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完結『私しかないでしょう?〜回復した過保護な忍び〜』

 すいが眠ったのを確認すると、桜音おとは厨房でお粥を作り始めた。味見をしていると、お千代が顔を出してきた。


「水様、どんな感じ?千姫さまも心配してたよ」

「だいぶ参ってるみたい。でも、薬は飲んだから落ち着くと思うよ」

「そっか、なら良かった」


 お千代は、千姫からと言って、干しイチジクくをくれた。


「水様の分もあるから、二人で食べてね」

「お千代ちゃん……ありがとう。千姫さまに伝えてくれる?」

「もちろん!水様によろしくね」


 お千代は笑って千姫のところへ戻っていった。


 熱々のお粥と、干しイチジクを持って部屋に戻ったが、水はまだ眠っていた。薬を飲む前よりも、だいぶ良くなっているように思う。寝息は落ち着いているし、寝返りも打てていた。


 桜音は水の顔を覗いてみた。特徴的な白い肌が、まるで透き通っているように見える。顔色も良くなってきたようだ。こんなにマジマジと近くでは見られない顔を、くまなく眺めた。気を緩めているその顔があどけなく見えて、子供みたいだ。


 せっかくよく寝ているので、このままにしておこう。桜音は裁縫道具を取り出して、縫い物を始めた。


 少ししたら、布団がモゾモゾと動き出した。目が覚めたようで、水はムクリと上体を起こした。桜音は手元の作業を止めた。


「気分はどうですか?」


 声を掛ければ、水は桜音を見て微笑んだ。


「良くなったと思います」


 元気になった様子で、桜音はホッとして息を吐いた。


「それなら良かったです……。水さま、食欲があれば、お粥を食べてください」

「……桜音殿が作ったんですか?」

「そうですよ」

「へえ……やったあ」 


 水はヘラっと笑う。いつも冷静な水だが、それは忍びを生業としているからで、本当は素直で純粋な娘なのだろう。そう思うと、素を見せてくれている嬉しさと、普段頑張りすぎている水が心配にもなった。


 食べやすいようにお粥を小皿に分ける。水はそれを受け取るが、桜音を見たまま食べようとしなかった。


「どうしました?」

「……桜音殿は食べないんですか?」

「ええ、私は普通に食べてますから。水さま、まだ何も食べてないでしょう?」


 水は何か言いたげだが、桜音から視線を逸らしてお粥を見つめる。


 ……また、身分がどうとか、考えているのかも。


 本当に気にすることはないのに。千姫とお千代だって、水を評価しているから、茶菓子を分け与えたり、部屋に入れて話し相手にしているのに。


 体が弱っているから、気も弱っているのだろうか。


「水さま、気にせず食べてください」

「……え?」

「水さまは病人なんです。立場など気にせず、食べて元気になってください。さあ、食べて」


 病人を言われて少し嫌な顔をされたが、こうでもしないと水は食べてくれないだろう。水は渋々頷いた。


「……いただきます」

「どうぞ」


 一口食べると、水は目を大きく開いて桜音を見た。本当に、初めて美味しいものを食べた子供みたい。


「美味しい」

「良かったです」


 水はお粥を全て平らげ、薬をまた飲んだ。先ほどよりも「この薬、苦すぎませんか」とハッキリと文句を言ってきた。元気になってきた証拠だと思うと、少しおかしかった。桜音は笑いながら、水に干しイチジクを手渡した。


