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『水のドタバタ看病と長ネギ③』

「お粥を作りたい?」


 千姫の部屋の襖を開けて顔を覗かせたのはすいだった。桜音おとは今眠っているらしく、お腹が空くだろうから何か作ってあげたいそうだ。そんなことよりーー。


「水様、長ネギは置いてきてください」

「……お粥に入れるんです」


 水は上目使いで見てくる。先ほど叱ったせいなのかもしれないが、今の水はなんだか子供のようだ。普段の凛々しくて格好良い水はどこにいったのだろう。もしかして、桜音の前ではこんな感じなのだろうか。千姫が、コソッと「長ネギの話、本当だったのね」と笑いを堪えている。笑い事ではないと言いたいところだ。


「水様、お粥は作れますか?調理なら、お一人でやって貰ってもーー」

「いえ、その……そんなつもりはないんですが、私……あんまり得意ではないみたいで」


 なるほど、自覚がないのか。これは桜音のためにも、水を手伝うべきかもしれないーー自分が作るより、水が作ったお粥のほうが、桜音も喜ぶだろうし。お千代は千姫に断りを入れ、水と厨房に行くことにした。水は長ネギを握りしめたまま、千姫に深々と頭を下げていた。


 

「お、お千代ちゃん?水様どうしたの?」

「今から戦いに行くような雰囲気だけど」

「お粥作るんだよ」

「お粥?」

「そう、お粥」


 水にお粥の作り方を教えるのは至難の技だった。どうも気持ちだけ先走っている。今はなんとか落ち着いて米を煮ているが、ここまでも時間が掛かり過ぎだ。


 まず、米に対してみずをドボドボ投入し出した。


「水様!?水入れすぎですって!」

「だって水分取らないといけないですよね。桜音殿、寝ているほうが多いので、全然水を飲めていないですから」

「それするとただの米汁になるでしょ!」


 次は火力が強すぎた。火おこしは完璧なのに、ずっと強火で調理しようとする。やめてくださいと注意すれば「早く仕上げないと桜音殿がお腹を空かせてしまう」などと言う。


 そして今後は米をかき混ぜ始めたのだ。それを見つけたのは稲だったので、すぐに辞めさせてくれた。


「……水様、何をしているんです?」

「お粥に入れるんです。栄養を取らないと、またすぐに体調を崩してしまいますし」


 水は、鍋の横に色々な食材を並べている。まずは長ネギ。何やらずっと拘っているネギは入れてあげることにしよう。その横には、生姜、卵、人参をはじめとした野菜の数々、見たことのない薬草と思われるものがあった。水は上の人たちにも顔だけは利くので、高級品も手に入れられるのが厄介だ。


 水は「これが……それでこっちは……」とブツブツ呟きながら、食材を指差していた。


 この忍びは、調理の教育はされてこなかったのか?見たこともない水の師匠を殴りたい。これは調理が苦手という程度では済まされないだろう。


「……水様、これは訓練や修行ではなく、看病なんです。何を入れるのかは、よく考えないといけませんよ」


 水はお千代を見ると、しょんぼりと視線を下げた。桜音を大切に思ってこその行動なのだろうが、どうも空回りし過ぎだ。


「……じゃあ、長ネギだけでしょうか」


 いつまで長ネギ長ネギと言うつもりだ。この忍び、確か年齢は自分より一つ上のはずなのに、この感じはなんなのだ。黙って水をジトッと見ると、言葉を付け加えた。


「……長ネギは……どうしても入れたいです」


 お千代は水に歩み寄り、水の隣に立って具材を眺めた。


「なら、あとは卵と、梅も入れましょうか。それなら腕に自信がなくても、味付けもしやすいですし」


 そう助言すると、水は間を置いて、笑顔で「はい」頷いた。あ、こういう顔もするんだーー。打ち解けると、意外と可愛いところが見え隠れするのか、とお千代は思った。


「お千代殿、醤油入れますね」

「えっ、ちょちょちょっ!」


 入れますねと言いながらもう入れる寸前じゃないか!とお千代は厨房を走って水の腕にしがみつく。


「わっ、なんですか、危ないですよ」

「危ないのはこのお粥です!味付け終わったんじゃないんですか!」

「最後の一滴です」

「いりません!」


 強く言えば、水は腑に落ちない様子で口を尖らせて、醤油を片付けた。


 美人で、格好良くて、可愛いところがあるのはよく分かったが、こんな水を相手にしている桜音は、実は凄いのではないだろうか。


「よし、できました!お千代殿、本当にありがとうございます。では早速ーー」


 水は大きな皿に取り分け始めた。


「待って水様、味見はしたんですか?」

「え?いいえ。桜音殿に最初に食べて欲しいんです」


 「え?」じゃないんだよ!とお千代は目をグルリと回した。もしも壊滅的な味だったらどうするつもりなのだ。


「水様、桜音ちゃんが水様にお粥を作った時は、味見してましたよ」


 そう言えば、水はピクッと反応して動かなくなった。すると水は大人しく、さじをお千代に手渡した。ーーなんて分かりやすい忍びなんだろう。ここはひとつ、桜音の健康と、桜音と水の二人の関係を守るためにも、毒味をしてやろう。


「……どうです、お千代殿」

「……そうですね、お粥の味はしますね」

「え……、不味いってことですか」

「大丈夫です。ほら、食べてみてください」


 水はそのお粥を口にした。なんとも言えない表情だ。別に、悪くない味のはずなのだが。


「……桜音殿のお粥のほうが美味しい」

「ふはっ……それは当然でしょう。ほら、早く持っていってあげてください」


 お千代は、お粥を皿に移し、水へ渡して背中を押した。水はお千代を振り返った。


「……お千代殿、お忙しいのに、本当にありがとうございました」


 いつもの凛々しくて、格好いい顔付きだ。これでこそ、お千代の知る水だ。


「いいんですよ。桜音ちゃんのこと、頼みましたよ」

「はい!」


 桜音の名前を出すと、水は可愛らしく笑って駆けて行った。

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