『水と桜音の長刀稽古〜才能と不安〜』
大坂城には、対徳川家の雰囲気が漂っていた。千姫は複雑な心境であったであろうが、千姫は自分の心配より、侍女たちの安全に気を配っていた。その証拠に、水へ、侍女たちへの長刀稽古を行って欲しいと頼んだ。水はそれに応え、千姫の侍女だけに留まらず、側室の侍女たちも対象にして、集団稽古を行うようになった。熱心な取り組みは茶々の耳にも入り、覗きに来ることもあった。そして、あの甲斐姫も感心しているらしい。
型の練習だけではなく、打ち込み稽古や、二人一組になってもらい、対人の練習もしていた。桜音も積極的に参加しているが、水自身、桜音には今ひとつ物足りないのではないかと思っていた。
桜音の武術の才能は、おそらく血筋だ。桜音の双子である葉名を見ていた水だからこそ分かった。桜音は、きっと刀を持たせても上手いだろう。ただ、体の鍛え方が変わってくるのでそれは難しい。
一番怖いのは、桜音が葉名と対面したら、ということだった。確かに桜音の長刀捌きは侍女の中で群を抜いている。それでも、葉名に刀を向けられたら一溜りもないだろう。そんなことが起こって欲しくないが、不安は拭えなかった。
「難しい顔をしているな、水」
侍女たちの稽古を見ている水に声を掛けたのは、長刀の名手と称された甲斐姫だった。
「甲斐姫様」
水はサッと跪こうとしたが、甲斐姫が「良い、楽にせい」と間髪いれずに水に言う。水は頷いた。
「何か思うことがあるのだろう?実力の差が浮き彫りのようだしな」
さすが甲斐姫である。侍女たちの実力を分けて対戦をさせるようにはしているが、それでも、桜音の成長は周りよりも速かった。甲斐姫は桜音を指差して言った。
「あの千姫の侍女。桜音といったか。あの娘は特に筋が良いな。普段から一緒に千姫に仕えているのだろう?」
「はい。それが……この稽古では役不足かと思っておりまして」
「そうだな。侍女でなければ、お前のような忍び、男なら有力な武将になれたかもしれない」
甲斐姫は桜音を評価するように言うが、水は複雑な気持ちになった。
桜音の双子の妹である葉名は、まさに忍びであり、さらに打刀の使い手としては男顔負けだ。桜音が男だったら、などとは考えたくなかった。桜音が男であれば、出会えていなかったかもしれない。水が黙っていると、甲斐姫が不思議そうに水に問う。
「なんだ、何か不服か」
「いいえ、申し訳ありません。桜音ど……こほん。あの侍女は、普段は可憐な方なので、男であったときの想像ができなくて」
甲斐姫の前なので、あまり桜音の名前を親しく出さないほうがいいかと思った。しかも、普段から面白くて可愛いなど、そんなことを言えるわけがない。
「ほう。私もな、男なら一城の城主になれると言われていたのだぞ。それに、東国無双の美人と呼ばれていたのだ」
甲斐姫が、自分だって、と自慢してくるのが少しおかしくなり、水は笑って返した。甲斐姫は、よく自身の武勇伝を女たちに聞かせる。水は内心、その話が結構好きだった。
「もちろん、存じておりますよ。しかし、甲斐姫様と桜音殿ではお顔の系統も、性格も全く違っておられます」
「それはそうだな。もし、あの娘を思うなら、個別に指導してやっても損はないだろう。備えは多いほうが良い」
甲斐姫はニヤニヤと笑っている。しまった、思わず桜音の名前を出してしまった。桜音のことになると、どうも気が緩んでしまう自分がいた。水は呼吸を整えてから答えた。もっと気を引き締めなければ。
「……はい。甲斐姫様の、仰せの通りだと思います」
水は考えながらそう答え、桜音の姿を見た。その横顔をチラリと見た甲斐姫が、「ほう」と何か察したようだったが、水はそれに気付かなかった。
集団稽古が終わる。侍女たちは身なりを整えてから持ち場に戻るが、水はその場の片付けをする。桜音とお千代が手伝うと言ったが、水はお千代だけを先に千姫のところへ帰した。お千代は「また桜音ちゃんばっかり!」と口を尖らせたが、水が宥めた。お千代は「ゆっくり帰ってきて良いですよっ」と本気なのか冗談なのか分からない文句を言ってから、大股で歩いて行った。
「水さま、お千代ちゃん怒ってますよ」
「そうですね。でも、そうしないと二人きりになれないし」
そう言えば、桜音は「えっ」と軽く顔を赤らめた。このところ、徳川家に対する情勢のせいでばたついて、二人でゆっくりする時間が限られていた。桜音が何か期待しているのかなと水はニヤけそうになったが我慢した。桜音には悪いが、恋人らしいことをしたくて呼び止めたわけではない。
「稽古、物足りなくないですか?」
「え」
桜音の顔を見れば、表情が固まってしまった。やっぱり、何か期待していたのだなと思ったの同時に、分かりやすい桜音の反応に笑いたくなった。
「桜音殿、二人で稽古、しませんか?」
「え?」




