完結『なんでも言うことを聞く日〜拗ねる恋人と嫉妬の代償〜』
源治が来てくれて助かった。なんなら、もっと早くに声を掛けてくれれば良かったのに。つい舞に夢中になって、源治の存在に気付くのが遅くなってしまった。
何はともあれ、茶々が出ていってくれたので、この意味のないお茶会もお開きになるはず。そんなことを考えながら甲斐姫の話に適当に付き合っていると、甲斐姫が水の腰に手を回して来た。
「か、甲斐姫様?」
「にしても、水。お前、腰が細いな。もっと食べんか」
「いえ、体を動かしているからかと思いーー」
「腹がペラペラではないか」
甲斐姫が、水の腹と腰回りを弄った。水は軽く抵抗を示すが、強く断りを入れることも出来ず、水は声を上げた。くすぐったいーー。
「ひゃっ…」
「む」
室内がまた静まり返った。本当に最悪だ。ここに茶々がいなくて良かったと思いたいところだがーー。
「なんだ水、お前、可愛い声を出せるんだな、どれ」
「ちょ、ちょっと甲斐姫様っ……!」
甲斐姫が、面白がって水に距離を詰める。さすがに、これはまず過ぎる展開だろう……!
「甲斐姫、そろそろ、お開きにいたしませんか?」
ニッコリと笑いながら止めに入ったのは千姫である。千姫は、年齢こそ若いが、立場として甲斐姫よりは実ははるかに上だ。今日初めて、千姫に感謝をした気さえする。
「そうだなあ。水、今日はとても面白かったぞ」
「ふふっ、本当に。水、お疲れ様でした」
「……いいえ」
私は全く面白くありませんでしたーーと言いたいところだ。桜音をチラリと見てみれば、なんだか腑に落ちないような顔をしていた。
「さて。甲斐姫、今日はお部屋に招いて頂きありがとうございました」
「こちらこそ。またおいでなされよ」
千姫は軽くお辞儀をすると、水、桜音、そしてお千代に声を掛け、歩き出した。
帰る途中、桜音の顔を見てみたが、なんだか機嫌が悪そうだった。今日の状況を思い返せば、そうなるのは普通、私だろうーー。そう思いつつ、触らぬ神に祟りなしなので、話しかけることはしなかった。今は絶対、機嫌が悪い。理由は分からないが。
「水、何しているの、着替えてはなりませんよ」
部屋に戻り、さっそく忍び装束を着ようとすると、千姫に全力で止められた。まだ続いているのか。
「今日は、水も夕餉を作ってきなさい」
「……恐れながら千姫さま、私、周りからあまり調理は向いていないと言われるのです」
「包丁は使えるでしょう?」
「……はい」
結局、夕餉は包丁係として厨房に駆り出され、千姫の寝支度が整うまで、侍女の格好から解放されることはなかった。それに、桜音が顔を合わせてくれることもなかった。何か怒らせることをしただろうか。
「では、おやすみなさい、千姫さま」
「失礼いたします」
水は、桜音とお千代と共に千姫の部屋から退く。歩いていると、桜音はお千代に先に部屋に戻るように言った。そして、水と二人きりになった途端、水を鋭く見てきた。
やっぱり、私に怒っているのかーー。怒りたいのはこちらだし、なんなら、千姫に桜音を庇うために舞えとまで言われたのに。
桜音は低い声で水に言う。
「……水さま」
「……はいなんでしょう」
「明日からは、ちゃんと、腰の長さまである羽織を着てくださいね」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。つまり、薄着を辞めろ、前みたいに風邪を引くぞと言いたいのか。
「分かりましたか?」
「……まだ侍女ごっこ続いてるんですか?」
「ち!が!い!ま!す!」
桜音の怒りが頂点に達したのか、桜音は水に詰め寄ってきた。水は思わず一歩後ろに引いた。
「……あ皆の前であんな声を出して、なんてことするんですか」
「……え?」
「しかも、お千代ちゃんを庇った時、裾から足が出ていました。気付いてました?」
そう言いながら、手を水の体に滑らせてくる。内心ギクリとし、水はまた一歩下がる。だが、桜音は二歩も三歩も詰めてきた。桜音の手が、ゆっくりと下へ下りていく。
触れられて、思わず体の動きを止めてしまった。それなのに、体の熱は高まる。
「ちょ、ちょっと」
水は桜音の手を押し返す。しかし、その細い手首に、強く抵抗は出来ない。
「水さまのほうが、力強いでしょ?嫌なら抵抗してください」
出来ないことを分かって言っているなーー。
というより、あんな状況で、足が出ている出てないなど気付くわけないだろう。今そんなことを言われても、全て不可抗力じゃないか。
「あの、桜音殿ーー」
「こんな格好、皆の前では二度としないでください」
それを言うなら、千姫に言ってくれーー。水は天を仰いだ。
もう絶対に、軽々と「お礼として何でもする」など発言するのはやめようと水は誓った。
後日談①千姫とお千代の場合
「水、また侍女の格好してね」
「千姫さまのお願いでも、お断り申し上げます」
「水様、私も見たいですぅ」
「絶対やりません」
後日談②茶々の場合
水は、桜音と共に、茶々に借りた着物を返しに来た。
「茶々さま、お着物を貸して頂きありがとうございました。こちら、千姫さまからのお礼の茶菓子です」
「今日はあの格好ではないのか、つまらん」
「……。あの、お借りした着物ですが、稲殿にお預けしてよろしいでしょうか」
「そうじゃのう」
「承知しました。それでは、これにて失礼致します」
「水」
「はい」
「お前、可愛いところがあるらしいの。甲斐姫が言っておった」
「し、失礼いたします」
桜音からの視線が痛かったので、水はそそくさと部屋を退いた。
後日談③源治の場合
水は今、源治と自主稽古をしている。源治は何も言ってこないので、水はこのままやり過ごそうとしていたのき、休憩中にふと話題に出された。
「ところで水。あの侍女の格好、水だったんだなあ」
「……え、私だと分からなかったんですか」
「いやあ、一瞬、水の姉妹が侍女として入ったのかと思った」
「茶髪の女が大坂城に二人もいるのはおかしいと思うべきです。もう、源治様まで」
「はははっ。なんだ、拗ねているのか。似合っていたぞ」
「お世辞は結構です」
「お世辞じゃないんだけどなあ。また着たらどうだ?」
「絶対着ません」
終わり




