『水のドタバタ看病と長ネギ①』
華の豊臣大坂城は夏の暑さを乗り越えて、朝はもう肌寒い。水は昨日から、羽織の種類を変えて、寒さ対策をしている。
「桜音殿、おはようございます」
「おはようございます、水さま。……こほん」
朝一番、水は恋人の姿を見つけ晴れやかな気持ちになった。しかし、その娘は笑顔のあとに小さく咳き込んだ。なんだか声も掠れている気がする。
「喉痛いんですか?」
「いえ、大丈夫です。乾燥しているからだと思います」
「……」
普段から頑張りすぎる桜音だから、無理をしているような気もする。今日は、桜音からあまり目を離さない方がいいかもしれないな、と水はぼんやり思った。
「何かあったら、すぐに言ってくださいよ」
「だから、大丈夫ですよ」
厨房に向かう途中でも、桜音は何度か喉の調子を誤魔化しているように見えた。厨房で隣にいるお千代は、桜音の様子に気付いていないらしい。
「桜音殿、無理してませんか?今日は休んだほうが」
「もう、水さまは大袈裟ですね。大丈夫ですから……ほら、千姫さまのところへ行ってくださいな」
結局、水は桜音に追い出されてしまった。
その後、お千代と一緒に千姫の食事を持ってきた桜音は、いつも通り振る舞っているようだ。しかし、普段よりも頬が赤く染まっている気がする。千姫とお千代は気付かないのだろうか。二人が千姫の部屋に入って行く様子をまじまじと見ていたが、桜音はニコリと笑顔を浮かべて、スッと襖を閉じてしまった。
そっちがその気なら、と水は襖に身をピタリとくっ付け、中の様子を伺う。別に、わざわざこんなことをしなくても中の会話は聞こえるが、少しの物音も聞き漏らしたくない。
「桜音?どうしました?」
千姫だ。何かあったのだろうか。
「……あ、いいえ、なんでも……ありません」
桜音の声と、茶を注ぐトポトポという音が聞こえる。やはり、動きが鈍いのか。どうしよう、ここで中に入って桜音に声を掛けるのは良くないのだろうか。
「どうぞ……千姫さま」
「ありがとう。大丈夫?少し元気がないようだけど」
ほら、やっぱり。千姫から見てもそうなのだ。水は腰を上げて、襖に手を掛けた。そこで桜音の話す声がした。
「いいえ、そんなことありません。少し……ボーッとしていました。申し訳ありません」
「そう?」
無理をしているだろうに。千姫が何も言わないのなら、もう少し様子を見よう。
千姫の食事が終わり、食器を引き上げるようだった。桜音が「それでは一度失礼します」と言っている。水は襖をそっと開けてやった。桜音と目が合うと、弱々しく笑い掛けられる。そして、やっぱり顔は赤いし、なんだか唇の色も悪い気がする。水は立ち上がった。
「……水さま、ありがとうございます……」
「桜音殿、それ、私が持ちます。千姫さま、少し外しても構いませんか」
中にいる千姫に声を掛ければ、千姫は「ええ、構いませんよ」と言ってくれた。水は襖を閉じて、「貸してください」と無理やり桜音から食器を奪い取ろうとした。
「えっ……ちょっと、いけません、私の仕事ですから……」
「でも」
「大丈夫ですからっ」
桜音に強く言われてしまい、水は体が固まった。怒らせてしまっただろうか。
「……なんなんですか……、私の仕事を取らないでください……」
「……すみません」
桜音の機嫌を損ねてしまった。しかし、桜音の呼吸が荒い気がする。水は、桜音が食器を厨房に持っていくのを途中まで見送り、少し離れたところで待つことにした。
先ほど、水に強く当たってしまったことを後悔した。多分、水は自分の体調不良に気付いている。朝から体が重いし、喉も痛い。起きた時はこんなに酷いと思わなかったが、頭も痛くなってきた。途中まで水が後ろから付けて来ていたが、どこかで足を止めてしまったらしい。せっかく心配してくれていたというのに、お礼の一つも言うことができていない。
桜音は立ち止まった。千姫の部屋まで戻らないといけないのに、足を上げる気力がなくなってしまった。こんなことなら、素直に言って休ませてもらえれば良かった。朝餉後の時間だというのに誰も通りかからないし、そのせいで、誰にも助けを求められない。
視界が一気に歪んだ。まずいーー。
「桜音殿!!」
少し先に、水がこちらに駆けてくる姿が見えた。こんなに都合良く、水が現れるはずないじゃないかーー幻覚が見えるなんて、重症だ。その瞬間に足から力が抜けてしまった。
「桜音殿、しっかり……」
……足が崩れたはずなのに、床に倒れ込んだ衝撃や、冷たさはない。むしろ、温かいものに包まれている気がした。
「……ほら、やっぱり体調悪かったんでしょう」
水の声が頭に響く。少し怒っているようにも聞こえた。そして、フワリと体が浮いた。




