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完結『淀殿主催・百人一首大会〜しのぶれど 色に出にけり 我が恋は〜』

桜音おと殿、今日はお疲れ様でした」


 夜、部屋に戻る途中、水は笑顔で桜音に言う。水からの労いの言葉は何よりも嬉しいーーのであるが、ずっと集中して、梅との恋の対決、そして水との対戦で意地悪もされ、本当に疲れた。しかも水はそれを楽しんでいたと茶々に言われる始末。桜音は「ありがとうございます」と軽く返した。


「少し話しましょうか」


 水は優しく桜音の手を取る。そんなふうにされて、桜音が断れないのを水は知っている。このかるた大会の期間、水は一人で楽しげにしているようだった。


 水は桜音の手を引いて、中庭までやってきた。そして二人で腰を下ろす。すると、水は木箱を桜音に渡した。


「なんです、これ」

「いいから、開けてください」


 ぱかっと開ければ、漆塗りの櫛が入っていた。これは、水がかるた大会の褒美で受け取った櫛だ。


「かるたで優勝したら、私から櫛をもらえる。そうでしたよね」

「いけません、これは水さまが貰ったものでしょう?」

「私との対戦は余興ですよ。優勝は桜音殿です」

「……でも、……しのぶれど……取れませんでした……」

「私との対戦ではとれていたではないですか」

「……」

「それに、私が昨日言ったお願いも、ちゃんと取ってくれていたでしょう?」


 水の言葉一つ一つに、優しさがこもっている。今日、あんなにたくさん、皆の前で恋の歌を読んでいた水の声。今の声が、一番、魅力的に聞こえる。


「ありがとう…ございます」


 水の顔を見ると安心する。いつも、ああ、好きだな、と思わされる。茶々や甲斐姫と会話を難なくする水、皆の前で歌を詠む水。今日は水を遠く感じてばかりいた。その水が今、自分の隣にいる。嬉しいのに、胸が締め付けられる。


 今回の大会のことで、水が侍女たちにいかに人気があるのかも改めて分かったし、梅の本気の気持ちも伝わってきた。反対に、水は桜音に対して意地悪ばかりする。これからも、こんなことが続くのかと思うと、少し頭が痛い。恋人を持つというのは、こんなに大変なことなのか。


「桜音殿?……やっぱり、疲れてしまいましたよね、大丈夫ですか?」

「……水さまは、ずるい……」

「え?」

 

 桜音は下を向いて言葉を続ける。水は桜音の顔を覗き込むように見てきた。


「水さま……ずっと意地悪だし……、最後に得意札増やせって言うし……、鈍感だし、そんなだから、茶々さまにも、ご褒美要員にされるんですよ」


 少し間を置いて、水が話し出した。


「……それは……、すみませんでした。……茶々さまの言う通り、私も少し、楽しんだフシはありました、ごめんなさい」


 水は本当に反省しているのだろうか。この状況だって、楽しんでいるのではないだろうか。涙が出るほどではないが、少々納得がいかない。


「櫛だって……今日はああだったからいいですけど……これで、機嫌取ろうなんて、ずるすぎます」


 そう言えば、水は目を大きく開けて驚いたようだった。これは言い過ぎただろうか。だが、それくらいの気持ちではある。ところが水は、まったく気にしていないようで、顔を上げない桜音の頭を撫でた。


「確かに、桜音殿が決勝まで残るのは、私も驚きましたよ。しかも、本当に勝ってくれましたし。あなたに高級櫛が渡されることになるのが、私としても誤算でした」


 水の言っている意味がよく分からない。桜音は顔をあげて、水を見る。夜だから水の顔色は見えないが、困ったように笑っている。これは、照れ笑いだ。


「桜音殿は、見ていて本当に分かりやすいのですが……今日の私もそうだったみたいでしたね。これは、私のその気持ちです」


 水は、懐から布を取り出した。何かが包まれているらしい。そこにも櫛があった。普段使い用のもので、桜の花が一個だけ彫られている。


 水の言っている意味が分かって、息を飲み込んだ。嬉しくて言葉を失った。桜音は、思わず顔を覆った。今、嬉しすぎて酷い顔をしている。水には見られたくない。


「すみません、私の俸禄では、高級なものは買えなくて……。かるた大会の褒美が櫛と茶々さまに予め聞いていたので、私は私で用意しました」

 

