『水のドタバタ看病と長ネギ②』
目が覚めると、見慣れた天井が見えた。とても暑い。そして体が重い。頭には何かが乗っている。
がらっと襖が開く音がした。私の部屋かーー。
「桜音殿!大丈夫ですか!?」
水の声が響く。目線を泳がせば、右手に毛布、左手に氷室袋を抱えている水が目に映った。
「寒いでしょう?発熱すると寒いはずです。それに、頭を冷やす必要があると聞いて。氷室と毛布、追加しますね」
真面目な顔で水が一息で言い退けた。正直、しんどくて内容があまり理解できない。水は「失礼します」と桜音の頭をそっと持ち上げると、氷室袋を枕の代わりに置いた。ひんやり冷たく、顔を顰めてしまった。水は焦ったのか「大丈夫です!毛布ありますから!」と被せてくれた。
ーーのはいいのだが、かなりズッシリとする。もしかして……と思って、桜音は頭痛に耐えながら自分の状況を確認した。
毛布が3枚、いや4枚も掛けられている。おかげで寒いどころか暑い。額にはびちょびちょに濡れた手拭いと、小さい氷室袋が乗っていた。手拭いはもう少し絞って欲しいーーチラリと水の様子を確認すると、小さな紙の包みを必死に確認している。
「これは解熱で、こっちが頭痛で……」
嫌な予感がしたので、一度声を掛けてみた。
「あの……水……さま」
「はい!どうしました!喉も痛いですよね?あ、もしかしてまだ寒いですか?すぐに毛布足します」
「いえ……あの……」
「はい、なんですか、なんでも言ってください」
声を出すだけで呼吸が苦しくなった。水がこんなに必死になってくれるのは有難いのだが、息が上がって言葉を発することができない。水は、桜音が何も言わないでいると、眉を八の字にして「ん?」と詰め寄ってきた。しかも、よく見れば、長ネギを持っている。
「……それは……ネギ、ですか」
「はい。香りが風邪にはよく効くと、昔聞いたことがあります。だから用意しました」
思わず、目を閉じて「ふう……」と息を吐いた。誰だ、水に長ネギを渡した罪深い人はーー。頭痛が増してきた。
「水、飲みましょう。起きあがれますか?」
桜音は頷く代わりに瞬きをした。水は頷いて、額に乗ってある氷室袋とびちょびちょの手拭いを取って、桜音の顔に流れる水滴を拭いてくれる。「よいしょ」と毛布を少しめくって、桜音が起き上がるのを手伝ってくれた。背中に添えられる手は、本当に優しい。
「はい、どうぞ」
水が湯呑みを渡してくれる。だが、その手が震えてしまった。水はサッとその手を支え、桜音の背中に付くと、背中も支えて飲むのを手伝ってくれた。水を飲むだけなのに、過保護な気もするーーでも、とても助かる。それに、水の体に包まれて安心するし、温かい。
「もう一杯飲まれますか」
水がグイっと顔を近付けて聞いてくれる。身体中が熱くてまともに返事が出来ない。桜音は、緩く首を横に振った。とにかく、今は頭が痛くて横になりたかった。
「桜音殿、薬飲みましょう。貰ってきましたから。飲んだら少しは楽になりますよ。湯に溶かすので、待っていてくださいね」
水は優しく言ってくれる。水は手元に複数の薬の包みを用意していた。……そんなに飲む必要ある……?水は5つ程の包みを湯呑みに入れようとしている。もしかして、水は看病に向いていないのではーー。
「ゲホッ、ゲホッ……はあ、はあ……」
「桜音殿」
水は手元の作業を止めて、桜音の背中を優しく摩ってくれる。水の表情は、普段は見られないほど不安に揺れていた。
「桜音殿……大丈夫ですか?そうだ、このネギ、吸ってみてください、そしたら薬も飲みやすくなるかもーー」
そう言って、水は長ネギを桜音の顔に近付けてくる。絶対、そんなはずない。誰か、水を止めてくれないかーー。
ガラッ。
「水様!何してるんですか!!」
現れたのは、お千代だった。これほどまで、お千代が頼もしく見えたことがあっただろうか。
お千代は姿を見せると、水を一言叱りつけ、まずは長ネギを奪い取った。毛布は1枚だけ残して剥ぎ取り、手拭いは絞って、氷室枕は布に包んで置いてくれた。そして、手際よく薬を湯に溶かし、桜音へ飲ませてくれた。
ーー助かった……。
お千代はそれから一度部屋を出たが、その前に水にキツく言葉を言い放つ。
「水様、少ししたら私もここへまた来るので、それまで桜音ちゃんのこと任せましたよ」
「はい。それはもちろんーー」
「何も、なんっにも、しないでくださいね?何かする前に、絶対に私のことを呼びに来てください!」
そしてお千代は、水が余分に持ってきた毛布を抱えて出ていったーー。
