⑤『淀殿主催・百人一首大会〜しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は〜』
盛り上がる室内に、茶々の声が響いた。
「静まれ。桜音、それから梅。素晴らしい対戦じゃった」
桜音は深々と茶々に頭を下げる。梅も頭を下げていた。
「じゃがのう……妾はまだ見足りぬようじゃ」
桜音は「えっ」と声を漏らす。桜音だけではなく、皆が「茶々様はどうされたんでしょう?」「先ほどの対戦、凄かったのに」と口々に漏らす。
茶々がフッと笑った。
「水、随分楽しそうじゃったのう。お前、何回もその桜音に視線を移しおって」
「えっ……?」
茶々のその発言に、室内がどよめく。桜音は思わず驚きの声が漏れた。水をみれば表情を変えずにいる。
「きゃ~!千姫さま、気付いていましたか!?」
「ふふふ。あの二人、可愛らしいわね」
千姫とお千代はどうやら茶々と同じように面白がっている。どうしよう、どうしようーー。
「そこでじゃ、水、桜音。お前たちで対戦せい」
突然の茶々の思い付きで、水は詠み手からおり、桜音と向き合った。詠み手は甲斐姫が名乗り出た。水の声で慣れてしまった桜音にとって、不利ではないか。目の前には水がいる。桜音の前では滅多に見せない鋭い瞳。バチっと目が合うと、水は怪しく笑った。
「私も、本気で挑ませていただきます」
水の不敵な笑みに心臓が鷲掴みにされた。それは桜音だけではないようで、侍女たちも歓声をあげる。
「では始める」
桜音と水は同時に構える。水の茶色の瞳がキラリと光った。
あ、駄目だ、負けるーー。
「“この”ーー」
パシッ。
「“うか”ーー」
パシッ。
「“たご“ーー」
パシッ。
水は、決まり字の時点で全ての札を手中に収めていく。桜音は字の如く手も足もでず、右手はずっと床の上だ。そして、水が札を手にするたびに侍女たちから声が上がる。お千代の叫び声も聞こえた。
「水様、格好いいわ~!」
「かるたもお得意なんて素敵!」
こんなの、勝てる訳ないじゃない。
「“つくばねの”ーー」
水の最後の宿題の歌だ。得意札だけでも取らなければ……!
パシッ。
桜音は必死に手を伸ばした。だが、やはり水のほうが速い。あんなに頑張ったのに。
桜音は思わず水を見た。水はニヤリと笑っていた。
どうしてそんな顔をするのだろう。どうしたって桜音の負けなのに、そこまで本気になるなんて、水も意地悪が過ぎないだろうか。
「ふふん、どうやら水の圧勝か。最後はこの歌にしようか」
甲斐姫が楽しげに呟く。歌を選ぶ行為に、水も反応を示したようだった。
「“しの”ーー」
ーーしのぶれどーー
この歌だけは、たとえ水でも渡せない。だってこれは、私の歌なのだからーー。
『桜音殿は顔に出ますから』
『あとは、想いを忍ばせることでしょうかね』
また、水の言葉が蘇る。このとき、全ての動きがゆっくりに見えた。一瞬だけ、水と視線もぶつかった。水も手を伸ばしてくる。絶対、絶対、この気持ちだけは、水には負ける訳にはいかない……!
パシッ。
やった……!
先に札に手が届いたのは桜音だった。水に熱を上げている侍女たちが静まり返る。水の顔をチラリと見てみた。
なんと、水は驚いた顔から、優しい顔つきに変わった。
そんな優しい顔をされると、頭が蕩けそうになった。駄目だ、こうやって流されてはいけない。このまま、巻き返してみせるーー。
「ほっほほほ、優勝は、水じゃ!全く、侍女の皆の衆、教養もしっかりせんか!ほれ、水、櫛はお前が持っていけ」
結局、水と桜音の勝負は水が勝った。水が25枚、桜音は「しのぶれど」の一枚。茶々は喜んで水に櫛を渡す。水は遠慮したが「今日は無礼講じゃ、好きに使えば良い」と押し付けられていた。そのあと、水は侍女たちに囲まれている。その傍らで、桜音とお千代は話していた。
「それにしても桜音ちゃん、本当に強くなったねえ!」
「うん、まあ、ね……」
水の無双状態は本当に凄かった。おかけで侍女たちは水に群がって、巻き込まれることはなかったが、なんだかドッと疲れてしまった。
「桜音様、お疲れ様でした」
「梅様、何かご用ですか」
梅だった。お千代は、桜音を庇うように立ちはだかった。お千代はどうやら、梅を警戒している。
「あ、いえ……対戦、ありがとうございました……。それと、最後も、お疲れ様でした」
「こちらこそ、ありがとうございました。本当にお強いんですね」
梅は、もう険悪な雰囲気はなかった。そして、頭を下げながら言う。
「いいえ……私の、完敗です」
「……私も最後、水さまに完敗ですから」
「桜音、お千代、行きますよ」
千姫が二人を呼ぶ。桜音は梅に別れの挨拶をすると、お千代と一緒に千姫の元へ戻った。千姫の侍女たちは、広間で盛り上がる者たちを置いて先にかるた大会から去った。
部屋まで戻る廊下で、桜音はお千代に聞いてみた。
「お千代ちゃん、“つくばねの”の歌って、どういう意味なのか知ってる?」
「それはねえ、“募り募った恋心が、いつの間にかとても深くなってしまった“っていう惚気全開の歌だよ」
「へ、へえ……」
なんだか、告白をされるような気分になって、体が熱くなった。水は、どうしてもこの歌を得意札にするように言ってきたのだろう。
「桜音ちゃん、顔赤いよ?」
「えっ、あっ、さっきの熱気が、まだ冷めてないのかも」
「本当~?」
なんとかごまかしてみたが、目の端で千姫が「ふふっ」と笑うのが桜音には見えた。
水はまだ、娘たちに囲まれているのだろうーー。




