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『拗ねる忍びとお守り袋〜知らないあなた〜』

 その日、自由時間になると、千姫は縫い物を始めた。桜音とお千代はそれを横で見る。


 菖蒲あやめ色と黄色の布を合わせ、小さい袋を縫い合わせていた。お千代が千姫に尋ねた。


「千姫さま、それは?」

「御守り袋です。もう少しで端午の節句だから、秀頼さまにお渡ししようと思って」

「うわあ、いいですね」


 手元の布を愛おしそうに見ながら言った。どうやら、端午の節句に戦の無事を願ってのお守りを贈るらしい。手作りと言うのが、また心がこもっていて素敵だなと桜音は思った。少し頬を赤らめながら話す千姫が可愛らしい。そしてそれを貰う秀頼も、きっと喜ぶのだろうなと想像がつく。


「そうだ」


 桜音は閃いた。


 私も、水さまに手作りのお守りを渡したい……!



 その翌日、水は午後になると、剣術の稽古で千姫の部屋から離れていた。いつもは源治と自主練をすることが多いが、大坂城から出て行っていたので、城内警護隊時代にお世話になった下級武士に手合わせをしてもらった。


 ひと汗かいて身を清めたあと、千姫の部屋に向かう。部屋には千姫とお千代しかいなかった。茶菓子はあるようだし、桜音はどこかに行っているのだろうか。

 

 何か頼まれごともあるのだろう。そう思って水は腰をおろした。


 しかし、桜音が戻ってきたのは夕餉のときだった。


「ああ、水さま。剣術稽古、お疲れ様でした」


 桜音は急ぎ足で、珍しく廊下をパタパタ走ってきた。


「……桜音殿、どこか行かれていたんですか?」

「ええ、まあ、ちょっと」


 桜音は笑ってごまかし、サッと千姫の部屋に入った。中からは「千姫さま、遅くなり申し訳ありません」と言う声が聞こえる。謝罪を口にしてはいるが、どこか弾んだ声色である。何かいいことでもあったのかな、と水は思った。


 それから桜音の様子がどうもおかしい。毎晩部屋に送るとき、いつもゆっくり歩くのにどこか急いでいる。昨夜は「話しませんか」と提案してみたが、「最近肌の調子が悪いから寝る」と断られた。


 何か隠しているのだろうか?でも、水と話すときは変わらず笑顔だし、朝の水汲みもやってあげれば「ありがとうございます」と嬉しそうにしてくれる。


 世の恋人たちは、相手に不満があれば態度に出すだろうが、桜音の様子はそんな節もない。


 水は悶々と考えながら廊下を歩いていると、複数の侍女が話しているのが聞こえた。


「ええ?桜音様が?」


 桜音の名前が聞こえたので、水は思わず身を潜めて耳を済ました。なんで忍びみたいなことをしているのだろう。いいや、確かに自分は忍びだけれども。


「そうよ。玉造たまつくり神社さんで、逞しい殿方と親しげに歩いていたらしいわ」

「まあ、浮いた話がない方なのに」

「桜音様の好い人なのかしらね」


 桜音の好い人なら自分のはずだが?と水は思った。それに、逞しい殿方とは誰だ。そもそも、最近、桜音は大坂城から出たのだろうか。もしそうなら、なぜ自分には知らされていないのだろう。千姫に一番近い護衛は自分なのだから、一緒に降りろと言われるのは自分じゃないのか。


 水は身を隠すのをやめて、話に入った。こんなところで私情を持ち出すなどみっともないと思いながら。


「あの、すみません」

「水様!」

「お勤めご苦労さまです!」


 水が声を掛ければ、侍女たちはうっとりと挨拶を返してくれる。きっと、なんでも教えてくれるに違いない。


「あの……さっきの話」


 そう言えば、侍女たちは「あっ」と声を漏らした。噂話がはしたないと思ったのだろう。


「ご、御免なさい、千姫様の侍女様だと言うのに……」

「いえ、お気になさらないでください。それって、いつの頃なのかお分かりではないですか?」


 丁寧に聞いてみれば、侍女の一人が答えてくれた。


「多分、4日ほど前だと思います。その日から、桜音様は厨房でもなんだか楽しげですから」

「……その、一緒にいた殿方というのは、大坂城の者ですか」

「さあ……長身で、肩幅のある青年だったそうですよ」

「……そうですか」


 水はなんとか笑顔を作ってお礼を言うと、その場を離れた。後ろから「またお話しましょう」などと言われているが、返事をする余裕はなかった。



 おそらく、今の自分の顔はとんでもなく引き攣っている。それに目つきも悪い。


 誰だ、4日前に桜音と親しげに神社にいたという、長身で肩幅のある逞しい男というのは!


 おそらく、その日は水が剣術稽古をしていた時だ。だから知らせてくれなかったに違いない。


 まさか、葉名だろうか……?いいや、もしそうならもっと別の話が上がってくるだろう。それに、男と楽しげに話す葉名など想像できない。


 桜音も桜音だ。最近、どこかおかしいのは気のせいではない。夜はすぐに部屋に帰ってしまうし、ここ数日は妙に浮き足立っている。分かりやすいのは桜音の可愛いところではあるが、理由の分からないそれでは、こちらは気分が悪い。


 水は千姫の部屋に戻ると、中に声を掛けた。


「千姫さま、開けてもよろしいですか」

「あっ、え、ええ!あっ、ちょっと待ってくださいね!水、どうぞ!」


 珍しく千姫の焦った声が帰ってくる。千姫まで何かあるのか。水は勢いよく襖を開けた。


 中には千姫、お千代、それから桜音。三人で裁縫道具を囲んでいる。千姫は何か布を裏返した。お千代は手元が狂ったのか「痛っ、あっ」と右手に針を持っていた。桜音は驚いた顔で手元を隠している。水は苛つきを覚えた。普段なら、こんなこと気にならないはずなのに。


「……入らないほうがいいですかね?」


 思わず、低い声で言ってしまう。特に桜音は目を泳がせていた。千姫は笑って水に言う。


「そんなわけないでしょう。どうしたんですか、何かありましたか?」


 どうしたもこうしたもない。聞きたいのはこっちだ。水は部屋に入って桜音の前に立った。何やら、手元を気にしている。大きな目をぱちくりさせて、水を見上げてくる。


「……桜音殿、私に何か隠していませんか」


 ほんの一瞬の沈黙のあと、桜音は笑ってごまかしてきた。


「水さまに?そんなことありませんよ」


 じゃあ、その手元はなんで隠しているのだと聞きたい。でも、それは千姫も同じこと。これ以上、品のないこともしたくなかったので、水は三人から目を逸らした。


「……そうですか、なら良いです」


 水は部屋を出た。耳を済ませると「ふう」「焦った~」という小さな声が聞こえた。苛立ちが治らない。その夜、水は桜音の仕事が終わるのも待たず、一人先に帰った。

※玉造神社・・・豊臣家とゆかりのある神社。

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