかったでしょう」
「ゔっ」
桜音の反応を見て、水はクスクスと笑っている。この二人のその様子が微笑ましかった。
「水、どうかしら」
「はい、構いません。桜音殿、とりあえず、やってみましょう」
「は、はい……」
桜音は、項垂れたまま返事をする。水は優しい顔付きになると、柔らかい声で言った。
「どうせなら、私の詠みで、札を取って欲しいですから。ね?」
まったく、この二人は、気持ちを隠す気があるのだかないのだか。
こうして、水による桜音のかるた特訓が始まるのである。