「で?水様、なぜ長ネギを桜音ちゃんに差し出していたんですか?」
「それはだから……香りが体調不良に良いと聞いたことがあるんです……」
「それは迷信です。毛布も掛けすぎ。桜音ちゃん、暑かったはずです」
「……」
「手拭いも絞ってくださいよ、基本です」
「……水を多く含んでいるほうが気持ちがいいと思って」
次に目を覚ました時には、薬のおかげか、体は楽になっていた。その横で、水はお千代の説教を受けていた。なんとも珍しい光景で、桜音は上体を起こした。水が桜音に寄り添おうとしても「水様?」とお千代に厳しく名前を呼ばれ、肩をすくめた。
「それに、なんですかこの薬の数。桜音ちゃんを殺す気ですか!」
「そんな!たくさん飲んだほうが、早く良くなると思ってーー」
「薬の飲み過ぎはいけませんよ!基本中の基本ですっ」
お千代がそう言うと、水は「う……」と罰が悪そうに黙り込んだ。
「桜音ちゃんも、はっきり言わなきゃ、水様に殺されるところだよ」
「あはは……ごめん……」
お千代の横で、水はしょんぼりとしている。自分のやっていた行動が全て間違っていて、相当悲しいのだろう。
「水様も、看病するのであれば、桜音ちゃんの様子をしっかり見てあげてください。なんでもやれば良いってことではないんですっ」
「……はい……」
水はお千代より少し後ろにいて、下を向いてしまっている。なんだか可哀想になってきた。水が反省しているのが分かると、お千代もそれ以上何も言わなかった。
「お千代ちゃん……水さまも、善意でやってくれたんだから……そこまで怒らないであげてよ……」
「私が来なかったら、桜音ちゃん、薬を大量に飲まされて、ネギ吸わされるところだったんだよ?」
それはそうだけど……と何も言い返すことが出来ない。さすがに、薬の入れすぎは自分でも気付けるのだから、そこは何とかしたはずだ。水は、何も言わないほうがいいと思っているのか、黙り込んだままだ。
「……ところでお千代ちゃん……どうして来てくれたの?」
「茶々様のところの稲さんがね、水様が長ネギを大事そうに持って厨房から出たって言ってたから。もしかしてマズいんじゃないかと思って」
「ああ……なるほど」
「水様、稲さんに長ネギどこにあるか聞いたんですよね?」
「……そうです」
水に長ネギを渡した罪深い人は稲だったのか。しかし、それが幸いした。
「桜音ちゃん、調子はどんな感じ?」
「うん、だいぶ楽になったかな……でもちょっと、まだ体はだるいかも」
「そっか、じゃあまだ寝てたほうがいいね」
お千代は水に、「様子を見ていてくださいね!見るだけですよ!」と言いつけると、千姫のところに戻ってしまった。水は気まずそうに下を向いたままである。何か声を掛けてあげようかと思っていると、水がボソボソと話しだした。
「……横にならなくて……大丈夫ですか……?」
泣きそうな顔で問いかけてくる。まるで自分が、これから死んでしまうようじゃないかと笑いたくなった。
「大丈夫ですよ、薬が効いているので楽です」
「……ごめんなさい……私……つい必死になってしまって……」
それは分かっている。それが空回りして、毛布を片っ端から引っ張りだし、氷室もたくさん持って来てくれたのだろう。大坂城の資源として、貴重な氷室を持ち出せたとは、千姫か茶々にでも言って分けてもらったに違いない。
「前、桜音殿が私の看病をしてくれから……私もお返ししたかったんです」
水は本当に優しい。誰にでも気さくで優しいのは皆が知っているが、こうやって、桜音に何かをしてあげたいという気持ちを全面に出してくれる。
「……分かっていますよ」
水と視線が絡んだので、笑いかけた。もう、言葉を発しても呼吸は苦しくない。だが、眠気が襲ってきた。桜音はゆっくりと布団に横になろうとすると、水が体を支えようとしてくれる。ところが、水は動きを止めてしまった。お千代の「何もするな」という言葉を思い出したのかもしれない。
「……水さま、背中……支えてくれませんか」
「……はい」
桜音が横になると、水は毛布を掛けてくれる。もちろん、一枚だけ。そして、手拭いはきちんと絞って額においてくれた。
「ふふ……ありがとうございます……」
「……他に、できることはありますか?」
水は不安そうに聞いてくる。桜音は軽く微笑んで水を見た。看病されているのはこちらなのに、なんだか水が子供みたいだ。
「……手……握ってて……」
言えば、水は一瞬目を縦に広げた。そして、頷き、少しだけ毛布を捲って、手を握ってくれた。気がつけば、桜音は眠りに落ちていた。




