『なんでも言うことを聞く日〜お茶会地獄と舞う忍び〜』
「水様、本当に綺麗……」
「え?あれ、水様ですか?」
「千姫様が着せたらしい」
甲斐姫が用意した部屋で、皆が集まり茶菓子を広げ始める。甲斐姫の侍女たちは、水に見惚れしまい、息を呑んでいた。水だと分かると、キャアキャアと騒ぎ出す。
水は、もし自分に身分があり、侍女として働けと言われても、うまくやる自信がない。こんなふうにコソコソ話や黄色い声を上げたりなど、どうもできるタチではない。
絶対に、姫たちに遊ばれるーー水はそう予感して、桜音の隣に座ろうとしたが、間髪入れずに茶々に、
「これ新人、お前はこっちじゃ。妾の隣へ来んか」
と言われてしまった。桜音に目線で助けを求めてみたが、桜音はニッコリ笑い、水を見上げる。なんだか今日の桜音は、意地悪だ。
「水さま、命令に逆らってはなりませんよ?」
「……でも」
「まだ一日長いのです。頑張れますよね?」
「う……」
侍女として働く桜音はこんな感じなのだろうか。お千代にもこうやって、指示を出しているのか……。なんて怖い先輩なのだ。桜音がそう言うので、水は渋々、茶々と甲斐姫の間に座った。
別にこの二人の間に座ることは苦ではない。こうやって弄られるのがたまらない。何をさせられるのだろう。
桜音をチラリと見れば、お千代と一緒に茶を注いでいる。すると甲斐姫が声を掛けてきた。
「水、何をみている」
「……いえ」
「ん〜?ああ、茶か。そうだ茶々殿、せっかくだし、水に運ばせてみては」
「おお、いいな。水、妾たちに茶を運べ」
「……はい」
水は桜音たちのいる部屋の隅に移動する。水の動きに部屋の皆は首が付いて動いている。
いい加減にしてくれないだろうか……。
桜音の横に腰を下ろせば、桜音は少し驚いたようだった。
「わっ……水さま、気配消さないでください」
「……それはすみません」
「水様、先輩にその言い方は良くないですよぉ?」
お千代が揶揄ってくる。水は唸った。
「ふふ……お千代ちゃん、今日は侍女一日目だから、仕方ないよ」
「そっか。それもそうだね」
「さあ水さま、このお茶を、こうやって持って、茶々様と甲斐姫様に持って行ってくださいな。転んじゃだめですよ?」
「転びません」
この中で一番身体能力が高いのは自分です、と喉まで出たが我慢した。
水は足を進めて、茶々と甲斐姫に茶を差し出した。二人は顔を見合わせて、うんうんと頷いて笑っている。はあ、なんて気分が悪い。
「ほほほ、所作が完璧じゃのう」
「大型新人だな。ははは」
何が面白いのだか。
そこで、後ろからお千代の悲鳴が聞こえた。
「きゃっ……」
「あっ……!」
上級侍女たちに茶を運びながら、お千代が滑ってしまったようだったーー水は瞬時に動いた。
放り出されたお盆をまず右手に乗せ、滑って後ろにのけ反ったお千代の背中を左腕で支える。宙に浮かんだ三つの湯呑みは順番にお盆にタン、タンタンと乗せた。そして、大蔵卿局にかかりそうになった茶の湯は水が背中で被った。
一瞬、部屋が静まり返る。一呼吸おいて、お千代と桜音以外が湧いた。
「ほほう!さすが水だな!」
「水様かっこいい!」
「身のこなしが流麗だわ!」
その隙間に、お千代は「ごめんなさい」と水に謝ってきた。水は首を横に振ったあと、お千代を立たせてやった。お千代はすぐさまお茶を入れ直しに戻る。
「水さま、火傷は!?背中は、大丈夫ですか!?」
水に駆け寄り、心配の声を上げたのは桜音だった。
「大丈夫です。でも着物が……お借りしているものなのに」
「火傷がないなら良かったです。さあ、拭いてください」
桜音が手拭いで水の体を拭こうとしてくれたのだがーー。
「私が拭きます!」
「いいえ!私が!」
侍女たちは、手拭いと水の取り合いに時間を要してしまった。
身も心もボロボロだ。茶を被るくらいどうってことはないから、早く解放してほしいーー。