 格式はどうでもよかった。嬉しくて、今度こそ涙が出そうだった。


「……貰ってくださいますか?」

「……はい」


 水の目を見てみれば、水はホッとしたように「良かった」と言った。


 桜音はそれを受け取り、まじまじと見た。水が、自分を思って選んでくれたと思うだけで、頬の緩みが止まらない。


「そこまで見るものですか?そんなに良いものではないですよ」

「私にとっては、こちらの方が逸品級です」

「はあ、そうですか」


 水は恥ずかしいのか、早く片付けて欲しそうにしていた。最近意地悪をされていたのだから、これくらいは我慢してもらわないと困る。


「そう言えば、水さま」

「なんでしょう」

「“つくばねの”の歌、何か意味があったんですか?突然覚えてって言ってましたけど」


 聞けば、水は一瞬動きを止めた。桜音を見ていたのに、突然目を逸らして中庭を見る。もしかして、本当にそういう意味なのだろうか。


「もしかして、水さまの、しのばせられなかった気持ちとか?」

「聞かないと分かりませんか」


 それだけ聞けば十分だった。


 しのばせられぬ想いと、溝のように深くなった想い。桜音は、もう一度、水が買ってくれた櫛を見た。漆塗りではないのに、輝いているように見えた。




*おまけ*

「ところで、私が決勝にいけたこと、驚いたんですか?」

「ええ。だって、少し前はお手付きばかりで一枚も取れなかったので」

「うっ」

「だから、まさか本当に勝ち残って、優勝してしまうなんて……。私も櫛を用意したのに、焦ったんですからね」


 あの顔で焦っていたのか、と突っ込みたかった。まだまだ水の研究が足りない。


「桜音殿は、勝ち上がって3回戦が限界と思っていました」

「なっ、なんですってぇ……!」

「ふふふ……」


 だが水の言っていることは正しい。3回戦までは、相手が水の声に惚れ惚れとしている間に札を取ったようなものだ。おかげで、集中力の温存はできた訳である。


「……水さまって、かるた好きなんですか?」

「そうですね。忍びの教育の一環で、教養としてやらされたんですが。お正月は皆でかるたをしましたよ。私が1番強かったです」

「なるほど……そりゃああんなに強いわけです」


 見習いの忍びの中で強かったのだから、その水に一枚取っただけでも自分はきっと凄いだろう。


 今回は、水にたくさん助けられたし、櫛まで貰った。水の意地悪は許してあげよう。


 桜音は水の肩にもたれた。そのあと、しばらく二人で夜風に吹かれていた。

 


おまけ②

水side

…あの梅という娘。

確か、伊茶の侍女で何度か話したことがある。

まさかこんなに腕が立つとは知らなかった。てっきり、茶々か甲斐姫の侍女あたりが決勝戦に残ると踏んでいた。


桜音が決勝に残ると分かると、桜音を鋭い目で見ている。

何か彼女に恨みでもあるのだろうか。

桜音は人から恨まれる人ではない。

人当たりがいいし、侍女の中でも特に真面目だ。かといって、皆との距離が悪いことはなく、むしろ慕われている。

逆にそれが気に入らなかったりするのだろうか。


茶々たちの余興のかるた大会というのに、どうもあの梅は重く受け止めているように見えた。

気が強そうな娘だ。

何か桜音に言うかもしれない。


それに、決勝であるから、桜音もまた緊張するかも。ここは一つ、揶揄って肩の力を抜いてやろう。


「……甲斐姫様、少し席を立っても良いですか」

「ん?ああ、好きにせい」

「ありがとうございます」



〜見守る女たちの会話〜

「ん?あの娘、決勝に残った千姫のところの侍女だな」

「あの娘は確か、桜音という者です。働き者で、長刀も上手いらしいですよ」

「ほう。それで水も気に掛けているのか?」

「うむ、妾もそれを思っておった。あの二人、どうも仲が良いな」

「なるほど。水もああ見えて、積極的なのだな」

「ほほほ、分かりやすい奴め」

「ははは、本当に。


水、油を売ってないでそろそろ戻れ」

「はい、甲斐姫様」


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