『なんでも言うことを聞く日〜侍女になった忍び〜』
梅雨が明け、豊臣大坂城の空はカラッと晴れわたっている。真夏までもう少しなので、薄着で過ごしやすい季節だ。
千姫の午前の教養の時間は、先生が体調を崩してしまい予定がなくなった。よって、千姫は一日の暇が出来たわけである。今日はなにをしようかと考えているうちに、ふと水の先日の発言を思い出した。
『干しイチジクのお礼と言ってはなんですが、何かお手伝いできることはありませんか』
『そうねえ……なんでもいいのかしら』
『もちろんです。なんでも、お伺いします』
そのときはすぐに思いつかなかったので、考えておくと返した。
ーーそうだわ。
保留にした先日の自分を褒めたい。良いことを思いついた。
「お千代、桜音、運んできてほしいものがあるのですが、良いでしょうか」
「もちろんです」
隣にいる桜音と、ちょうど部屋に入ってきたお千代に声をかける。廊下にいる水にも声が届いたらしく、水も顔を出した。
「荷運びでしたら、私もお手伝いいたします」
「まあ、ありがとう!では、今から言うものを持ってきてくださいな」
これは面白くなりそうだ。
「お千代、髪の毛はもう少し下で結ってあげなさい」
「はい、千姫さま」
「千姫さま、帯はこの色で良いでしょうか」
「そうね、もう少し薄いものにしましょう。ほら、この薄い山吹色なんてどう?」
「……あの、これはどういう」
千姫は一人部屋に座り、桜音、お千代、そして水を眺めて満足している。
「あっ、ちょっと水様動かないでください、もう~」
「水、じっとしていなさい。髪を触られるのが嫌なの?桜音、結ってあげなさい」
「自分で出来ます」
「ダメよ、なんでも言うことを聞くのでしょう?」
「……」
水は落ち着かない様子で、目だけをキョロキョロする。桜音はお千代から髪紐を受け取ると、櫛で水の髪を梳いていく。
やっぱり、桜音が触ると大丈夫なのね、分かりやすいーー。
桜音が水の髪に触れれば、水は大人しくジッとした。
「さ、出来ましたよ」
「きゃあ~!水様ったら素敵ですぅ!やっぱり、美人だからよく似合いますねえ!」
水の左右にいるお千代と桜音は、キラキラした瞳で千姫を見つめてきた。思った通りだ。
「素晴らしいわ!!水、今日はそれで、一日私のお供をしなさい」
「え?これでですか?」
「あら?私の言うこと、なんでも聞いてくれるのではなかった?」
「いや……そうなんですけど……この華やかな色の着物はどうも……」
三人に運ばせた荷物というのは、侍女が着る着物だ。せっかくなので、水には侍女の格好をさせ、一日隣にいてもらおうと思う。我ながら、素晴らしすぎる案だ。
「何を言っているの!私はず~っと思っていたのです。水ったら、綺麗な顔だし見栄えも良いのに、毎日毎日男のような格好をして」
「仕事ですから仕方ありません」
「勿体無いと私は初めから思っていたのですよ」
「聞いてますか?」
「千姫さま、水様贔屓の本気勢だったんだ」
「ね、私も知らなかった」
千姫は水の周りをクルクル周りながら確認をする。水色の着物は白い肌と茶髪に合うし、いつもピシッと結ってある髪も、今日は下ろして毛先だけ縛らせた。
こうして見てみれば、絶世の美女と言っても良いだろう。
「水、今日は私の侍女兼護衛よ。まあ、本当に可愛いらしい。お化粧もして正解だわ。お千代、桜音、見なさいこの水の鼻筋を」
「千姫さま、桜音ちゃんは水様の鼻筋はきっといつも見てます」
「お千代ちゃん!」
この美しい侍女を、この部屋一室に閉じ込めておくのは勿体無い。千姫は両手をパンと叩いた。
「さて、少しお散歩に行きましょう!さあ水、ついていらっしゃい」
「は、はあ」
水は困った顔のまま一歩進んだ。その姿を、千姫は桜音とお千代はジッと見る。水の歩き方がなんだかぎこちない。
「男らしい歩き方ね。水、優雅に歩きなさい」
水はもう呆れ果てている様子である。だが、まだ午前中なのだ。そんな顔をしたって、主人の命令には逆らえないことを教え込まなければ!
「お千代、歩き方の指導をしなさい」
「はい!さ、水様、手はここで合わせて、足の運び方はこんな感じに」
「桜音殿、助けてください」
水はお千代を無視し、桜音に視線をやった。桜音は「ええ~」とボヤきながら水の隣へ行く。
「仕方ありませんねぇ。良いですか水さま、歩くときはこうやって……」
「……桜音殿」
桜音も乗り気であることが分かると、水は大人しくなったようだった。