「……貰って良いんですか?」

「千姫さまと、お千代ちゃんからですよ。栄養価も高いですから。さ、食べましょう」

「……すみません」

「いいんですよ」


 桜音が先にイチジクを頬張ると、水も口に入れた。嬉しそうに頬を緩めているのが可愛らしい。しかも、頬に屑がついている。


 桜音は水の頬に手を伸ばした。水は一瞬動きを止めた。何をされるのか分からず、ギュッと目まで閉じている。イタズラしたくもなったが、食べ屑を取るだけにしてあげた。


「ふふっ……ついてますよ」

「……子供扱いしてますね」


 水の調子がだいぶ良くなったので、少し二人で話をした。たまに咳き込むことはあったが、熱はもうないようだった。


「水さま、私、千姫さまに顔を出してくるので、ここで大人しくしててくださいね」

「……だいぶ良くなったので、部屋に戻ってはいけませんか」

「ダメです。絶対に無理するから」


 強く言えば、水は「ああ……はい」と渋々頷いた。桜音はまた、部屋から出た。



 水は、桜音が出ていったあと、足音と雨音を聞いていた。腹が満たされたせいか、また眠気が襲ってきた。桜音の言葉に甘えて、水はまた布団に身を沈めた。


 次に目が覚めたときは、夜明けよりも前だった。雨の音は止んでいる。水は上体を起こした。


 気分爽快だなーー。


 昨日、一日休ませてもらって、もう大丈夫だと思った。一度部屋に戻って、今日は先に体を動かそう。


 桜音殿はどこで寝ているんだろう、お千代殿の部屋だろうかーー。


 水は上体を後ろに捻ったーー桜音は、壁にもたれかかり、羽織を掛けて眠っていた。


 水はすぐさま立ち上がった。そうか、昨日もこうして睡眠を取っていたに違いない。たくさん世話を焼かせてしまった、と思った。でも、こんなふうに思ったらまた桜音に怒られそうだ。


 水は桜音をそっと抱き上げた。細身の女である自分が抱き上げても、桜音は軽い。本当は、昨日はあまり食べていないのではないかと思う。

 

 さっきまで、自分が眠っていた桜音の布団に優しく寝かせた。布団を肩まで掛けて、乱れた前髪を整えてやる。


「桜音殿……ありがとうございました」


 水は、眠ったままの桜音の耳元で呟いた。


 桜音は目を覚ました。雨の音は止んでいる。代わりに、雀の鳴き声が聞こえた。


「……あれ?」


 桜音は、自分が布団で横になっていることに気付いた。昨日、水が眠っているのを確認してから、部屋の隅で寝たはずなのに……。


 水はいったいどこへ行ったのだ。


「桜音殿、おはようございます」

「水さま……」


 ガバッと身を起こせば、目の前には、いつもの忍び装束をまとった水が座っていた。顔色も良く、爽やかに笑っている。良かった、元気になったようだーー。


「ふふっ、髪が跳ねてますよ」

「えっ」


 水が、桜音の右側の髪を指さして笑っている。桜音は思わず髪をペタペタと撫で付ける。


「昨日はありがとうございました。本当に、助かりました」


 水は、両手をついて丁寧に言ってきた。まるで他人行儀だな、と少し寂しい気持ちにもなってしまった。だが、水からの感謝が伝わってきたので「どういたしまして」と返した。それに、先ほど寝癖を指摘されたので、逆にいい釣り合いなのだろうか。


「水汲みと、厨房の手伝いは私がやるので、桜音殿はゆっくり来てくださいね」


 水はキリッとした顔で「では!」と言うと、腰を上げて部屋から出て言った。


 そ、それだけ!?


 いいや、確かにすごく綺麗な顔だから、とても格好良いのだが。せっかく、恋人との朝なのに、なんだかアッサリし過ぎではないだろうか。まあ、水がいつもの調子を取り戻せたのならば良かった。


 そう思ったのは、桜音の間違いだった。桜音が支度を済ませ、仕事に入ってから水の様子がおかしいのだ。


「桜音殿、それは私が持ちます」

「次は何をしましょうか」

「喉乾いていないですか?」

「お菓子は我慢する?そんな必要はないでしょう」


 これは、水なりのお礼のつもりなのだろうか。一日水にベッタリ付きまとわれ、昨日よりも疲れが溜まった桜音だった。




~おまけ~

 昨日はイチジクを食べたので、今日は煎餅を我慢しようと桜音は思っていた。それなのに、水が「我慢は良くない」「桜音殿は細いから食べても大丈夫」とずっと言うものだから、結局食べてしまった。


 その様子の一部始終を見ていた千姫が、桜音にコソッと言う。


「今日の水、桜音を甘やかすのね」

「多分、昨日のお礼なんだと思います……」


 桜音は苦笑いで返した。千姫はおかしそうに笑った。


「そういえば、私もイチジクのお礼だからって、なんでも言うこと聞くって言われたわ」

「……何をお願いしたんですか?」

「考え中よ」


 千姫はニヤリと笑っている。これは何かおかしなことを考えているなと思った桜音だった。


 千姫のお願いを聞くのは、また別の話である。

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