「そうじゃ水、その着物では寒かろう。妾が着物を貸してやろう」
「いいえ、結構でーー」
「妾が着物を貸してやろう。稲、青色の着物を持ってこい」
「はい、茶々さま」
貸さなくていいから、早く私を解放してください。
水が次に着せられた着物は、鮮やかな青色の高級そうな着物である。黄色の帯を桜音に巻かれた。水が着替えた姿を見て、皆はうっとりしている。水はその視線に気付かないフリをして、また茶々と甲斐姫の間に座ろうとした。が、その際に、茶々がまた気まぐれに声を出した。
「なんだかつまらんな。誰か、何か景気付けに余興でもやらぬか」
また何か言い出したなーー。
確かに、余興の一つや二つくらい見せて貰わないと割に合わない。水がそう思っていると、茶々がこちらを見ているのに気付いた。
「水」
「……なんでしょうか」
「ほれ、妾の扇を貸してやるからそこで舞ってみい」
「……」
なぜ自分が?と問いたい。かと言って、口答えもできない。回答に困っていると、甲斐姫が水の腰を押してきた。
「早く行け、水」
「……はい」
さすがに態度が悪いかな、と思ったが、こんな無茶振りを耐えられる人などいるだろうか。葉名だったら、一番初めの着替えの時点で耐えられてない。自分はかなり耐えていると思うのだが。
「はあ……」
水は思わず、ため息を吐いた。しかし、思ったより大きな音を立てて外に出ていってしまう。
まずい、さすがに悪態をついてしまったーー。
「水、疲れてしまったの?」
駆け寄ってきたのは千姫だーー疲れているに決まっているだろう。コソッと水に耳打ちしてくるが、救いではなさそうだったので余計に萎えてしまう。
「……いいえ」
「お願い、あなたに頑張って貰わないと……私の侍女である桜音に責任が回るわ」
「……というと?」
水はそっと桜音に視線をやる。桜音は、出入りする襖に一番近いところでちょこんと座り、水のことをジッと見てきている。水は視線を千姫に戻した。
「あなたの舞が微妙だと……桜音が代わりにさせられると思うの、お義母さまのことだし……もしかしたら、恥ずかしい格好させられるかもしれないわ。……さっきの、お千代のお茶のこともあるから」
「……分かりました、私がなんとか致します」
「ありがとう!」
桜音が、この侍女ごっこを楽しんでいるのは不服だが、恥をかかせるわけにはいかない。そんなことなら、舞の一座くらい、安いものだ。水は背筋を伸ばして一歩、また一歩と前へ出た。
「では……一座、失礼いたします」
水が優雅にお辞儀をした。まさか、水の舞を見られるなんて。水を贔屓にする他の侍女たちも見ていることが少し残念だが、水が華やかな着物を身に付け、女性らしく振舞うのは見ていて胸が高鳴った。
「水さま素敵〜」
「今の手の動き見た?」
「本当にお綺麗」
水は腰を下ろし、扇を閉じて右手に持つ。伏せたせいで長いまつ毛が露わになった。皆がその顔に意識を集中させる。そして、水は息を吸った。
「‘思へば この世は 常の住み家にあらず’」
低すぎず、高すぎない心地の良い声が、いつもより艶を帯びて、形の良い唇から放たれる。歌を続け、腰を上げる。一つ一つの動きがあるたびに、侍女たちは感嘆の声を漏らしていく。男の舞ではあるが、水が舞うとより美しく、より儚く、声も耳も潤されていく。
ーー面白くない。
「‘金谷に花を詠じ 榮花は先立つて 無常の風に誘はるる’」
水が、いつも娘でありながら忍びで、振る舞いが優美かつ男前だから、女性に人気があるのは分かっている。でも、今日のような、水が侍女の格好をして、舞をさせて、いつもは首巻で見えないうなじ、身を守るために付けている当て布がないから、細い手首も足首も露わになっている。
女性的な魅力を知っているのは、恋人の自分だけで十分じゃないかーー。




