表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/4

『届かぬ春、名前を呼ばれた秋〜前編〜』

 私は、華の豊臣大坂城に仕える侍女である。それも、豊臣秀頼・若様の側室・伊茶いちゃさまの侍女だ。伊茶さまは若様のお子を二人もお産みになられた偉大なお方。若様は、正室の千姫様と大変仲睦まじいが、かといって側室を無下にされていることはない。それに、千姫様は実に温厚な姫のため、伊茶さまや側室侍女たちへも優しく接してくれていた。


 そんな私の最近の楽しみは、大坂城の女性陣で一番人気である水様を拝むことである。淀殿こと、茶々様の護衛をしているときに初めて会話をした。私が着物を数着運んでおり、今にも手元から落としてしまいそうになったときだった。


『大丈夫ですか、お手伝いします』


 そう言って、半分以上の荷物を持ってくれたのが水様だった。水様は、私の歩幅に合わせて歩いてくれていた。隣を歩く水様はとてもキラキラしていた。廊下に差し込む太陽の光で、そう見えたのかもしれない。そんな水様に「仕事を手伝う」と言われて、断れる女性などいないと思う。


 皆の憧れの水様は、遠くから見かけたのと同じで、決して美化されたものではなかった。女性にしては長身で造形も美しく、声にも艶がある。まるで動く芸術のようだ。


 伊茶さまのところへ戻れば、突然現れた水様に、他の侍女だけでなく、伊茶さまも喜んでいた。伊茶さまが、お礼に茶菓子を出すと言ったが、水様は「茶々さまのところに戻りますので」と丁寧に断りを入れて去っていってしまった。


 それから、伊茶さま付きの侍女の中で、水様と直接会話をした私はひととき注目を浴びるくらいだった。密かに憧れていた水様とは、すれ違うときに挨拶を交わせるようにもなった。遠くから見かけたときは、その美麗な姿を目に焼き付けた。もっと、もっと水様と仲良くできれば、毎日がどんなに楽しいだろうと考えたりもした。


 水様は、自分とはあまり年が変わらないであろう娘なのに、とても凛々しくて優しい。私以外にも、水様に想いを寄せている侍女はいると思う。


 そんなとき、私たち伊茶さま付きの侍女の間で、水様の話題が上がった。水様が、千姫様の護衛になるというのだ。千姫様の部屋は、茶々様の部屋よりも伊茶さまのところへ近くなる。ということは、水様の姿を見られる日や、すれ違うことも増える。それなら、自然と言葉を交わすことも増えるのではと嬉しくなった。そう考えているのは、伊茶さまの侍女は皆同じだった。それでも、普段から水様と挨拶を親しく交わせるのは私なのだからと、優越感に浸っていた。水様が千姫様の護衛になる日が待ち遠しかった。



 水様が千姫様の護衛になってから何日か経った。それは桜が舞い散る季節で、水様が桜の木を背景に庭を歩く姿を見た。桜の花と水様が一体になっている風景はとても絵になった。声を掛けることはできなかったが、ジッと見ていたからか、水様は私の視線に気付いた。私だと分かると水様は軽く微笑んで頭を下げてきた。私も嬉しくなって笑い返した。隣にいた侍女は、私をとても羨ましがった。水様はそのあと、すぐに視線を私から逸らし、厨房のほうを見ていた。何かあるのだろうかと私は首を傾げたが、水様なりに何か用があるのだろうと思った。


 また水様を見たのは、千姫様の侍女方が歩いているのを熱心に見つめるところだった。水様の視線の先には、中級武士の家系の生まれであるお千代様、それから、しっかり者で面倒見の良い桜音様がいた。千姫様に付いている侍女方は皆、評判が良いし、容姿も可憐な方が揃っていると言われている。水様は、二人とは距離を取っているから、千姫様の侍女と上手くいっていないのだろうかと思ったりもした。


 水様の感情は上手く読み取ることができないが、鋭い視線だったのは確かだ。その夜、厨房の外で水様が誰かを待っているようだった。桜音様が先にそれに気付き、声を掛けられていた。


「なら、呼んできますよ。誰でしょうか」

「ここで待つので大丈夫です。どうも」


 水様は桜音様の気遣いに断りを入れていた。水様はいったい誰を待っているのだろう。桜音様以外に用があるのは確かだ。桜音様は少し寂しそうに厨房を後にした。水様は、桜音様の後ろ姿をジッと見つめていた。それが、変に熱っぽくも見えて驚いた。私も仕事を終えて厨房を後にするときに水様に挨拶をした。一日の仕事を終えたこともあり、髪が乱れていないか心配だったので、髪を少し整えてから「おやすみなさい」と言った。水様は爽やかに「おやすみなさいませ」と答えてくれた。逆に言えば、とてもサッパリした返答だった。


 翌日、厨房で朝食の用意をしているとき、茶々様と千姫様の侍女方が盛り上がっていた。桜音様が、水様に「仕事を手伝う」と声を掛けられたのに、断ったということらしい。そんなことで盛り上がれるのは、女特有なのだろうなと思いながら、私はその話題に耳を傾けた。


「でもさ、重い荷物を持っているときに水様と会ったら代わってくれるわよね」

「そうそう。見かけたら手伝ってくれるのよね。男前よね、素敵だわ」

「だからね桜音ちゃん、今回みたいに、やる前に声を掛けてくるなんて珍しいのよ!」


 その話の流れに違和感を覚えた。桜音様と水様は、なんだか関係が悪いように思っていた。それにしても、水様が仕事を手伝ってくれるのなら、頼ったら良いのにと思った。私なら、水様に喜んで手伝ってもらうのに。桜音様は、仕事に真面目すぎるから、人に甘えることができないのだなとそのときは思った。


 

 その数日後、廊下を歩く二人の後ろ姿を見た。一人は水様だった。その横にはいたのは、なんと桜音様だ。二人とも千姫様についているのだから、驚くこともないのかなと思ったが、ついこの前見た二人の関係よりも、グッと仲良くなっているように見えた。

 

 だって、水様が、笑顔で桜音様に話し掛けていた。水様は寡黙な方だと思っていたので驚いた。水様は歯を見せているほど笑顔なのに対し、桜音様は少し困ったような顔をしている。その様子に、私は胸がギュッとなった。


 そこに私がいたかったのに、と思った。私だったら、水様の話をずっと笑って聞いてあげるのに。そのとき、私が抱いている水様への感情は単なる憧れではないのだと気付かされた。見ているだけで、ほんの少し話せるだけで良かったのに。どうして、そこにいるのは私ではないのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